限られた時間ですが、フリー切符を買って市内観光をしました。
案内所で2時間で回れそうな所を聞いたところ、一番のお勧めが島根県芸術文化センター「グラントワ」でした。
「グラントワ」は、「島根県立石見美術館」と「島根県立いわみ芸術劇場」の美術館と劇場が一体になった建物です。
建物は鉄筋コンクリート造りの建物ですが、それを覆っているのが今まで見てきた赤い瓦の石州瓦です。屋根瓦が12万枚、壁瓦16万枚で、壁に瓦を使うのは全国でも初めてだそうです。なんとこの壁瓦はメンテナンスフリーで、建物が存続する限り、数百年はこのままの状態を保ち続けるそうです。
御影石で作られたモニュメントの「おろち」は、石見神楽から大蛇(おろち)をテーマとしているそうです。おろちの「おろ」は古語で、高い峰や丘を意味し、「ち」は神を表すそうです。
次に向かったのが萬福寺ですが、途中に大正10年に郡役所として建てられた国の登録文化財に認定された、歴史民俗資料館がありました。
その向は、徳川夢声の生誕の地だそうです。
萬福寺には、雪舟によって作られた寺院様式の石庭があります。
次に医光寺に向かいました。ここにも雪舟が作った庭園があるそうですが、バスの時間の都合で総門の見学だけで駅に戻りました。
今日の昼食は、駅前の「大阪王将」で済ませました。
益田からは米子行快速アクアライナーに乗ります。
益田 12:50発
石見津田 レ
鎌手 レ
岡見 13:06着 13:09発
三保三隅 13:14着 13:15発
折居 13:20着 13:21発
周布 レ
西浜田 13:29着 13:30発
浜田 13:37着 13:40発
下府 13:44着 13:45発
久代 レ
波子 13:51着 13:52発
敬川 レ
都野津 13:56着 13:57発
江津 14:01着 14:02発
浅利 レ
黒松 レ
石見福光 レ
温泉津 14:16着 14:16発
湯里 レ
馬路 レ
仁万 14:25着 14:25発
五十猛 14:31着 14:34発
静間 レ
大田市 14:40着 14:41発
久手 レ
波根 レ
田儀 レ
小田 レ
江南 レ
出雲神西 レ
西出雲 レ
出雲市 15:07着 15:14発
直江 15:20着 15:23発
荘原 15:29着 15:29発
宍道 15:33着 15:34発
来待 15:38着 15:39発
玉造温泉 15:45着 15:47発
乃木 15:52着 15:53発
松江 15:56着 16:06発
東松江 16:13着 16:14発
揖屋 16:17着 16:18発
荒島 16:23着 16:27発
安来 16:31着 16:32発
米子 16:42着
石見津田駅を過ぎるとしばらく海岸線に沿って進みます。
岡見駅を過ぎると、中国電力三隅発電所が見えてきました。
この辺りは、底が透けて見えるほどきれいな海です。
ちょっとうとうとしている間に、浜田の市街地が見えてきました。
浜田駅のすぐ側には立派な医療センターがありました。
下府駅、久代駅を過ぎ波子駅に停車したところで、前方の安全確認のためしばらく停車するとのアナウンスがありました。
下りの浜田行が20分ほど遅れて到着して、こちらも発車しました。
二駅先の都野津駅には消防車やパトカーが止まっていて、構内には消防署員もいて、どうやら火災があったようです。
江津駅では、下り特急スーパーまつかぜ5号益田行と交換です。
江津駅を出ると中国地方最大の江川(ごうがわ)とも呼ばれる江の川(ごうのかわ)、を渡ります。源流の広島県では、可愛川(えのかわ)とも呼ばれる、中国太郎の異名をもつ川です。
この先しばらくは、海が見えたり見えなかったりの車窓が続きます。
馬路駅の近くには鳴り砂(鳴き砂とも言います)で有名な琴ヶ浜があります。ある平家の姫が、壇ノ浦の源平の戦に敗れこの地に流れ着き、その時村人に助けられたお礼に、姫毎日琴を奏でていたそうですが、その姫が亡くなると、砂浜が琴の音のように鳴くようになったと言う伝説から、その姫を琴姫、この浜を琴ヶ浜と呼ぶようになったと呼ぶそうです。
