永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(135)

2008年08月13日 | Weblog
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【蓬生(よもぎう)】の巻  その(10)

 源氏は、来し方のさまざまなことに思いをめぐらしながら、車に乗って進んでいきます。やがて見る影もなく荒れ果てた家の、木立がうっそうとした、まるで森のような所をお通りになります。大きな松の枝に藤の花が月の光に揺れていて、辺り一面良い香りが漂っております。
 
 はて、ここは見覚えのあるところと、ご覧になりますと、その筈、あの常陸の宮邸のようです。車を止めさせて、源氏は惟光に、

「ここにありし人は、まだやながむらむ、……よくたづねよりてを、うち出でよ。人違へしてはをこならむ、と宣ふ」
――ここに住んでいた姫君は、今も寂しく過ごしているのだろうか。……よく様子を尋ねてから、こちらのことも言い出すがよい。人違いなどしたら物笑いだからね、とお言いつけになります――

 お屋敷の末摘花は、物思いに沈みがちで暮らしておいでで、昼間のうたた寝に亡き父君の夢をご覧になって、覚めても名残惜しく悲しく涙をぬぐって、ついでに雨漏りのあちこちを取り繕っては、常になく並の女らしくお振る舞いになっておられます。

 惟光が中に入って、あちこち巡ってみますが、人の気配もしませんので、引き返えそうとして、ふと見ますと、格子を二間ばかり上げて、簾の動く気配がします。近くに行って案内を請いますと、

「いともの古りたる声にて、先づ咳を先にたてて、かれは誰そ。何人ぞ。といふ」
――ひどく年寄った声で、まず、咳(しわぶき)をしながら、そこにいるのはどなた、どういうお人か、と言います。――

惟光は名を告げて、侍従の君といわれた方にお目にかかりたくて…と言いますと、

「それは外になむものし給ふ。されど思しわくまじき女なむ侍る、といふ声、いとねび過ぎたれど、聞きし老人と聞き知りたり」
――その方は、余所に行かれました。でも侍従と同じにお考えいただいてよいお方
がおります、という声は、たいそう年寄りじみていますが、確かに聞き覚えのある老女房の声でした――

 思いも寄らぬ狩衣姿の男が忍びやかに現れて、物腰もやわらかで、このような客人を久しく見なかった女房たちの目には、もしや狐の変化ではあるまいかと思われたのでした。

◆写真:狩衣姿

ではまた。


源氏物語を読んできて(住い・寝殿造り)

2008年08月13日 | Weblog
寝殿造り
 
 平安時代の貴族住宅の形式。中央に南面して寝殿を建て、その左右背後に対屋を設け、寝殿と対屋は廊(渡殿)で連絡し、寝殿の南庭を隔てて池を作り中島を築き、池に臨んで釣殿を設ける。
 
 邸の四方に築垣を設け、東西に門を開く。
 南庭と門との間に中門を設けて出入の用に供する。
 寝殿・対屋は周囲に蔀戸を釣り、妻戸を設け、室内は板敷とし、簾・壁代・几帳・帳台などを用いた。

◆寝殿造り(イラスト)
 末摘花のお屋敷も、故親王・常陸の宮のお住いであったので、築地に囲まれた寝殿造りのこのような広さを持っていたと思われる。