博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

『大明風華』その7(完)

2021年07月29日 | 中国歴史ドラマ
『大明風華』第53~最終62話まで見ました。


紫禁城を守る将兵の士気低下を憂えた孫若微は、遂に英宗を廃位し、景泰帝を擁立することを決意。画像は自分が廃位されたと知って呆然とする英宗w 彼は「太上皇」という扱いになります。


オイラートは一旦モンゴルに引き上げ、英宗もモンゴルで人質生活を送ることに。エセン・ハンの娘其木格と夫婦同然の関係となり、2人の間に子どもも生まれます。それに先だって孫若微がオイラートの捕虜を解放したりと、この作品でも少数民族との敵対ではなく友好を強調した作りになっています。2人のもとに孫若微の使者として徐浜が派遣され、現地で英宗の教育に当たったり、エセンと英宗の釈放をめぐって折衝したりしております。

景泰帝は実母胡善祥の指図で英宗の帰国を妨害し、更に我が子を太子に据えようとします。そこを掻い潜って孫若微は徐浜と連携してエセンとの交渉を進め、英宗釈放の同意を取り付けます。景泰帝は英宗側からの譲位を追認し、立太子を認めるという申し出に狂喜乱舞。しかし景泰帝の皇后は、長年の胡善祥からの虐待に耐えきれず、太子を道連れに自害……

景泰帝は失意により心身ともに衰弱しきった状態で、草原生活で心身ともに成熟した英宗を迎えます。景泰帝側はその後も英宗と孫若微を謀反の罪に陥れようと画策し、その過程で草原より連れ帰った其木格が犠牲に…… 妻の死に失望と怒りを深くする英宗は側近たちを集め……

【総括】
途中で長い中断期間を挟みつつ1年以上かけて見てきた本作。最後まで朱氏一族が潰し合う展開となりました(このパートで孫若微もその旨述懐しております)。洪熙帝・漢王・趙王のおっさん三兄弟の駆け引きが楽しみだったので、彼らが退場した中盤以降はどうかなあと不安に思っていたのですが、孫若微&胡善祥姉妹の宮廷物的な駆け引きは予想したほどは無く、モンゴルでの英宗の成長など、予想していなかった所で見所がありました。
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『大明風華』その6

2021年07月19日 | 中国歴史ドラマ
『大明風華』第43~52話まで見ました。

即位10年、宣徳帝が病没。若微が生んだ祁鎮は言葉が喋れず、骨が弱く立って歩くこともできません。後継の座が危ぶまれたところで土壇場で立ち上がって言葉を発し、皇位をガッチリつかみます。すなわち英宗です。


皇帝になってからの英宗は病弱設定も何のその、祖母の張太皇太后に甘やかされ、幼くして暗君としての資質を示し始めますw


そして成長した英宗。もう母親の言うことも聞きません。


幼い頃からのお気に入りの宦官・王振。若くして蓄財に励み、後輩の宦官や大官たちを「幹児子」にして朋党を形成し、朝政にも影響力を発揮し始めます。


そして北方では太皇太后の弟の張克倹がコネ人事でモンゴル族との互市の責任者として派遣されるも、現地で略奪、殺人などの横暴を働き、エセン・ハン配下の女戦士・其木格によって捕らえられ、モンゴル族の総意により処刑。

英宗は大叔父の敵討ちとばかりに、50万の大軍を動員してオイラートへの親征を敢行。これはもう止められないと、孫若微も「勝てなくても見識は広められるだろう」と観念し、親征を承諾します。いや、修学旅行とかじゃないんですから……

そして英宗は王振から彼の故郷の話を聞いて興味を持ち、その故郷の村に立ち寄ろうと進軍ルートを変えたところ、隙を突かれてオイラートに急襲され、其木格の捕虜となります。いわゆる「土木の変」です。ちなみに王振ですが、オイラートに包囲された際に「このままだと皇上に諫言してもオイラートに徹底抗戦してもどっちにしろ死ぬ。ならばいっそ」とヤケクソになった将軍・陳文栄によって、英宗の目の前で撲殺されました。


事態を知った孫若微は、取り敢えず胡善祥所生の祁鈺(後の景泰帝)を引き取りますが、妻ともども母親に手荒く扱われっぱなしでどうにも頼りない……

その一方で若微は重臣の一部や皇族を南京に退避させ、自身は楊士奇ら「三楊」、于謙といった重臣たちとともに紫禁城に居残り、オイラートとの徹底抗戦に臨みます。無気力となった英宗を捕虜として引き連れ、紫禁城に迫るオイラートに対し、明軍は紅衣砲と山東からの援軍によって侵攻を食い止めますが、皇帝の不甲斐ない姿に将兵の士気の低下は避けられず、若微は于謙から重大な決意を迫られ……
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『大明風華』その5

