2010.7/13 788回
四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(7)
匂宮から度々御文を頂いて八の宮は、姫君たちに、
「なほ聞き給へ。わざと懸想だちてももてなさじ。なかなか心ときめきにもなりぬべし。いと好き給へる親王なれば、かかる人なむ、と聞き給ふが、なほもあらぬすさびなめり」
――まあお返事は差し上げなさい。さらりと、殊更恋文を頂いたかのような態度を取ってはいけません。お返事を差し上げないのも思わせぶりで、かえってあちらの物思いの種ともなりましょうから。兵部卿の宮(匂宮)は大そう好色者(すきもの)の親王でいらっしゃるそうですから、こちらに姫たちが居るとお聞きになると、ちょっとかまってみたいお戯れのおつもりだろうから――
と、
「そそのかし給ふ時々、中の君ぞ聞こえ給ふ。姫君は、かやうのこと戯れにももてはなれ給へる、御心深さなり」
――お返事を促される時々は、いつも中の君がお書きになります。大君は思慮深く、このような事は冗談にもなさらないのでした――
八の宮は、このように、いつということもなくお心細くお過ごしなので、春のつれづれを、ことに夜長をあれこれと物思いにふけっていらっしゃるのでした。
「ねびまさり給ふ御様容貌ども、いよいよまさり、あらまほしくをかしきも、なかなか心苦しう、かたほにもおはせましかば、あたらしうをしき方の思ひは薄くやあらまし、など、明け暮れ思しみだる。姉君二十五、中の君二十三ぞなり給ひける」
――(姫君たちの)成長なさるにつれて美しさが備わるお姿やご器量が、このところますます輝くばかりで申し分なく美しくなられたのが、宮には却っていじらしくて、いっそ姫君たちが不器量ででもあったならば、このまま埋もれるとしても諦めがつこうものを、と、明け暮れ胸を痛めていらっしゃるのでした。姉の大君は二十五歳、中の君は二十三歳になっておられます――
八の宮はこの年、重い厄年に当たっておられますので、
「もの心細く思して、御行ひ常よりもたゆみなくし給ふ」
――何となく心細く思われて、勤行を常よりも一層ご熱心になさるのでした――
◆姫君=この表記の場合は、常に大君(おおいぎみ)を指す
◆あたらしうをしき方=惜しい(あたらし)をしき(惜しき)=そのままにしておくのがもったいないほど立派だ。
では、7/15にまた。
四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(7)
匂宮から度々御文を頂いて八の宮は、姫君たちに、
「なほ聞き給へ。わざと懸想だちてももてなさじ。なかなか心ときめきにもなりぬべし。いと好き給へる親王なれば、かかる人なむ、と聞き給ふが、なほもあらぬすさびなめり」
――まあお返事は差し上げなさい。さらりと、殊更恋文を頂いたかのような態度を取ってはいけません。お返事を差し上げないのも思わせぶりで、かえってあちらの物思いの種ともなりましょうから。兵部卿の宮(匂宮)は大そう好色者(すきもの)の親王でいらっしゃるそうですから、こちらに姫たちが居るとお聞きになると、ちょっとかまってみたいお戯れのおつもりだろうから――
と、
「そそのかし給ふ時々、中の君ぞ聞こえ給ふ。姫君は、かやうのこと戯れにももてはなれ給へる、御心深さなり」
――お返事を促される時々は、いつも中の君がお書きになります。大君は思慮深く、このような事は冗談にもなさらないのでした――
八の宮は、このように、いつということもなくお心細くお過ごしなので、春のつれづれを、ことに夜長をあれこれと物思いにふけっていらっしゃるのでした。
「ねびまさり給ふ御様容貌ども、いよいよまさり、あらまほしくをかしきも、なかなか心苦しう、かたほにもおはせましかば、あたらしうをしき方の思ひは薄くやあらまし、など、明け暮れ思しみだる。姉君二十五、中の君二十三ぞなり給ひける」
――(姫君たちの)成長なさるにつれて美しさが備わるお姿やご器量が、このところますます輝くばかりで申し分なく美しくなられたのが、宮には却っていじらしくて、いっそ姫君たちが不器量ででもあったならば、このまま埋もれるとしても諦めがつこうものを、と、明け暮れ胸を痛めていらっしゃるのでした。姉の大君は二十五歳、中の君は二十三歳になっておられます――
八の宮はこの年、重い厄年に当たっておられますので、
「もの心細く思して、御行ひ常よりもたゆみなくし給ふ」
――何となく心細く思われて、勤行を常よりも一層ご熱心になさるのでした――
◆姫君=この表記の場合は、常に大君(おおいぎみ)を指す
◆あたらしうをしき方=惜しい(あたらし)をしき(惜しき)=そのままにしておくのがもったいないほど立派だ。
では、7/15にまた。