今日も金沢は雪。
道路には、地下水が出て雪を融かす消雪装置があるので車の運転者は助かります。
融けた水は、雪と混ざってシャーベット状になって路肩に流れるのですが、
積もった雪で排水が追い付かず、
あちらこちらでシャーベットの池のようになっていたりします。
そこを勢いよく車が水をはねあげて走るので、
気をつけないと歩行者はびしょぬれになります。
雪の日は、運転者も歩行者も、どちらも出かける時は気を付けないとね。
仕事場の窓からの風景。
振り続ける雪で、外が見えない…
濃霧のような雪。
気がつくと1月も今日と明日でおしまい。
もう今年の最初の1ヵ月が過ぎようとしています。
年々、時の経つのが速さを増しているように感じます。
ぼんやりしないで、一日一日を大切に過ごさなくちゃなぁ、と改めて感じます。
ところで、今年、私はささやかですが、ひとつ心がけようと思っていることがあるのです。
「無意識の挨拶をしないこと」、です。
というのは、去年、ある仕事場で、いつものように挨拶として「お疲れ様です」と声をかけたところ、「別に疲れてねえよ」と返事が返ってきました。
疲れているかどうかわからないのに、疲れている前提で声をかけるというのも、そういえば変なのかなあ、とふと疑問に思ったんです。
当たり前のお約束の定型文のように無意識に口にしていた挨拶の言葉でしたが、
今年はこの挨拶のときの言葉を、ちょっと変えてみようかなと思ったのです。
だから、どういえばいいのか、まあ、それはその時その時の状況や、相手との関係にもよるのかな、と。
とりあえず、定型文のような挨拶ではなく、どんな言葉を選ぼうかと考えて
心からの挨拶ができたらいいなと思っています。
先日読んだ、ある文学博士の書かれた本に、「言葉は文化の花、敬語は言葉の花」という一文がありました。
「お疲れ様」は決して悪い言葉ではないし、
一日の頑張りにねぎらいの言葉をかけてもらったら私は嬉しい。
でも、誰かにその言葉をかけるときはちゃんと意識して心をこめようと思います。
無意識の挨拶には使わないように…気をつけよう。
「挨拶」をするときは言葉の花を一輪贈るように丁寧に。これを今年の目標の一つにしたいなと思うのです。
仕事が終わって、
チームで仕事をするときは特に、
お疲れ様でしたって、当たり前の言葉のように使ってきましたが、考えさせられました。
わたしも言葉の花を贈るように、
心がけたいと思います。
仕事をみんなで頑張った後に、ねぎらいで掛けるのは、もちろんすごくいいと思います。
私も言われたら嬉しいです。
それとは違って、その日に顔を合わせて最初に「お疲れ様です」と挨拶がわりに無意識に言っていたんですよね、わたし。
今年は挨拶の言葉は花を贈る気持ちで口にしようと思います。