2010.7/7 785回
四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(4)
八の宮の物思いは、短い春の夜も実に長く感じられたようでしたが、一方、合奏で気晴らしをなさった匂宮は、酒の酔いでたちまち明けてしまって、もう帰京かとお思いになってご不満でならないのでした。薫はこの好機を逃さず、何とかして八の宮邸に参上したいと思っておられますが、
「あまたの人目をよぎて、一人漕ぎ出で給はむ船わたりの程も軽やかにや、と思ひやすらひ給ふ程に、かれより御文あり」
――大勢の人目を避けて、自分一人船で漕ぎ渡るのも軽率ではないかと、思い悩んでおられますときに、八の宮の方からこちらへお手紙がありました――
八の宮の(歌)
「山風にかすみ吹きとく声はあれどへだてて見ゆるをちのしら波」
――山風につれて霞の間を分け来る笛の音は聞こえますが、白浪が隔てているのでしょうか、向こう岸の貴方様はお便りもくださいませんね――
と、万葉仮名の草体で上品に書かれております。匂宮も、あの八の宮からの御文だとご覧になって、お心は穏やかならずも喜ばしく、
「この御返りはわれせむ」
――この御返事は私からさしあげますよ――
と、(歌)
「をちことのみぎはに波はへだつともなほ吹きかよへ宇治の河風」
――宇治川の両岸に波が妨げましても、どうぞ親しくお付き合いください――
匂宮はご身分柄ここに留まられ、薫が八の宮邸に参上なさいます。管弦に気を取られている公達をお誘いになって、船楽を奏でて舞を舞わせながら、宇治川を棹さしてお渡りになります。
◆写真:再び宇治川
では、7/9に。
四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(4)
八の宮の物思いは、短い春の夜も実に長く感じられたようでしたが、一方、合奏で気晴らしをなさった匂宮は、酒の酔いでたちまち明けてしまって、もう帰京かとお思いになってご不満でならないのでした。薫はこの好機を逃さず、何とかして八の宮邸に参上したいと思っておられますが、
「あまたの人目をよぎて、一人漕ぎ出で給はむ船わたりの程も軽やかにや、と思ひやすらひ給ふ程に、かれより御文あり」
――大勢の人目を避けて、自分一人船で漕ぎ渡るのも軽率ではないかと、思い悩んでおられますときに、八の宮の方からこちらへお手紙がありました――
八の宮の(歌)
「山風にかすみ吹きとく声はあれどへだてて見ゆるをちのしら波」
――山風につれて霞の間を分け来る笛の音は聞こえますが、白浪が隔てているのでしょうか、向こう岸の貴方様はお便りもくださいませんね――
と、万葉仮名の草体で上品に書かれております。匂宮も、あの八の宮からの御文だとご覧になって、お心は穏やかならずも喜ばしく、
「この御返りはわれせむ」
――この御返事は私からさしあげますよ――
と、(歌)
「をちことのみぎはに波はへだつともなほ吹きかよへ宇治の河風」
――宇治川の両岸に波が妨げましても、どうぞ親しくお付き合いください――
匂宮はご身分柄ここに留まられ、薫が八の宮邸に参上なさいます。管弦に気を取られている公達をお誘いになって、船楽を奏でて舞を舞わせながら、宇治川を棹さしてお渡りになります。
◆写真:再び宇治川
では、7/9に。