青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

いつまでも 若手と呼べぬ 歳だけど

2020年04月18日 15時00分00秒 | 秩父鉄道

(秩父の青空@野上~樋口間)

秩父の電機の中でも最若番となるデキ507が、冬の青空の下、野上のストレートを行く。最若番と言えども1980年(昭和55年)製造で、車齢で言ったらもう40歳にもなるんですね。最若手で40歳ってのがなんだか田舎の商工会青年部っぽいのでありますが、ようは秩父ではこれ以降新しい機関車が作られていない訳で、今後新造機関車の投入とかってあるんですかね?という若干の疑問が。同じ1980年生まれの鉄道車両と言えば、現在同僚として走っている東急の8590系が同い年に当たりますが、そう考えると8590って見た目若いなあ・・・(笑)。東急車輌のステンレスはなかなか歳を取りませんな。

武州原谷で鉱石を積み込んで、デキ507が三ヶ尻行きの7206レで戻って来ました。ゆっくりと樋口の副本線に進入するデキ507、通風孔が残照に輝きます。そう言えば、扇町~三ヶ尻の石炭輸送が廃止された余波で、熊谷貨物ターミナル~三ヶ尻間の廃止(2020年9月30日付)が先日プレスリリースされていましたね。石炭輸送以外にも、東武鉄道や日比谷線の車両の新造に伴う甲種輸送のルートでもあったんですが、ひとまず日比谷線の車両置き換え(03系→13000系)に伴う甲種が完了したことでの区切りとなったようです。

プレスリリースには、三ヶ尻線の廃止理由として「同区間は今後これら(石炭輸送)に代わる貨物輸送が見込めず、また、経年による設備の老朽化等による設備更新費用として多額の支出が見込まれます。以上により、事業(路線)の採算性から総合的に判断し、廃止を決定いたしました。」とあります。かつては寄居や熊谷から全国に向かってセメントを中心とした関連製品が出荷され、京浜工業地帯からは国鉄経由で貨車を連ねてセメント工場で使われる燃料や資材が搬入されていたのですが、もう出荷するものもないし、受け入れるものもないよ、という事でしょうか。

コメント
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