山野颯想

山野走、山野歩、山野逍遥など、山野にかかわる事柄を中心に記載しています。

腰痛(一色即発の状態)

2014年03月09日 | 健康・病気

P1260177

◆撮影:2014年1月26日、ポンポン山行にて

(神峯山寺)

201439日(日)

『腰痛』

<一色即発の状態>

126日、ポンポン山に行ったときに一時的ではあったが腰痛に陥った。バス亭椅子に坐り暫くの間、安静にしていると痛みは漸次去ってくれて大事には至らなかったのだが、数日前の朝のこと、起床時ベッドより立ち上がったときにも腰痛に陥った。このときも、その後慎重に身体を動かした結果、大事に至らなかったのだが、僕の腰は常に一色即発の状態にあるように思えて仕方が無い。まだ身体を殆ど使わない、動かさないという生活が続いているゆえ大事に至らないのだろうと思うが、今後、以前のように、街中や山中を走ったりすれば、我が身体は如何なる状況に陥るのだろうか。

ポンポン山周辺の山中を5時間余り歩いただけで、それも、背中のザック中には殆ど重量物が無いという状況下で明確な腰痛の症状が現れたという現実に僕は愕然とした。[神峰山口バス亭]に、バスがやって来る時刻までに余り時間が無いというところで、最後の300m程を懸命に走ったのだが、その急激な運動が腰痛をもたらしたのだろうか。

さて、今の僕の脚腰で以前のように走ることは可能なのだろうかと不安感を懐いてしまう。昨年914日の滑落事故による後遺症は、僕自身が考えていた以上に大きいのかも知れない。左手指の痛みが取れないのも大きな不安材料の一つである。その内に痛みは消滅するのだろうと安易に考えていたのだが、それは間違いであったのかも知れない。

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神様の示唆(左手の痛みが取れない)

2014年03月01日 | 健康・病気

P1260178

◆写真撮影:2014年1月26日、高槻ポンポン山にて

201431日(土)

『神様の示唆』

左手の痛みが取れない

滑落事故から5ヶ月経過したにもかかわらず、「左手指の痛みが取れない」という現実がある。昨秋、某病院の整形外科と神経内科で診てもらったのだが、何れも一回の診察で終わってしまう。整形外科でレントゲンを撮ってもらったが、なんら異常が見つかることもなく、病名もなければ投薬や治療さえも無かった。

毎朝目覚めるとき、左手指(小指・薬指・中指)が素直に動いてくれない。固まったような状態になってしまっていて、指を曲げようとすると痛みがある。また、パソコンキーボードを触るときや、指を使う作業などをするときに時折腓返りが生じたり、また、何かを掴もうとするときに左手をしっかりと握ることが出来ないのだ。先日、段ボール箱の整理を行なう機会があったのだが、紐をしっかりと握り括ることに難があった。ザイルを扱うのはちょっと無理というくらいの痛みが生じてしまったのだ。「山登りが出来ないように」「岩登りが出来ないように」と、神様が僕の左手に痛みを残したように思えて仕方が無い。

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センノサイド錠12mg(便秘に効力あり)

2014年02月15日 | 健康・病気

P1260184

◆撮影:2014年1月26日、ポンポン山にて

2014211日(火)

『センノサイド錠12mg

<便秘に効力あり>

昨秋処方された「センノサイド錠12mg」の何錠かが現在机上に眠っている。昨年の12月に、28日、29日と連日呑んで以降、まったく呑んでいない。「便秘で苦しむことなくお正月を快適に過ごしたい」と思考して呑んだのだが、その効果は、29日、30日と連続で明確に存在したと記憶する。そのとき、処方された「センノサイド錠12mg」の効力に感激もし感謝もした。しかし、下剤の副作用について不安感を抱き、その後何度も「呑みたい」という衝動に駆られたが、それ以降下剤を呑むことなく今日に至った。

