8/28
【関屋(せきや】の巻 その(4)
空蝉は、
「……今はましていとはづかしう、よろずの事うひうひしき心地すれど、めづらしきにや、え忍ばれざりけむ」
――(昔でも辛く思っておりましたが)、まして今は、歳もとってはづかしく、何につけても気後れがしますが、久々にいただいたお文の珍しさに、やはりご返事をせずにはいられないようでした。
空蝉の返しのうた
「あふさかの関やいかなるせきなれば繁きなげきの中をわくらむ」
――逢坂の関とはいっても、わたしたちは再会しながら、どうして嘆きを重ねるのでしょう――
源氏は空蝉のあわれ深さも、情の剛さも、お心に残っている女君なので、時々お文を
渡されて、心を動かそうとなさるのでした。
こうしている間に、この常陸介は年老いて病気がちになり、行く末を案じて子ども達に、空蝉のことを、
「よろづの事、ただこの御心にのみ任せて、ありつる世にかはらで仕うまつれ」
――何事につけても、ただこの方のお心のままにして上げて、私が世にあった時と変わらずにお仕えするようにせよ――
こうして、常陸守は亡くなりました。当分の間は子供たちも父上の遺言に添うような情もみせていましたが、継母(空蝉は常陸介の後妻)なので、実際はつらい仕打ちがあるようでした。これも世の常のことながら、空蝉は嘆き暮らしております。
ただ、この河内守だけは、昔から継母の空蝉に好き心があって、
「あはれに宣ひおきし、かずならずとも、思し疎まで宣はせよ、など追従しよりて……」
――父上が懇ろに遺言されましたので、お役に立たぬ私でも、よそよそしくなさらずに、
何事もご用をお言いつけください、などと、機嫌をとるように近づいてきて、(道ならぬ心が見えますので、生きながらえての果ての果てに、このようなあるまじき情けないことを聞くものよ、と、人知れず心を決めて)――
「人にさなむ、とも知らせで、尼になりにけり。」
――誰にも知らさず、尼になってしまいました――
仕えていた女房たちは嘆き、河内介は、私をお嫌いになってのことであろうが、この先どうなさるおつもりか、などと言っておりました。
又世間では、つまらぬ貞女ぶりよ、と噂するものもあったとか。
◆写真 追分けのにぎわい
関屋の巻 おわり。
ではまた。
【関屋(せきや】の巻 その(4)
空蝉は、
「……今はましていとはづかしう、よろずの事うひうひしき心地すれど、めづらしきにや、え忍ばれざりけむ」
――(昔でも辛く思っておりましたが)、まして今は、歳もとってはづかしく、何につけても気後れがしますが、久々にいただいたお文の珍しさに、やはりご返事をせずにはいられないようでした。
空蝉の返しのうた
「あふさかの関やいかなるせきなれば繁きなげきの中をわくらむ」
――逢坂の関とはいっても、わたしたちは再会しながら、どうして嘆きを重ねるのでしょう――
源氏は空蝉のあわれ深さも、情の剛さも、お心に残っている女君なので、時々お文を
渡されて、心を動かそうとなさるのでした。
こうしている間に、この常陸介は年老いて病気がちになり、行く末を案じて子ども達に、空蝉のことを、
「よろづの事、ただこの御心にのみ任せて、ありつる世にかはらで仕うまつれ」
――何事につけても、ただこの方のお心のままにして上げて、私が世にあった時と変わらずにお仕えするようにせよ――
こうして、常陸守は亡くなりました。当分の間は子供たちも父上の遺言に添うような情もみせていましたが、継母(空蝉は常陸介の後妻)なので、実際はつらい仕打ちがあるようでした。これも世の常のことながら、空蝉は嘆き暮らしております。
ただ、この河内守だけは、昔から継母の空蝉に好き心があって、
「あはれに宣ひおきし、かずならずとも、思し疎まで宣はせよ、など追従しよりて……」
――父上が懇ろに遺言されましたので、お役に立たぬ私でも、よそよそしくなさらずに、
何事もご用をお言いつけください、などと、機嫌をとるように近づいてきて、(道ならぬ心が見えますので、生きながらえての果ての果てに、このようなあるまじき情けないことを聞くものよ、と、人知れず心を決めて)――
「人にさなむ、とも知らせで、尼になりにけり。」
――誰にも知らさず、尼になってしまいました――
仕えていた女房たちは嘆き、河内介は、私をお嫌いになってのことであろうが、この先どうなさるおつもりか、などと言っておりました。
又世間では、つまらぬ貞女ぶりよ、と噂するものもあったとか。
◆写真 追分けのにぎわい
関屋の巻 おわり。
ではまた。