28日(金)その2.よい子はその1から見てね モコタロはそちらに出演しています
昨日,午後7時からミューザ川崎シンフォニーホールで東京フィルハーモニー交響楽団の「チョン・ミョンフンの『ベートーヴェン』」公演を聴きました これはフェスタサマーミューザの一環として開かれたコンサートです フルシャ+都響と同様,東京フィルも真打チョン・ミョンフンでこのフェスタに勝負を懸けてきました プログラムは①ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第3番」,②同「交響曲第3番”英雄”」,①のピアノ独奏は1981年,弱冠20歳でロン=ティボー国際コンクール・ピアノ部門で優勝の清水和音,指揮は東京フィル名誉音楽監督チョン・ミョンフンです
本番に先立って,午後3時半から本番と同じホールで公開リハーサルが開かれました 舞台に現れたチョン・ミョンフンは指揮台の上に設置された椅子に座って指揮をします.最初は「英雄交響曲」を仕上げます.第1楽章と第2楽章を通してさらい,第3楽章に入ると,中盤のホルン三重奏のところでストップし,細かい指示を出してやり直しをしました そして第4楽章でも途中で演奏をストップし指示を出しました.ここで10分間の休憩に入りました
再開後はピアノ独奏の清水和音氏を迎え,全曲を通しておさらいしました リハーサルが終わったのは5時12分.10分休憩を除けば正味1時間半のリハーサルでした
さて本番です.オケは左から第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラ,その後ろにコントラバスという いつもの東京フィルの編成です コンマスは三浦章宏です
1曲目はベートーヴェン「ピアノ協奏曲第3番ハ短調」です この曲は着想から7年を費やし1803年4月にベートーヴェン自身の独奏によりアン・デア・ウィーン劇場で初演されました この曲の特徴は,ベートーヴェンの5曲のピアノ協奏曲の中で唯一の短調作品で,しかも「運命」の調性「ハ短調」で書かれていることです この日,藝大モーニング・コンサートでベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第2番」を聴きましたが,第1番,第2番がハイドンの影響を受けているのに対し,この第3番はその世界から脱出し,独自の世界を確立しようとする意欲が見える堂々たる曲想です 第1楽章「アレグロ・コン・ブリオ」,第2楽章「ラルゴ」,第3楽章「ロンド:アレグロ」の3つの楽章から成ります
ソリストの清水和音がチョン・ミョンフンとともに登場,ピアノに向かいます チョンのタクトで第1楽章が開始されます.長い序奏のあと,ピアノが入ってきます.清水のピアノはパワフルです しかし,第2楽章「ラルゴ」では幻想的とも言える曲想をニュアンス豊かに演奏します 間を置かずに移行した第3楽章では溌剌とした演奏を展開し,華々しくフィナーレを迎えます
自席から,ヴィオラ・トップの須田祥子さんの譜面台が見えるのですが,置かれた譜面が白色でなく,相当使い込まれたようにくたびれた茶色になっているのに気が付きました 彼女の後方席の奏者の楽譜も同じ色でした.昭和を感じさせる古色蒼然たる楽譜です.何回も繰り返し使用されてきたのでしょうね
会場いっぱいの拍手とブラボーに,清水はリスト「愛の夢 第1番」をロマンティックに演奏,さらに大きな拍手を浴びました
プログラム後半は,ベートーヴェン「交響曲第3番変ホ長調”英雄”」です よく知られているように,この曲は,貧困層から出て王制に戦いを挑んだナポレオンへの共感を覚えて作曲しましたが,彼の皇帝即位を知って激高し「結局,あの男も権力を得たいだけの俗物だった」と叫び,スコアに記した献辞を掻き消し,新たに「ある英雄の思い出に捧げる」と書いた,と伝えられています
この曲は1803~04年に作曲され,1805年4月にアン・デア・ウィーン劇場で公開初演されました 第1楽章「アレグロ・コン・ブリオ」,第2楽章「葬送行進曲:アダージョ・アッサイ」,第3楽章「スケルツォ:アレグロ・ヴィヴァーチェ」,第4楽章「フィナーレ:アレグロ・モルト」の4つの楽章から成ります
チョン・ミョンフンがステージ中央に向かいます.指揮台の手前まで来て,彼はタクトで指揮台の床を指して四角を描いたように見えました 指揮をするにあたり何かが足りない,といった表情が見て取れました そこで思ったのは,指揮台にあるべき「落下防止バー」が設置されていなかったのではないか,ということです.確信はもてませんが,以前彼がマーラーを指揮した時の指揮台には「落下防止バー」が付いていたように思います
彼は「無いものは仕方ないか」という表情ですぐに指揮台に上がり,次の瞬間 タクトを振り下ろしました.チョン・ミョンフンの最初の一振りはいつも集中力に満ちています その瞬間から楽員も聴衆も彼の催眠術にかかったようにベートーヴェンの世界に引きずり込まれます
念のため須田祥子さんの楽譜を見ると今度は白色でした.少なくとも平成の色でした
第2楽章はゆったりしたテンポで進められ,弦楽器も管楽器も良く歌っていましたが,中でも葬送行進曲のメロディーを吹いたポーボエは素晴らしく,厳粛に響きました
第3楽章は,中盤でのホルンのトリオが素晴らしい演奏で,誇らしい音を出していました この箇所は,リハーサルで指揮者が繰り返し詰めていたところです
第4楽章は集中力に満ちた最後の演奏が展開します.コンマスの三浦氏をはじめ楽員全員がチョン・ミョンフンのタクトに必死でついていきます フィナーレは圧倒的でした 会場いっぱいの拍手とブラボーが指揮者とオケに浴びせられます
前日のフルシャと都響の関係がフレンドリーだとすれば,チョン・ミョンフンと東京フィルの関係は緊張感に満ちた関係だと言えるかも知れません