ここ一ヶ月余り僕が心掛けたこと、それは、「朝目覚めのときに一杯の水を飲む」「朝食のとき、コップ一杯の牛乳を飲む」「食事時以外の水分補給を多くする」「毎食後、必ずトイレに這入る」「トイレではウォッシュレットを使用する」くらいだろうか。これらを心掛けた結果、少しずつではあるが、改善してきたように思うのだが、まだ嘗てのような快食快便というわけではない。その理由として、某ホームページに記載されていた「ストレスが便秘に関係する」が、僕の場合にも当たっているのではないだろうか。また運動不足も便秘の大きな原因だろう。

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レチコラン錠500μg&ATP腸溶錠20mg

2014年01月18日 | 健康・病気

Photo

◆写真撮影:2013年1月1日、白旗池にて

2014117日(金)

『左顔神経麻痺』

<レチコラン錠500μg&ATP腸溶錠20mg

一昨日、左顔の神経麻痺改善の為の二種類の薬剤が無くなった。それらは、三ヶ月余り呑み続けた「レチコラン錠500μg」と「ATP腸溶錠20mg日医工」なのだが、これらの薬剤は、僕の神経麻痺改善にかなり効果を発揮してくれたのは間違いがないだろう。先日、僕の話すのを聞いたH子ちゃんが「滑舌がよくなった」と言ってくれたのだが、僕自身も昨年までと比して、かなり良くなったと認識している。

これからは、医師の仰るがごとく僕自身による頬や顎、そして左目の上や横のマッサージを今までと同様継続しなければならない。元の状態に完全に戻ることはあり得ないのだろうが、滑落事故を起こしたのは僕自身の責任ゆえ、それは仕方が無いことである。左右どちらかの手が動かせる状態にあるときは、必ず頬を触っているようにしなければならない。触れば触るほど更に滑らかに話せ、咀嚼も上達するのだろう。

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病院を卒業する(西洋医学の限界)

2014年01月11日 | 健康・病気

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◆写真撮影:2013年1月1日、交野山にて

(元旦)

201419日(木)

『西洋医学の限界』

<病院を卒業する>

KM病院、耳鼻科を今日卒業した。IT医師に会えないと考えたとき、変な話だが何だか淋しさを覚えた。

左顔面神経麻痺はまだ完全に治癒したわけではないが、僕の語りや口の動き方、そして表情を看て、「もう薬は不要でしょう」「後はマッサージで」と医師は言った。その言葉に僕自身も納得であった。西洋医学ではこの状態まで改善したなら「治癒した」と考えるのだろうと思ったのだが、また今まで処方して戴いた「レチコラン錠500μg」や「ATP腸溶錠20mg日医工」を、呑み続けてもこれ以上によくなることもないのだろうとも考えた。また、薬による副作用もあるのだろうから、呑み続けることも我が身体にとっても好ましく無いのだろうとも考えた。

帰宅して上さんに病院での様子を話したら、「次は鍼灸やカイロやね」と言った。それは十数年前に上さん自身が経験した、「西洋医学による治療には限界がある」という現実を心底に刻んでいるからだろう。上さんは十数年前、数ヶ月間両眼とも見えない時期があった。しかし看てもらった二ヶ所の病院とも、治療行為もなく薬さえ処方されることは無かったと記憶している。その後、鍼灸院やカイロプラクティックに通い、奇跡的に極めて僅かではあるが視力が戻り、現在はカイロプラクティックに通い続けている。

ところで、左顔の神経麻痺は昨年と比してかなり改善したのは間違いの事実だ。914日の滑落事故以降、僕は汁物や飲料を飲むときにはストローを必要としたが、今はストローを使用することは無い。ただ、咀嚼が上手く出来ているかといえばけっしてそうではないし、左眼から出るヤニや涙が止まらないという現実もある。また、左手指はまったく治癒していない。中指と薬指、そして小指の痛みは以前と同じだ。ちょっとした重量物を左手指で握って持つことが難しい。整形外科や神経内科で診てもらったが、診察はそれぞれ一日で終了してしまい治療してもらうことは無かった。

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トランス脂肪酸(動脈硬化などとの関連指摘)

2013年12月28日 | 健康・病気

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◆写真撮影:2013年12月23日、くろんど園地にて

(すいれん池、管理棟)

20131228日(土)

