『大秦賦』第19~24話まで見ました。
趙では孝成王が急死し、秦に人質にやられた太子佾をよそにバカ息子の次男公子偃が悼襄王として即位。学友で側近の郭開を丞相に取り立て、この郭開が目の上のたんこぶの廉頗から兵権を奪ったりとやりたい放題。
秦では燕と結んでともに趙を攻めるという「聯燕攻趙」策を提案。趙での人質時代に嬴政と親友だった太子丹がこの話に乗り、使者として秦へと赴きます。話がうまくまとまったと思いきや、鄭国による治水工事で人手が取られて趙攻めどころではないということで、嬴政のあずかり知らぬ所で呂不韋が趙との和平を画策。
で、12歳にして呂不韋の食客となっている甘羅君が趙への使者となり、新君即位後間もない状態で内部に不安を抱える趙側を説得し、趙との和平をまとめて帰還。もちろん梯子を外された形の太子丹は嬴政を裏切り者と詰り、旧友から一転絶許の仲に。後から事情を知らされた嬴政は、得意げに褒美をねだる甘羅を自ら刺殺。甘羅君、『史記』にも12歳の時の趙との交渉の話しか載ってないので、適当な所でフェードアウトさせる必要があるのですが、こういう退場のさせ方はあんまりだと思います。
一方、後宮の趙姫は偽宦官にされてしまった嫪毐とわりない仲となり、病気療養と偽って咸陽を出て旧都雍城へ。
そしてこうなるわけです (^_^;) 子供の存在がバレてはならぬと、お忍びで雍城を訪ねてきた嬴政にもつれない態度をとり、母子の仲が微妙になります。華陽夫人はその隙を突いて、ここぞと嬴政に楚の王族の娘と娶せようとします。
で、羋啓(後の昌平君)の娘の羋華を楚国から呼び寄せ、お狩り場で馬で走り回ってる所を横から飛び出してくるというわざとらしいシチュエーションで出会う2人。これがおそらく扶蘇の母親になるということなんでしょうけど、もしそういう展開になるなら扶蘇の母は楚出身ではないかという研究を参照していることになりますね。
この華陽太后の陰謀を嗅ぎつけた趙姫が急遽雍城より咸陽へと帰還。対抗して嬴政に斉の離秋公主を嫁入りさせようとしますが…… ここでしょーもない宮廷物エピソードが展開されてしまうんでしょうか……
趙では孝成王が急死し、秦に人質にやられた太子佾をよそにバカ息子の次男公子偃が悼襄王として即位。学友で側近の郭開を丞相に取り立て、この郭開が目の上のたんこぶの廉頗から兵権を奪ったりとやりたい放題。
秦では燕と結んでともに趙を攻めるという「聯燕攻趙」策を提案。趙での人質時代に嬴政と親友だった太子丹がこの話に乗り、使者として秦へと赴きます。話がうまくまとまったと思いきや、鄭国による治水工事で人手が取られて趙攻めどころではないということで、嬴政のあずかり知らぬ所で呂不韋が趙との和平を画策。
で、12歳にして呂不韋の食客となっている甘羅君が趙への使者となり、新君即位後間もない状態で内部に不安を抱える趙側を説得し、趙との和平をまとめて帰還。もちろん梯子を外された形の太子丹は嬴政を裏切り者と詰り、旧友から一転絶許の仲に。後から事情を知らされた嬴政は、得意げに褒美をねだる甘羅を自ら刺殺。甘羅君、『史記』にも12歳の時の趙との交渉の話しか載ってないので、適当な所でフェードアウトさせる必要があるのですが、こういう退場のさせ方はあんまりだと思います。
一方、後宮の趙姫は偽宦官にされてしまった嫪毐とわりない仲となり、病気療養と偽って咸陽を出て旧都雍城へ。
そしてこうなるわけです (^_^;) 子供の存在がバレてはならぬと、お忍びで雍城を訪ねてきた嬴政にもつれない態度をとり、母子の仲が微妙になります。華陽夫人はその隙を突いて、ここぞと嬴政に楚の王族の娘と娶せようとします。
で、羋啓(後の昌平君)の娘の羋華を楚国から呼び寄せ、お狩り場で馬で走り回ってる所を横から飛び出してくるというわざとらしいシチュエーションで出会う2人。これがおそらく扶蘇の母親になるということなんでしょうけど、もしそういう展開になるなら扶蘇の母は楚出身ではないかという研究を参照していることになりますね。
この華陽太后の陰謀を嗅ぎつけた趙姫が急遽雍城より咸陽へと帰還。対抗して嬴政に斉の離秋公主を嫁入りさせようとしますが…… ここでしょーもない宮廷物エピソードが展開されてしまうんでしょうか……