江津駅から40分ほどで太田市駅に着きます。ここは世界遺産の石見銀山への最寄り駅の一つです。
石見銀山は、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山でした。その最盛期には日本は世界の銀の約3分の1を産出したといわれていて、その大部分が石見銀山から産出されていたそうです。世界遺産センターまでは大田市駅から路線バスで30分ほどだそうです。
停車時間が短く写真には撮ることができませんでしたが、大田市駅の跨線橋の鋳鉄製門柱は、明治23年に建てられた鋳鉄製門柱としては日本最古のものだそうです。
波根駅付近から小田駅付近までは再び海岸線を見ながら進みます。
神戸川川を渡ると間もなく出雲市駅です。
大田市駅・出雲市駅間は、快速の名のとおり通過してきました。出雲市駅の停車時間を短くし遅れをほぼ回復しました。ここから先、終着米子駅までは各駅に停車します。
出雲市駅を出ると斐伊川(ひいかわ)を渡ります。この川は古事記では八俣遠呂智の肥河(ひのかわ)、日本書紀では八岐大蛇の簸川(ひのかわ)と記述がある川だそうです。
直江駅、荘原駅と田園風景の中を進みます。
宍道駅を過ぎると、先ほど渡った斐伊川の一部の宍道湖が見えます。
来待駅のある宍道町来待地区には、出雲石灯籠の原材料として有名な「来待石」産地だそうです。
玉造温泉駅のある玉造という名の由来は、この辺りで良質の青瑪瑙が採れ、玉造が栄えたことに由来していると言われています。三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)もここで造られたといわれています。
ここで、下り特急やくも13号出雲市行と交換しました。
宍道湖を挟んで松江市街地が見えて来ると、乃木駅に停まり、その次が松江駅です。
高架の松江駅を出ると、日本では数少ない連結汽水湖の宍道湖と中海を結ぶ大橋川に沿って進みます。
東松江駅の手前で中海に出ます。
東松江駅には、北海道でも見られたJR貨物のオフレールステーションがありました。
この後揖屋駅、荒島駅、安来駅と停車し、終着米子駅に定刻に到着しました。米子駅から鳥取県になります。
本日最後の列車、山陰本線鳥取行普通列車が2両でやってきました。
学生を中心に半分ほどの着席率です。
米子 16:53発
東山公園 16:56着 16:57発
伯耆大山 17:01着 17:02発
淀江 17:06着 17:07発
大山口 17:11着 17:12発
名和 17:16着 17:16発
御来屋 17:18着 17:26発
下市 17:32着 17:32発
中山口 17:35着 17:35発
赤碕 17:39着 17:43発
八橋 17:47着 17:47発
浦安 17:49着 17:50発
由良 17:55着 17:56発
下北条 18:00着 18:01発
倉吉 18:06着 18:10発
松崎 18:15着 18:16発
泊 18:21着 18:22発
青谷 18:27着 18:28発
浜村 18:33着 18:33発
宝木 18:36着 18:37発
末恒 18:42着 18:52発
鳥取大学前 18:55着 18:56発
湖山 18:58着 18:59発
鳥取 19:03着
東山公園駅の近くには米子市東山運動公園があります。米子市では財源確保などを目的として、施設命名権の売却募集したところ、単一工場ではどらやきの生産量日本一といわれている、米子市に本社のある丸京製菓が応募し「ドラマチック」と「どらやき」を組み合わせた愛称「どらやきドラマチックパーク米子(略称:どらドラパーク米子)」となったそうです。
王子製紙米子工場を見ながら日野川を渡ります。
伯耆大山駅にはJR貨物の駅もあります。山陰本線には貨物列車がないのでこのコンテナ列車は伯備線を通って倉敷方面に向かうことでしょう。
大山口駅からは、大山ウインドファームの風車が見えました。
