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【蓬生(よもぎう)】の巻 その(2)
何とか残っています女房達が、「受領どもで、風流な建物を好む者が、お屋敷をお手放し下さらぬかと、つてを求めて申し入れて参りますので、ここからお移りなさることをお考え下さいまし、とても辛抱しかねます」と申し上げますが、末摘花は
「あないみじや。人の聞き思はむこともあり。生ける世に、しか名残なきわざはいかがせむ。かく恐ろしげに荒れ果てぬれど、親の御影とまりたる心地するふるき住処と思ふに、なぐさみてこそあれ、とうち泣きつつ、思しもかけず」
――なんとひどいことを。世間の外聞や思惑もあります。私が生きている限り、そんな昔を忘れるようなことがどうしてできましょう。このように恐ろしいまでに荒れ果ててはいても、父宮の面影の残っている心地のする昔ながらの住処とおもえばこそ、心が落ち着いていられますのに、とお泣きになりながらも、家を売るなど問題にされません――
お道具なども、古風ながら持ち慣れたもので昔風できちんとしておりますのを、半可通の骨董いじりが、それを欲しがって申し入れてきます。貧しい暮らしを侮ってのことでありました。女房達は、「これも仕方がないではありませんか、暮らしに困っては伝来の家宝を手放すのも世の常のことですから」と目の前の差し迫った暮らしを凌ごうとするときにも、
「見よと思ひてこそ、しおかせ給ひけめ。などてか軽々しき人の家の飾りとはなさむ。亡き人の御本意違はむがあはれなること」
――父上が私に使うようにとお思いになって、作らせてお置きになった品でしょうに、どうして軽い身分の人の家の飾りになどできましょう。亡き御方のお心に背くのは、相済まぬことです――
と、おっしゃって、一切お許しにならないのでした。ほんのちょっとしたついでにも訪れる人のいないお身の上です。ただ、御兄の禅師の君だけが、京に出て来られた時だけ、覗かれる程度で、このお屋敷を何とか繕うほどの財などございません。
◆写真 蓬(よもぎ)
ではまた。
【蓬生(よもぎう)】の巻 その(2)
何とか残っています女房達が、「受領どもで、風流な建物を好む者が、お屋敷をお手放し下さらぬかと、つてを求めて申し入れて参りますので、ここからお移りなさることをお考え下さいまし、とても辛抱しかねます」と申し上げますが、末摘花は
「あないみじや。人の聞き思はむこともあり。生ける世に、しか名残なきわざはいかがせむ。かく恐ろしげに荒れ果てぬれど、親の御影とまりたる心地するふるき住処と思ふに、なぐさみてこそあれ、とうち泣きつつ、思しもかけず」
――なんとひどいことを。世間の外聞や思惑もあります。私が生きている限り、そんな昔を忘れるようなことがどうしてできましょう。このように恐ろしいまでに荒れ果ててはいても、父宮の面影の残っている心地のする昔ながらの住処とおもえばこそ、心が落ち着いていられますのに、とお泣きになりながらも、家を売るなど問題にされません――
お道具なども、古風ながら持ち慣れたもので昔風できちんとしておりますのを、半可通の骨董いじりが、それを欲しがって申し入れてきます。貧しい暮らしを侮ってのことでありました。女房達は、「これも仕方がないではありませんか、暮らしに困っては伝来の家宝を手放すのも世の常のことですから」と目の前の差し迫った暮らしを凌ごうとするときにも、
「見よと思ひてこそ、しおかせ給ひけめ。などてか軽々しき人の家の飾りとはなさむ。亡き人の御本意違はむがあはれなること」
――父上が私に使うようにとお思いになって、作らせてお置きになった品でしょうに、どうして軽い身分の人の家の飾りになどできましょう。亡き御方のお心に背くのは、相済まぬことです――
と、おっしゃって、一切お許しにならないのでした。ほんのちょっとしたついでにも訪れる人のいないお身の上です。ただ、御兄の禅師の君だけが、京に出て来られた時だけ、覗かれる程度で、このお屋敷を何とか繕うほどの財などございません。
◆写真 蓬(よもぎ)
ではまた。