2021年07月09日 | 中国歴史ドラマ
『大明風華』第33~42話まで見ました。

不穏な雰囲気が漂う中、永楽帝の葬儀が開始。ここで洪熙帝の即位と「靖難遺孤」の赦免を明言した永楽帝の遺詔が公表されますが、漢王・趙王は「こんなものは偽物だ!」と主張し(実際洪熙帝が孫若微に偽造させたものなのですが)、山東へと逃亡して謀反の準備を進めます。

その間に洪熙帝は即位したと思ったらあっという間に崩御してしまいます。朱瞻基は新帝(宣徳帝)として漢王・趙王の謀反に立ち向かうことになります。靖難の変の二の舞になるかと思われたこの戦いですが、あっさりと宣徳帝が勝利を収めます。


一族殺しの汚名を着たくないという宣徳帝の意向もあって死罪は免れたる2人。完全にふてくされる漢王に対して、趙王はあっさり宣徳帝に服従し、永楽帝時代から掌握していた諜報機関の力により、漢王やら胡善祥やらその他諸々の人士の行動について情報提供し、彼に猜疑心を植え付けていきます。

洪熙帝在世時に懐妊した胡善祥ですが、かつて殺害した女性の妹の手により流産させられてしまいます。殺人に手を染めていたこともあり、何とかこのことを隠蔽し、男を後宮に招き入れ、アレして再び懐妊しようとしますが、これも趙王によりあっさり露見。ここで彼女の母親代わりだった胡尚儀が罪を被り、謹慎処分だけで一応許されます。


このあたりで序盤で登場した鄭和が再登場。徐浜とともに7回目の南洋航海に旅立ちます。

宣徳帝は明側に攻め込んできたマフムード・ハンを討ち取り、その前後に孫若微と胡善祥が揃って懐妊し、ともに男児を出産。後の英宗と景泰帝ですね。なお史実では景泰帝を生んだのは別の妃嬪で、胡善祥は女児しか産まなかったようです。(無論2人が実の姉妹というのもフィクション)

これまた趙王の密告により、胡善祥が漢王の謀反の際に便宜を図っていたことが発覚し、廃后されますm9(^Д^) 彼女、正直行いがかなりアレなんでこういう反応にならざるを得ませんw かわって孫若微が皇后に。

そして漢王も永楽帝と洪熙帝に毒を盛らせたという情報が趙王から寄せられ、さすがにもう赦免はならずということになり、自ら家族を殺害して自害の道を選びますが、後になって実は毒殺の事実はなかったと判明。漢王と趙王が宣徳帝に一族殺しの汚名を着せるために謀った、命を賭けた陰謀なのでした。真相を知った宣徳帝は猜疑心の塊となり、宗廟に引きこもって闇落ちしてしまいますが…… 
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『御賜小仵作』その6(完)

2021年07月03日 | 中国歴史ドラマ
『御賜小仵作』第31~最終36話まで見ました。

黔州での偽金流通の一件も昌王一派の仕業と判明。更に自分たちの一味を軍中に紛れ込ませ、少しずつ長安に送り込んでいたことも明らかとなり、科挙が行われ、人の出入りが激しくなる隙を突いて更に人員を長安に紛れ込ませるつもりではないかということで、蕭瑾瑜や楚楚たちは長安へと帰還することに。

長安に帰還したタイミングで、兵部尚書で瑾瑜の師であった薛汝成が火事で焼死したとの報が伝わります。彼が昌王として活動するにあたり、一旦死んだことにしようということのようですが、楚楚による検屍の結果、速攻で別人の死体であると見破られます (^_^;) これにより瑾瑜は彼がクロであると確信します。


一方、秦欒の意を受けた韓績は、双子とされた蕭兄弟のうちどちらかが、実は謀反人剣南節度使陳瓔の遺児であると西平公主を宣宗に告発。韓績の中の人は古装でお馴染み宗峰岩アニキです。


窮地に陥る西平公主ですが、ここで瑾瑜が、これは母を陥れようとする陰謀であると暴き出し、更にはこの一件の黒幕である秦欒がその昔父親と陳瓔を陥れたことなど、これまでの悪事を暴露。権勢を振るった秦欒もいよいよ投獄されることとなります。

