増補新版 通州事件 (志学社選書, 008)の
感想旧版からの再読。一部コラムのほか、事件の生存者・遺族の戦後やインタビューが増補されている。保安隊が虐殺を行った理由についてはやはり研究の進展があまりないようだ(事件の背景については少し補足されている)。日本人を虐殺する一方で、生存者を救おうとしたのもまた中国人であるということ、生存者・遺族の方の率直な思いを伝えたい、事実を知ってほしいという思いとは裏腹に、事件当時も現在も、その証言が日本で反中プロパガンダに使われている点が印象づけられた。
読了日:08月01日 著者:
広中一成ルネサンス 情報革命の時代 (ちくま新書)の
感想情報伝達と情報整理という側面に着目したルネサンス史。再発見されたラテン語の古典から(中国で言う)類書的な営みがなされていくさま、記憶術から古代の神々の典型的なイメージが定着していくさまなど、興味深いトピックは数あるが、最も印象に残ったのは、特に植物に関する古典の記述の不備からの実地観察や比較分析の必要性が高まり、自然そのものの探究が始まったという流れ。これは日本で医学に関する漢籍への不満から、蘭学書を片手に杉田玄白らが人体解剖を行ったことを想起させる。東アジアのルネサンスにも思いを致させる書となっている。
読了日:08月05日 著者:
桑木野 幸司漢字が日本語になるまで ――音読み・訓読みはなぜ生まれたのか? (ちくまQブックス)の
感想漢字が日本に伝来し、漢字・漢語が日本語化するまでの流れと、漢字・漢語の基礎知識を簡潔・明快に語る。いわゆるキラキラネームを日本人が命名をする際に特殊な訓を用いる伝統の延長線上に位置づけたり、カナの誕生を当て字の延長によるものと見たりしているのは面白い。
読了日:08月06日 著者:
円満字 二郎日本の古代豪族 100 (講談社現代新書)の
感想奈良時代までの中央、地方、渡来系など各種の豪族の概要・事績を紹介。蘇我氏、物部氏など誰もが知る氏から、西漢氏のような近年の研究によって重要性が示唆されるようになった氏まで幅広く紹介。考古学の成果を積極的に反映させているのもよい。本書で紹介される豪族の多くが平安期以後に名前が見えなくなっていくわけだが、彼らは一体どこに消えたのだろうか?あるいは佐々貴山氏の子孫が後に宇多源氏の佐々木氏を仮冒したように(この説も本書で触れられている)、彼らの多くが藤原氏や源氏を仮冒したことで消えたように見えるだけなのだろうか?
読了日:08月11日 著者:
水谷 千秋中国戦乱詩 (講談社学術文庫)の
感想時代は『詩経』から日清戦争まで、内容は帝王の詩あり、宰相の詩あり、出征する夫と居残る妻とのやりとりあり、男装して出征する女性兵士の詩あり、はたまた蹂躙される者の悲哀ありと、差し詰め詩で読む戦争の中国史という趣きがある。有名人の詠んだ詩はあるが、杜甫の春望など、誰でも知っているような詩は採られていない。
読了日:08月14日 著者:
鈴木 虎雄,川合 康三中国のデジタルイノベーション: 大学で孵化する起業家たち (岩波新書 新赤版 1931)の
感想著者は清華大学に在籍していたということだが、ブロックチェーンについて、政府の度重なる規制をくぐり抜けてなおイノベーションを達成し、時に理念優先で突っ走るほど意外に理念やビジョンを重視するなど、「中国通」ほど見ようとしない、語ろうとしない中国人の姿が描き出されている。また、中国人がネットで日本に対する好印象を語るほどには、在中の日本人が等身大の中国を語ることができない日本人の偏見の根強さや、日本のネットの問題にも触れている。反中本にも「中国通」の中国論にも飽き足らない人向けの好著。
読了日:08月16日 著者:
小池 政就縄文人と弥生人-「日本人の起源」論争 (中公新書 2709)の
感想日本人の起源論というか「縄文時代」「弥生時代」という枠組みが自明のものとなり、「縄文時代は日本の文化の深層」という発想が何となく受け入れられるようになるまでの歴史。モースの時代から記紀の記述と考古学的成果が結びつけられてきたこと、人類学と考古学との関係、日本人の起源論と大東亜共栄圏構想など時局との結びつきなど、読みどころが多い。本書は縄文・弥生に限らず、私たちが歴史を学ぶうえで当たり前と思っている枠組みの成立は意外と新しいのではないか?またそれが当たり前ではないのではないか?という疑問を抱かせてくれる。
読了日:08月19日 著者:
坂野 徹歴史学者という病 (講談社現代新書)の
感想特に若手・中堅の研究者からの批判が多い本郷氏の自伝。氏なりの問題意識がうかがえて面白い。実証主義に対する考え方など、納得できる点も多い。碇ゲンドウ風のオビから受ける印象よりはまともな内容。何かと物議を醸しがちな唯物史観であるが、一部の若手・中堅の研究者のムキになったような揶揄や批判は、彼らにそれを乗り越えるような枠組みを生み出す力がないことによる焦りから生み出されたものではないか。本書から何となくそう感じた。
読了日:08月21日 著者:
本郷 和人新説始皇帝学の
感想『キングダム』に便乗した単なる解説本と見せかけて中身は本格的。竹簡などの、ここ1年ぐらいで発見・公表されたものも含む新出資料や最新の研究成果に基づいた解説となっている。史料の引用や図版も豊富。「図説」「図解」と題した方が良かったかも。
読了日:08月23日 著者:
鶴間和幸韓国併合-大韓帝国の成立から崩壊まで (中公新書 2712)の
感想内容は実質的に「物語大韓帝国の歴史」。サブタイトルの「大韓帝国の成立から崩壊まで」が本来のタイトルとしてはよりふさわしい(一応韓国併合に関する論争も終章でまとめられてはいるが…)。一般に「優柔不断」とされる高宗についてやや異なった評価を与えている。三次にわたる日韓協約及び韓国併合条約にについて、当時の朝鮮人の多くは日本の支配に合意せず、歓迎しなかった一方で、日本側は無理やりにでも韓国統治に対する「合意」や「正当性」を得ようとしたという著者のコメントが印象的。
読了日:08月26日 著者:
森 万佑子だれが歴史を書いてるの?: 歴史をめぐる15の疑問の
感想史料の種類にはどんなものがあるのか?どんな出来事も歴史になるのか?といった定番の話題からジェンダーと歴史の問題まで、小中学生向けの歴史学入門初歩の初歩。あるいは従来の歴史学入門を読んでもどうもピンとこないという人にもお薦め。身近な話題も交えてイラストや漫画を添えてわかりやすく説明されている。
読了日:08月27日 著者:
ピエルドメニコ・バッカラリオ,フェデリーコ・タッディア悪党たちの中華帝国 (新潮選書)の
感想実の所「悪党」を軸にするには無理のある内容。このテーマで書くなら、もっと取り上げるのにふさわしい人物があるように思う。これに対して同じ時代の二人一組の評伝を基本とする構成はそれなりにうまくいっている。評伝といっても本題に入る前の解説が長いので、結果的に(あるいは意図的に?)隋唐から民国初期までの中国通史のようにもなっている。明代の部分は同じ著者の『明代とは何か』のダイジェストのようになっている。
読了日:08月31日 著者:
岡本 隆司