『トランス脂肪酸』

<動脈硬化などとの関連指摘>

11月初旬に「トランス脂肪酸」にかかわるニュースがありました。報道が「トランス脂肪酸」について語るのは何年振りでしょうか。Webには「アメリカ合衆国、全面禁止へ」「動脈硬化などとの関連指摘、年2万人の心臓発作を減らす」などと記されていました。僕が「トランス脂肪酸」という物質の存在を知ったのは、もう10年ほど昔のことのように思うのですが、久し振りに「トランス脂肪酸」にかかわる記事を見ることとなりました。

「トランス脂肪酸」という物質の存在を初めて知った当時、僕は余り関心が無かったように思うのですが、何が切っ掛けであったのかは記憶にないのですが、数年前より食品の成分表示のところに、マーガリンやショートニング、ファストブレッドなどと記載されているものを購入することを控えるようになり、我が家ではマーガリンではなくバターを使用するようになりました。しかし、殆どのパンにはマーガリンが使用されていますし、ビスケット類にもショートニングなどが含まれるものが多いですから、「トランス脂肪酸」を完全に排除することは困難ですし、そもそも僕にはそんな心算もありません。ただ、それらが含まれている食品を摂取する機会を減らせれば、と思考しただけでありました。

先日の記事中に、『科学的にリスクを検討する「食品安全委員会」がこの3月、リスク評価書をまとめました。その結果、大多数の日本人にとってトランス脂肪酸のリスクは大きくなく、科学を無視したトランス脂肪酸批判が思わぬ弊害、別の健康リスクの増大すら招きかねないことがわかってきたのです』というのがありました。トランス脂肪酸を減らそうとメーカーが原料を変えたり製法を変更したりすると、飽和脂肪酸の含有量が増えるという「トレードオフ」が起きるのではないか、という懸念が指摘されているそうです。トランス脂肪酸摂取を減らそうとすると飽和脂肪酸の摂取急増が起きてしまうというのであります。なかなか難しいものです。

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治癒しない滑落事故後遺症(左手指の痛み)

2013年12月21日 | 健康・病気

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◆写真撮影:2010年1月1日、交野市にて

(機物神社)

20131221日(土) 

『左手指の痛み』

<治癒しない滑落事故後遺症>

滑落事故より三ヶ月も経つもかかわらず、滑落事故で痛めた左手指や左腕手首に時折腓返りが生じる。それはキーボードを叩くときや何かを掴んでいるときなどに生じる。また腓返りだけでなく、何かを提げるときやペットボトルの蓋などを閉めようとする時に左手指に痛みが生じるし、握り拳を作ろうとしても、痛みがあってしっかりと手を握ることができない。

ところが不思議なことなのだが、痛む指は中指と薬指、そして小指のみで、人差し指や親指が痛むことはない。10月下旬ごろに、某病院の整形外科と神経内科で診てもらったが原因は見付からなかった。その原因は指そのものにあるのではなく他所に存在し、他所の神経と指の神経が繋がっていて指に痛みが生じるのだろか。

後頭部脳内出血や耳奥中の骨折はもう治癒したはずだし、鼓膜内に溜まっていた血液も流れ始めているという診断を聴いてから久しい。しかし、依然として残っている左顔の神経麻痺が左手に何らかの影響を及ぼしているのだろうか。

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腰痛(身体を冷やすことに恐怖心)

2013年12月15日 | 健康・病気

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◆写真撮影:2012年2月11日、伯耆大山

(五合目にて)

20131215日(日)

『腰痛』

<身体を冷やすことに恐怖心>

部屋中に居る間も日中であっても上半身には四~五枚重ね着をしているし、襟巻きもし、頭部にニット帽を被っている。下半身にはパッチも穿いているし、靴下の上にもう一枚テントシューヅ的なものを穿くという、まるで冬期の山中にいるときのような装束で、もうこれ以上着ることができないという恰好をしている。夜眠るときには電気炬燵が放せないし、先日より裏側が起毛してあるズボンを穿き、上半身には首から忍び込む寒気を防ぐためにジャージを二枚重ねて着始め、羽毛布団や毛布など三枚の掛け布団と、やはり毛布の敷布団に挟まれて眠っている。ただ、我が部屋で机に向かうとき、僕は暖房器具を使用していないという事実もあるのだが。