ここで秦欒は前々から仕込んでいた宣宗暗殺計画を実行に移そうとしますが、これも瑾瑜らによって阻止。残るはいよいよ薛汝成=昌王との決戦のみとなります。楚楚との愛を育んできた瑾瑜ですが、彼女との結婚式を「逆党」をおびき出す舞台に据えようと決意し……

【総括】
ということで朝廷はクソという方向に走ることなく、最後まで法医学時代劇として完走致しました。ネタバレしてしまうと、昌王を自称する薛汝成が実はその家僕で学友であったのにすぎないと瑾瑜によって正体を暴露されてしまうわけですが、瑾瑜自身も実は陳瓔の遺児であり、ともに皇室の血を引いていないのに王爺と呼ばれる立場となっているというのは共通しているわけです。そこらへんの対比をもう少し深めると面白かったなあと。
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『大明風華』その4

2021年06月27日 | 中国歴史ドラマ
『大明風華』第23~32話まで見ました。


これまで永楽帝のブレーンとして登場した姚広孝、人生最大のチャレンジを披露して退場。


永楽帝は都を南京から順天府、現在の北京へと遷し、落成したばかりの紫禁城にて朱瞻基が正式に太孫に冊封されます。そして孫若微が太孫嬪に、漢王の推薦を得た胡善祥が太孫妃に封じられます。

この前後に永楽帝によるオイラート親征の準備を着々と進めます。太子は親征をやめるよう諫言しますが、聞き入れられることはなく、後方からの支援を任されることに。
で、漢王、趙王と太孫を伴って遠征開始。オイラート側はタタール部など他のモンゴル諸部族と同盟して迎え撃ちます。


于謙は前線勤務に回されてましたが、親身になって世話を焼いてくれた投降モンゴル人の上司が実はオイラートのマフムード・ハンで、自らスパイとして長年明軍に潜り込んでいたという衝撃の事実が判明したりします。


これと前後してその孫にあたる若き日のエセンも登場。明朝にとっては後に因縁の相手となる人物です。

前線では明側が苦戦を強いられ、永楽帝が病となります。後方は後方で元々病弱だった太子が重篤に陥ります。前線と後方でそれぞれ皇位継承を巡る思惑が交錯し、永楽帝は自分の死後靖難の変の二の舞となることを恐れ、太子を廃して漢王を後継に据えようと考えるようになります。

当然太孫はそれに不満で、永楽帝が陣中で病没するとその死を漢王、趙王に秘匿し、秘密を知る文官の楊士奇を味方につけます。そして密かに前線から抜け出して北京へと舞い戻り、父母にも決意を迫ります。


自分自身も明日をも知れぬ状態ということで、当初は永楽帝の思し召し通り漢王に皇位を譲ろうとした太子も翻意して即位。これが洪熙帝となります。

そして父帝即位という既成事実を作り上げた太孫は前線に戻り、漢王、趙王らに永楽帝の死を公表。不満の2人を屈服させ……というあたりで次回へ。
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『御賜小仵作』その5

2021年06月27日 | 中国歴史ドラマ
『御賜小仵作』第25~30話まで見ました。

楚楚、蕭瑾瑜は黔州刺史の李璋とともに、偽金作りのアジトらしき鉱山を捜査しますが、実は当の李璋が偽金作りを取り仕切っていたのでした。李璋によって鉱山に閉じ込められた2人ですが、その間に互いの愛を確認し、楚楚は遂に蕭瑾瑜の告白を受け入れます。前回彼女が告白を拒否したのは、仵作の身分の低さというか、死体を扱う職業という穢れ意識みたいなものがネックになっていた模様。

そして2人は蕭瑾璃らによって救出され、李璋の背後に武宗の遺児とされる昌王が存在することを確信。


そして冷月の祖父の冷沛山も黒幕のひとりではないかいうことで、一行は表敬がてら彼の軍営を探訪し、留まることに。


以前から祖父に不信感を抱いていた冷月は、いよいよ祖父との対峙を迫られ、覚悟のヤケ酒 (^_^;)

軍中では兵士が幻覚を見て自害するという怪死事件が相次いでましたが、冷沛山の片腕侯斌将軍も犠牲に。また一兵卒に扮して兵営に潜り込んだ景翊も幻覚を見て暴れる所を取り押さえられます。更には冷沛山も奇病に冒されており、自分の寿命が長くないと自覚しているようなのですが……

