西洋書物史への扉 (岩波新書 新赤版 1963)の
感想西洋文献学の通史的な本なのかと思ったら、通史的な要素もあるが、「西洋の書物あれこれ」といった雑駁な内容。写本と見分けがつかない印刷本、不穏当な部分を削ったことで広く読まれたシェイクスピアやアーサー王物語、中世の大学生と写本、音読と黙読、写本の偽作者、書籍の電子化などなど、短いページ数の中で興味深い話題が詰め込まれている。
読了日:03月07日 著者:
髙宮 利行
棠陰比事 (岩波文庫 赤 34-1)の
感想正史などから歴代の名裁きを拾い出した書。唐宋のものが多いのかと思いきや前漢など意外に古い事例も拾っている。第41話など、法の精神、法の趣旨にまで立ち戻った裁きが多いのが印象的。今の日本のSNSで、とにかく法と合致していればいいのだというダメな意味での「法治」をよしとする風潮が蔓延っている現状を鑑みると、今こそ読まれるべき書だろう。
読了日:03月09日 著者:
鬼と日本人の歴史 (ちくまプリマー新書 422)の
感想古代から近代までの「鬼」観念の展開。中国から渡来した「鬼」観念は死者の霊などを指す元々の意味から次第に離れ、時代により外国人、形態異常で生まれてきた人、女性などが鬼とみなされ、あるいは鬼になると考えられるようになった。そして時代が進むにつれ鬼を実在するものとは思わなくなっていく。「鬼」観念を見ていくことで時代ごとの日本人の偏見があぶり出されることになる。アジア太平洋戦争時に英米を「鬼畜」とみなした文章や風刺画を見ると、逆説的に当時の日本人が侵略地でどう見られていたかが窺えるのが皮肉なことである。
読了日:03月11日 著者:
小山 聡子
決定版 第二の性I 事実と神話 (河出文庫)の
感想この巻では生物学、心理学、哲学、文化人類学、歴史学、神話、文学評論等々多方面から、「女という神話」を解体する。アメリカにおける黒人差別と女性差別との交差の問題についても言及されている箇所もある。後半の文学評論については、取り上げられている作品が今の日本の読者の多くにとっては馴染みがないものが多く、正直あまり取っつきがよくないので、日本の古典・現代文学、漫画やアニメの評論を補足したらいいかもしれない。巻末のあとがきは、日本語訳の問題や日本での読まれ方がまとめられていて参考になる。
読了日:03月15日 著者:
シモーヌ・ド・ボーヴォワール
完訳 華陽国志の
感想三星堆絡みの神話と三国蜀の人物の印象が強い書だが、こうして通読してみると、秦の李冰に関する記事があったり、公孫述政権に関係する人物が意外に多く紹介されていたり、成漢の李氏政権の話で結構紙幅を割いていたりと、それ以外の時期の話が気になってくる。民話と歴史が融合したような、前漢の頃の竹王の話も面白い。難点を挙げると、翻訳者序文とは別に巻末に本書のもう少し詳しい解説・解題があればなおよかった。
読了日:03月19日 著者:
常璩
唐―東ユーラシアの大帝国 (中公新書, 2742)の
感想東アジアではなく東ユーラシアという地域的な括りから、ソグド、ウイグル、突厥、チベットなど非漢人勢力の視点も交えてたどる唐王朝史。「拓跋国家」論の問題点、玄武門の変でソグド人の果たした役割、ソグド、突厥など非漢人勢力の独立運動としての安史の乱など、従来の中国王朝史の枠組みでは捉えきれなかった唐王朝の姿を活写している。玄宗以降の後半期の唐王朝についてもかなり紙幅を割いている。国際的な大帝国として君臨した前半期の唐から、後半期に中国型王朝へと転換していく様子もよく描けている。
読了日:03月23日 著者:
森部 豊
軍と兵士のローマ帝国 (岩波新書, 新赤版 1967)の
感想官僚制の未発達もあって元来は市民生活とも密着したアマチュアの軍隊であったのが、アウグストゥス以降兵士と市民との分離のために常備軍化が進められ、それとともに職業軍人化が進んでいく。そして軍が帝位をも左右するようになる。ウァレリアヌス帝以降は機動軍と辺境防衛軍による軍制となり、末期には機動軍が同盟部族軍に取って代わられていくといった軍隊の変遷をまとめている。「ローマの平和」の時期ですら軍隊は皇帝の軍であり、平和維持ではなく征服を目的としていたという点は、現代世界の軍隊を見るうえでも大いに参考になるだろう。
読了日:03月25日 著者:
井上 文則
楊花の歌の
感想同性愛を絡めたサスペンスアクションかと思いきや全然違った。読後感が非常によい。同性愛の要素はどぎついものではなく、物語の中に自然に溶け込んでいる。植民地主義の内省についても『この世界の片隅に』の映画版などよりは読者に明確に意識させるものとなっている。近代史物としては『地図と拳』と同じジャンルに属するだろうが、そちらとは違う良さがあるし、優れている部分もあるように思う。
読了日:03月26日 著者:
青波 杏
日本の西洋史学 先駆者たちの肖像 (講談社学術文庫)の
感想リースの着任から終戦までの日本の西洋史学の歩みをたどる。戦争との関わりやマルクス主義の受容など注目すべき論点が盛り込まれているが、この手の本はやはり研究者同士のゴシップに目が行ってしまう。羽仁五郎が留学先で一緒になった糸井靖之から「お前は帰国したら日本史をやれ。天皇制を批判的にやれば就職できないが、君は就職できなくても食える」と言われたという話は面白い。また西洋史家にとってはマルクスよりもウェーバーに強く惹かれたのではないかと言うが、それは中国史家も同様だったのではないかと思う。
読了日:03月29日 著者:
土肥 恒之
始皇帝の愛読書: 帝王を支えた書物の変遷の
感想実際に読んだとされている『韓非子』の諸篇や、始皇帝のために書かれたとも言われる『呂氏春秋』など以外に、臣下の上奏文、臣下が編纂した『蒼頡篇』、当時の人が読んでいた睡虎地秦簡『為吏之道』、はたまた事前に文章をチェックしたはずの刻石の文章、晩年に読んだのではないかと著者が言う『老子』など、幅広い書が挙げられている。その他焚書坑儒など関連の話題に対する考察も盛り込まれている。いささか主旨から外れているのではないかと思う部分もあるが、紙幅の割には充実した内容となっている。
読了日:03月30日 著者:
鶴間 和幸