名和駅の次に御来屋駅に停まります。
御来屋の由来は、伊勢神宮の御厨(みくりや)に由来し、名和長年が守護した後醍醐天皇の着船地御腰掛岩などの伝承があることだそうです。ですから名和駅の駅前名は名和長年に由来するものと思われます。なお、御来屋の住所にある駅は御来屋駅ではなく名和駅だそうです。
駅舎は、明治35年の開業時以来のものを今も使用している、山陰最古の駅だそうです。
ちなみに、2・3のりばには車掌車を改造した待合室がありました。
ここでは、鳥取発出雲市行の快速とっとりライナーと交換でした。
今日の車両は、「名探偵コナン」のラッピング車両でした。「名探偵コナン」のキャラクターのほか「まんが王国とっとり」の文字もみえます。8月から鳥取県で「国際まんが博」「国際マンガサミット鳥取大会」が開催されることや、「名探偵コナン」の作者、青山剛昌さんふるさとが鳥取県であることなどにちなんでいるそうです。
しばらくは、海岸線より少し離れたところを進みます。
由良駅のある北栄町は青山剛昌さんの出身地で、それにあやかって『コナン』で町おこしを行っているそうです。
天神川を渡ると間もなく倉吉駅です。
倉吉駅を過ぎると遠くに日本最大の中国庭園、燕趙園が見えます。鳥取県が、友好都市中国河北省の友好のシンボルとして25億円をかけて建設したものだそうです。
そろそろ18時30分になります。日没も近くなりました。
宝木駅と末恒駅の間にある水尻池は、周囲は約3km、水深は浅く概ね1~2mで深いところでも3mほどの、砂丘の発達によって湾が海と切り離されてできた潟湖だそうです。流出入する大きな川はなく、小さな谷を流れる沢水や雨水などが入るだけだそうです。
ですから、稲作が盛んな大正から昭和にかけては干拓され、夏の間は水田、冬の間は池となっていたそうですが、今では稲作も行われないで一年を通じて池となっているそうです。
あと10分ほどで、終着鳥取駅です。
4日目の移動距離447km、乗車時間10時間16分。
案内所で2時間で回れそうな所を聞いたところ、一番のお勧めが島根県芸術文化センター「グラントワ」でした。
「グラントワ」は、「島根県立石見美術館」と「島根県立いわみ芸術劇場」の美術館と劇場が一体になった建物です。
建物は鉄筋コンクリート造りの建物ですが、それを覆っているのが今まで見てきた赤い瓦の石州瓦です。屋根瓦が12万枚、壁瓦16万枚で、壁に瓦を使うのは全国でも初めてだそうです。なんとこの壁瓦はメンテナンスフリーで、建物が存続する限り、数百年はこのままの状態を保ち続けるそうです。
御影石で作られたモニュメントの「おろち」は、石見神楽から大蛇(おろち)をテーマとしているそうです。おろちの「おろ」は古語で、高い峰や丘を意味し、「ち」は神を表すそうです。
次に向かったのが萬福寺ですが、途中に大正10年に郡役所として建てられた国の登録文化財に認定された、歴史民俗資料館がありました。
その向は、徳川夢声の生誕の地だそうです。
萬福寺には、雪舟によって作られた寺院様式の石庭があります。
次に医光寺に向かいました。ここにも雪舟が作った庭園があるそうですが、バスの時間の都合で総門の見学だけで駅に戻りました。
今日の昼食は、駅前の「大阪王将」で済ませました。
益田からは米子行快速アクアライナーに乗ります。
益田 12:50発
石見津田 レ
鎌手 レ
岡見 13:06着 13:09発
三保三隅 13:14着 13:15発
折居 13:20着 13:21発
周布 レ
西浜田 13:29着 13:30発
浜田 13:37着 13:40発
下府 13:44着 13:45発
久代 レ
波子 13:51着 13:52発
敬川 レ
都野津 13:56着 13:57発
江津 14:01着 14:02発
浅利 レ
黒松 レ
石見福光 レ
温泉津 14:16着 14:16発
湯里 レ
馬路 レ
仁万 14:25着 14:25発
五十猛 14:31着 14:34発
静間 レ
大田市 14:40着 14:41発
久手 レ
波根 レ