実のところ怪死事件は軍中の文官の呉琛が仕込んだ毒が原因であり、冷沛山の奇病も彼が与えた薬に仕込まれた丹砂が原因なのでした。しかし気付いた時には彼は井戸より死体で発見されます。冷沛山のもうひとりの片腕趙捷がすべての黒幕で、彼は昌王の配下としてクーデターを図っていたことが判明。

クーデターは未然に防がれ、結局冷沛山はシロということに。

一方、長安では秦欒が蕭兄弟の出生に不審点があることを嗅ぎつけます。どうやら兄弟のうちどちらかが謀反人とされた剣南節度使陳瓔の子であるようなのですが……?それとともに秦欒は昌王側からのオファーを受け、彼らと結託することを決意。というあたりで最終ターンへ。
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『御賜小仵作』その4

2021年06月21日 | 中国歴史ドラマ
『御賜小仵作』第19~24話まで見ました。

許如帰を逃したのは案の定楚河だった模様…… で、2人を追っていたのは秦欒の放った刺客であったと。一方、都では楚楚の身元が謀反人の子孫、「逆党遺後」ではないかと問題になります。


黔州では、蕭恒=巫医大叔は現地にいるのではないかということになり、蕭瑾瑜らは鳳凰山を捜索。そして沼地より父親の遺体を発見。

残されていた書き付けの暗号を解読し、剣南節度使と蕭恒は現地で共同作戦を執行する手はずとなっていたが、秦欒の陰謀により剣南節度使が謀反人に仕立て上げられたこと、蕭恒も謀反人として追われたが、崖落ちして巫医に助けられ、以後巫医として身を隠していたこと、蕭恒の身柄を確保できない秦欒は、彼を謀反を討伐する側ということにして、彼を顕彰するとして都におびき出そうとしていたことなどが明らかとなります。

沼地に沈んだのは他殺ではなく自害だったわけですが、謀反人として追わされている最中に敵兵に足を折られたのを満足に治療できず、そこから雑菌などが入ってしまって取り返しの付かない状態になったという事情の模様。そしてこういった事情により、楚楚の父親が謀反人の一味というのは冤罪であり、彼女は「逆党遺後」などではないということが明らかとなったわけです。


しかしそんな事情を知らない宣宗は、楚楚を捕らえようと現地に黔州刺史の李璋、そして蕭瑾瑜にとっては師にあたる薛汝成を派遣。実はこの薛汝成の正体が昌王なわけで、李璋ともつるんでいるようなのですが…… 蕭瑾瑜は2人の追求をやり過ごしつつ楚楚に告白しますが、彼女には困惑だけされて交わされるという結果に (^_^;)

一方、宣宗は更に蕭瑾瑜に現地の偽金の件を調査せよという命令を下し、鳳凰山にて偽金作りのアジトらしき場所を発見しますが……
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『御賜小仵作』その3

2021年06月14日 | 中国歴史ドラマ
『御賜小仵作』第13~18話まで見ました。


宮廷では高官たちの間で武宗の太子であった昌王が実は生きているという噂が流れ、宣宗は神経を尖らせます。そしてどこかに隠れ住んでいるらしい昌王が登場します。宣宗より若いと思っていたのですが、思ったよりおっさんです。というかどこかで見たような顔ですが……?

さて、黔州の楚楚は、今まで適当に受け流されてきた仵作の再試験の結果について合格ということで正式に蕭瑾瑜のもとで働くことに。2人は楚楚の母親許小三の遺体を掘り出して調査し、彼女が自殺ではなく他殺されたと確信します。


楚楚は母親の遺骨から生前の容貌を復元して塑像を作り、父親に関する手掛かりを得ようとしますが、街中で許如帰に攫われてしまいます。彼は長安の酒楼如帰楼の店主でしたが、その実体は秦欒の配下。蕭瑾瑜に追い詰められると逃亡し、その後も黔州入りしようとする彼ら一行を襲撃したりしています。

そして許如帰の正体が楚楚の母親の兄、許宗方であることが明らかとなります。許小三の夫、すなわち楚楚の父親は謀反を起こした剣南節度使の配下の武将雲易で、謀反の鎮圧に来た蕭瑾瑜の父親蕭恒の殺害を図ったとのこと。すなわち蕭瑾瑜と楚楚は敵同士の関係となるわけです。許如帰は、許小三を殺害したのは謀反の一味とされることを恐れた彼の妻が示唆したこと、蕭瑾瑜はお前を殺そうとするだろうということで楚楚を引き留めようとしますが、彼女は当然許如帰の言うことを信用しません。