年齢を経るに従い僕は益々寒がりになったのは間違いがない。20年ほど前ならまだこんなことはなかった、正月に穂高稜線でツエルトで一人眠っていたではないか。また、一年前の冬季早朝に、「ほしだ園地」や「くろんど園地」の森中を走っていたではないかとも考えるが、今の僕にはそのような気力は皆無だし、ここ数年何度か、身体を冷やすことにより酷い腰痛に陥ったという事実があって、身体を冷やすことに恐怖心が存在する。例えば、昨年2月中旬の「伯耆大山」山行時の天幕生活の後に陥った酷い腰痛は忘れることができない。

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滑落事故後、食生活に変化(「ご飯と味噌汁」から「パンと牛乳」へ)

2013年12月11日 | 健康・病気

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◆写真撮影:2007年1月1日

20131210日(火) 

『滑落事故後、食生活に変化』

<「ご飯と味噌汁」から「パンと牛乳」へ>

僕の食生活に変化が生じた。それは朝食であって、「ご飯と味噌汁」から「パンと牛乳」へと変化した。それには理由がある。滑落事故から生じた左顔の神経麻痺症状により、食べ物が口中に上手く納まらない、上手く咀嚼できないということが生じている。中でも、具が入った汁物や熱いものが殊に食べ難いというところに原因があった。9月末ごろに三重県立総合医療センターを退院し、半月ぶりに自宅に戻って以降、朝食はずっと「食パン」だ。耳の固いところは牛乳に浸して口に入れると、上手く咀嚼出来ない僕の口中であっても至極食べ易い。

ところで我が家では従前、日曜日以外の日々の朝食は「ご飯と味噌汁」が主体であった。それは我が家で50年以上も続いている朝食だ。僕が子供のころ、毎朝食が「ご飯と味噌汁」であったのを、何が切っ掛けであったのかは覚えていないのだが、もしかすれば当時パン食に憧れたのかもしれない。「日曜日の朝食のみパンにしよう」という提案が兄弟の誰からかあったのだと思う。それ以降我が家では、日曜日の朝食のみが「パン食」になった。僕が所帯を持ってからも我が家では日曜日の朝食はパン食が続いたが、それ以外の朝食はやはり従来通り「ご飯と味噌汁」であった。

現地の病院を退院して帰宅した9月末以降、毎朝食が「ご飯と味噌汁」から「パンと牛乳」へと変化したのだが、これが僕の身体に何かの影響を与えているのだろうか。

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左顔神経麻痺症状(滑落事故後遺症)

2013年11月15日 | 健康・病気

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◆写真撮影:2006年11月12日、くろんど園地にて

(すいれん池)

20131115日(金)

『左顔神経麻痺症状』

<マッサージを行なってください>

上さん言わせると「だいぶんマシになったよ」ということなのだが、僕的には一向に改善したという実感がない。それは滑落事故で生じた左顔神経麻痺の話だ。

左顔神経麻痺症状には、「咀嚼が上手くできない」「飲料が上手く飲めない」「左眼だけを閉じることができない」などがあるのだが、この改善を目的に、耳鼻科の先生がおっしゃった如くまめに左顔面のマッサージを行ない、処方して戴いた薬を呑んでいる。

処方して戴いている薬は、『レチコラン錠500?g』と『ATP腸溶錠20mg「日医工」』の2種で、『レチコラン錠500?g』には、「ビタミンB12です。抹消神経の働きを助けて、手足の痺れ、痛み、麻痺などの症状を改善します。」『レチコラン錠500?g』には、「体の臓器や筋肉のエネルギーになるお薬です。」との働きが説明書に記載されている。今僕が処方されている薬はお蔭でこれら二種類のみとなった。

昨日、二週間振りに病院へ行ったのだが、診察は僅か数分間で終了した。「マッサージを行なってください」という医師の言葉があったのみで、昨日は三週間分の同じ薬が処方された。

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