8/26
【関屋(せきや)】の巻 その(2)
時は九月末の頃合いでしたので、紅葉の色も濃く薄くが混じり合い、霜枯れの草のむらむらと見え渡るところに、関屋からさっと現れた源氏のご一行の旅姿は、
「いろいろの襖(あを)のつきづきしき縫物、括り染めのさまも、さるかたにをかしう見ゆ」
――色さまざまの狩襖(かりあを=表は布で、裏は絹の狩衣)に、調和良くほどこした刺繍や、絞り染めの様子も、旅支度が趣深く眺められます――
源氏は御簾の中から、常陸の介一行の中に、昔の小君で今は右衛門の佐(えもんのすけ)を見つけられ、呼び寄せられて、
「きょうの御関迎へは、え思ひ捨て給はじ、など宣ふ。」
――今日こうして逢坂の関まで迎えにきた私の心を、あの人もおろそかには、おもわれますまい、と仰せになります――
源氏のほんの一通りの言づてですが、空蝉も昔を思い出して感慨深く、
「行くと来とせきとめがたき涙をや絶えぬ清水と人は見るらむ」
――行きも帰りも止めどもなく湧く私の涙を、こんこんと絶えぬこの関の清水とあなたはご覧になるでしょう――
これは、独り言なので、源氏は私の心の底などとてもご存知にはなるまいと思えば、まことにはかなく思われるのでした。
「石山より出でて給ふ御迎へに、右衛門の佐参れり……」
――源氏が石山寺からお帰りになる日のお迎えに、右衛門の佐が京から参上し、(先日は石山へお供も申さず、常陸の介と一緒に上洛してしまったお詫びなど申し上げます)――
この右衛門の佐という人は、空蝉の弟(小君)であった頃は、源氏からも目を掛けられて、傍近くで可愛がられ、五位に叙せられるまで、何かと源氏に引き立てられておりましたのに、思いがけぬあの源氏の騒ぎが起こった頃には、世の思惑を気にして、常陸の介と一緒に下ってしまっていたのでした。
ではまた。
【関屋(せきや)】の巻 その(2)
時は九月末の頃合いでしたので、紅葉の色も濃く薄くが混じり合い、霜枯れの草のむらむらと見え渡るところに、関屋からさっと現れた源氏のご一行の旅姿は、
「いろいろの襖(あを)のつきづきしき縫物、括り染めのさまも、さるかたにをかしう見ゆ」
――色さまざまの狩襖(かりあを=表は布で、裏は絹の狩衣)に、調和良くほどこした刺繍や、絞り染めの様子も、旅支度が趣深く眺められます――
源氏は御簾の中から、常陸の介一行の中に、昔の小君で今は右衛門の佐(えもんのすけ)を見つけられ、呼び寄せられて、
「きょうの御関迎へは、え思ひ捨て給はじ、など宣ふ。」
――今日こうして逢坂の関まで迎えにきた私の心を、あの人もおろそかには、おもわれますまい、と仰せになります――
源氏のほんの一通りの言づてですが、空蝉も昔を思い出して感慨深く、
「行くと来とせきとめがたき涙をや絶えぬ清水と人は見るらむ」
――行きも帰りも止めどもなく湧く私の涙を、こんこんと絶えぬこの関の清水とあなたはご覧になるでしょう――
これは、独り言なので、源氏は私の心の底などとてもご存知にはなるまいと思えば、まことにはかなく思われるのでした。
「石山より出でて給ふ御迎へに、右衛門の佐参れり……」
――源氏が石山寺からお帰りになる日のお迎えに、右衛門の佐が京から参上し、(先日は石山へお供も申さず、常陸の介と一緒に上洛してしまったお詫びなど申し上げます)――
この右衛門の佐という人は、空蝉の弟(小君)であった頃は、源氏からも目を掛けられて、傍近くで可愛がられ、五位に叙せられるまで、何かと源氏に引き立てられておりましたのに、思いがけぬあの源氏の騒ぎが起こった頃には、世の思惑を気にして、常陸の介と一緒に下ってしまっていたのでした。
ではまた。