田儀 レ
小田 レ
江南 レ
出雲神西 レ
西出雲 レ
出雲市 15:07着 15:14発
直江 15:20着 15:23発
荘原 15:29着 15:29発
宍道 15:33着 15:34発
来待 15:38着 15:39発
玉造温泉 15:45着 15:47発
乃木 15:52着 15:53発
松江 15:56着 16:06発
東松江 16:13着 16:14発
揖屋 16:17着 16:18発
荒島 16:23着 16:27発
安来 16:31着 16:32発
米子 16:42着
石見津田駅を過ぎるとしばらく海岸線に沿って進みます。
岡見駅を過ぎると、中国電力三隅発電所が見えてきました。
この辺りは、底が透けて見えるほどきれいな海です。
ちょっとうとうとしている間に、浜田の市街地が見えてきました。
浜田駅のすぐ側には立派な医療センターがありました。
下府駅、久代駅を過ぎ波子駅に停車したところで、前方の安全確認のためしばらく停車するとのアナウンスがありました。
下りの浜田行が20分ほど遅れて到着して、こちらも発車しました。
二駅先の都野津駅には消防車やパトカーが止まっていて、構内には消防署員もいて、どうやら火災があったようです。
江津駅では、下り特急スーパーまつかぜ5号益田行と交換です。
江津駅を出ると中国地方最大の江川(ごうがわ)とも呼ばれる江の川(ごうのかわ)、を渡ります。源流の広島県では、可愛川(えのかわ)とも呼ばれる、中国太郎の異名をもつ川です。
この先しばらくは、海が見えたり見えなかったりの車窓が続きます。
馬路駅の近くには鳴り砂(鳴き砂とも言います)で有名な琴ヶ浜があります。ある平家の姫が、壇ノ浦の源平の戦に敗れこの地に流れ着き、その時村人に助けられたお礼に、姫毎日琴を奏でていたそうですが、その姫が亡くなると、砂浜が琴の音のように鳴くようになったと言う伝説から、その姫を琴姫、この浜を琴ヶ浜と呼ぶようになったと呼ぶそうです。
江津駅から40分ほどで太田市駅に着きます。ここは世界遺産の石見銀山への最寄り駅の一つです。
石見銀山は、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山でした。その最盛期には日本は世界の銀の約3分の1を産出したといわれていて、その大部分が石見銀山から産出されていたそうです。世界遺産センターまでは大田市駅から路線バスで30分ほどだそうです。
停車時間が短く写真には撮ることができませんでしたが、大田市駅の跨線橋の鋳鉄製門柱は、明治23年に建てられた鋳鉄製門柱としては日本最古のものだそうです。
波根駅付近から小田駅付近までは再び海岸線を見ながら進みます。
神戸川川を渡ると間もなく出雲市駅です。
大田市駅・出雲市駅間は、快速の名のとおり通過してきました。出雲市駅の停車時間を短くし遅れをほぼ回復しました。ここから先、終着米子駅までは各駅に停車します。
出雲市駅を出ると斐伊川(ひいかわ)を渡ります。この川は古事記では八俣遠呂智の肥河(ひのかわ)、日本書紀では八岐大蛇の簸川(ひのかわ)と記述がある川だそうです。
直江駅、荘原駅と田園風景の中を進みます。
宍道駅を過ぎると、先ほど渡った斐伊川の一部の宍道湖が見えます。
来待駅のある宍道町来待地区には、出雲石灯籠の原材料として有名な「来待石」産地だそうです。
玉造温泉駅のある玉造という名の由来は、この辺りで良質の青瑪瑙が採れ、玉造が栄えたことに由来していると言われています。三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)もここで造られたといわれています。
ここで、下り特急やくも13号出雲市行と交換しました。
宍道湖を挟んで松江市街地が見えて来ると、乃木駅に停まり、その次が松江駅です。
高架の松江駅を出ると、日本では数少ない連結汽水湖の宍道湖と中海を結ぶ大橋川に沿って進みます。
東松江駅の手前で中海に出ます。
東松江駅には、北海道でも見られたJR貨物のオフレールステーションがありました。