そうこうしているうちに蕭瑾瑜らが救出にやって来て許如帰の方が楚家に監禁されることになります。しかしこれまた謎の刺客が潜入し、重症を負わされた許如帰は逃亡。


ついでに許如帰に唆されていた楚楚の兄楚河も逃亡。刺客に追われて川に飛び込んだ所を楚楚によって救出。その楚楚を助けようと蕭瑾瑜も川に飛び込み……というあたりで次回へ。
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『大明風華』その3

2021年06月13日 | 中国歴史ドラマ
1年以上放置していた『大明風華』ですが、視聴を再開。この間にWOWOWで『大明皇妃』の邦題で日本語版が放映されました。今回は第11~22話まで鑑賞。

永楽帝の命の恩人ということで孫若微は傷の療養がてら客人として宮中に滞在することに。建文帝の遺臣にあたる徐浜も永楽帝に出仕することとなります。建文帝といえば、永楽帝は甥がもし生きておれば和解をしたいと思っているようなのですが……


ということで密かに生き延びていた建文帝 (^_^;) 出家してます。伝国の玉璽を永楽帝に引き渡し、叔父甥の和解を果たします。そして「靖難遺孤」を罪に問わないという誓いを立てることに。


このあたりで永楽帝は漢王・趙王を伴って北方への親征を決意。これまで次男の漢王を監国の地位に就けていましたが、太子を監国に戻し、親征の準備を始めます。相変わらず仲良く喧嘩してる太子・漢王・趙王の三兄弟ですが、こういう面白カットも。

一方、胡善祥は太子妃のお付きに出世し、更に太孫(朱瞻基)の選秀に応じ、太孫妃の地位を窺います。そんな中、彼女は孫若微が幼い頃に生き別れとなった姉であると気づき、姉妹の名乗りを挙げることに。彼女は若微にも選秀に応じるよう薦めますが、太孫妃となって跡継ぎを生み、権力を得ることで両親の仇討ちをしたいという思いがある模様……


そして若微の身元を整えるために敢えて死を選ぶ養父の孫愚……


この前後に科挙に登第した若き日の于謙が登場。酔い潰れた状態で永楽帝と謁見し、北方親征への批判を口にしてしまいますが……

で、いよいよ選秀。朱瞻基は本音では若微を妃としたいところですが、政治的判断により漢王の推薦を得た善祥を太孫妃に選び…… ということでヒロイン周りよりおっさんズを見てる方が楽しいドラマですw
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『御賜小仵作』その2

2021年06月08日 | 中国歴史ドラマ
『御賜小仵作』第7~12話まで見ました。


チーム三法司の一員で長期出張中だった冷月が帰還。黔中節度使の娘で、宣宗のお気に入りでもあります。どうやら出張のついでに蕭瑾瑜の意を受けて楚楚の身元も探っていた模様。


ついでに第1話から登場している景翊。高官の息子で大理寺少卿として蕭瑾瑜をサポート。冷月を憎からず思っているようですが、彼の母は冷月を蕭瑾瑜とくっつけようと動いているようで……


さて、楚楚は何か事あるたびに蕭瑾瑜らに伝説の仵作「玉面判官」の教えを披露するのですが、それが蕭瑾瑜の父・蕭恒の残した教えとそっくりで、彼女に「玉面判官」のことを伝えたという「巫医大叔」が死んだはずの蕭恒ではないかという疑惑が持ち上がります。


蕭瑾瑜は黔州で開元通宝の偽物が流通していることもあり、一同を伴って楚楚の故郷の黔州へと赴き、偽金と父親の件を探ることに。黔州入りした途端に刺客にお剃られますが、そこへ助けに駆けつけたのが蕭瑾瑜の双子の兄・蕭瑾璃。王位を弟に譲って自分は武官の道を歩んでいる模様。

蕭瑾璃も護衛として一向に加わり、楚家へと向かいます。楚家の人間、楚楚の祖父・父・兄は楚楚の出生を探られるのを警戒している様子。これまでの調査でも彼女が生まれたのが楚家の母親の死後であるといったことが明らかとなっていたのですが……

諸々調査の結果、「巫医大叔」がかつて宦官に命を狙われ、返り討ちにしたらしいこと(かつて彼が住んでいた所からその宦官のミイラ化した遺体が出てきた)、そして楚家の祖父と父親の口から、地元の許氏の女性が自害した際に身ごもっており、彼女の遺体から密かに取り出して楚家で養育したのが楚楚であることが明らかにされます。となると、あとは母親が自害した事情と、父親は誰なのかが問題となるわけですが……
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