この後揖屋駅、荒島駅、安来駅と停車し、終着米子駅に定刻に到着しました。米子駅から鳥取県になります。
本日最後の列車、山陰本線鳥取行普通列車が2両でやってきました。
学生を中心に半分ほどの着席率です。
米子 16:53発
東山公園 16:56着 16:57発
伯耆大山 17:01着 17:02発
淀江 17:06着 17:07発
大山口 17:11着 17:12発
名和 17:16着 17:16発
御来屋 17:18着 17:26発
下市 17:32着 17:32発
中山口 17:35着 17:35発
赤碕 17:39着 17:43発
八橋 17:47着 17:47発
浦安 17:49着 17:50発
由良 17:55着 17:56発
下北条 18:00着 18:01発
倉吉 18:06着 18:10発
松崎 18:15着 18:16発
泊 18:21着 18:22発
青谷 18:27着 18:28発
浜村 18:33着 18:33発
宝木 18:36着 18:37発
末恒 18:42着 18:52発
鳥取大学前 18:55着 18:56発
湖山 18:58着 18:59発
鳥取 19:03着
東山公園駅の近くには米子市東山運動公園があります。米子市では財源確保などを目的として、施設命名権の売却募集したところ、単一工場ではどらやきの生産量日本一といわれている、米子市に本社のある丸京製菓が応募し「ドラマチック」と「どらやき」を組み合わせた愛称「どらやきドラマチックパーク米子(略称:どらドラパーク米子)」となったそうです。
王子製紙米子工場を見ながら日野川を渡ります。
伯耆大山駅にはJR貨物の駅もあります。山陰本線には貨物列車がないのでこのコンテナ列車は伯備線を通って倉敷方面に向かうことでしょう。
大山口駅からは、大山ウインドファームの風車が見えました。
名和駅の次に御来屋駅に停まります。
御来屋の由来は、伊勢神宮の御厨(みくりや)に由来し、名和長年が守護した後醍醐天皇の着船地御腰掛岩などの伝承があることだそうです。ですから名和駅の駅前名は名和長年に由来するものと思われます。なお、御来屋の住所にある駅は御来屋駅ではなく名和駅だそうです。
駅舎は、明治35年の開業時以来のものを今も使用している、山陰最古の駅だそうです。
ちなみに、2・3のりばには車掌車を改造した待合室がありました。
ここでは、鳥取発出雲市行の快速とっとりライナーと交換でした。
今日の車両は、「名探偵コナン」のラッピング車両でした。「名探偵コナン」のキャラクターのほか「まんが王国とっとり」の文字もみえます。8月から鳥取県で「国際まんが博」「国際マンガサミット鳥取大会」が開催されることや、「名探偵コナン」の作者、青山剛昌さんふるさとが鳥取県であることなどにちなんでいるそうです。
しばらくは、海岸線より少し離れたところを進みます。
由良駅のある北栄町は青山剛昌さんの出身地で、それにあやかって『コナン』で町おこしを行っているそうです。
天神川を渡ると間もなく倉吉駅です。
倉吉駅を過ぎると遠くに日本最大の中国庭園、燕趙園が見えます。鳥取県が、友好都市中国河北省の友好のシンボルとして25億円をかけて建設したものだそうです。
そろそろ18時30分になります。日没も近くなりました。
宝木駅と末恒駅の間にある水尻池は、周囲は約3km、水深は浅く概ね1~2mで深いところでも3mほどの、砂丘の発達によって湾が海と切り離されてできた潟湖だそうです。流出入する大きな川はなく、小さな谷を流れる沢水や雨水などが入るだけだそうです。
ですから、稲作が盛んな大正から昭和にかけては干拓され、夏の間は水田、冬の間は池となっていたそうですが、今では稲作も行われないで一年を通じて池となっているそうです。
あと10分ほどで、終着鳥取駅です。
4日目の移動距離447km、乗車時間10時間16分。
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