2010.7/23 793回
四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(12)
その折の八の宮のお歌は、
「『われ亡くて草のいほりは荒れぬともこのひとことはかれじとぞ思ふ』かかる対面もこのたびや限りなむ、と、もの心細きに、しのびかねて、かたくなしきひが言多くもなりぬるかな」
――(歌)「私が死んで、この山荘が荒れ果ててしまいましょうとも、娘たちを引きうけようとおっしゃった貴方のお言葉は間違いないと信じてします」こうしてお逢いするのも今回限りと思いますと、やはり心細さを隠せず、ついつい愚痴めいた繰り事が多くなってしまいましたなあ――
と、おっしゃって涙をぬぐっておられます。薫は返歌に、
「いかならむ世にかかれせむながき世のちぎりむすべる草のいほりは」
――(歌)この山荘で末長くとお約束しました上は、とこしえに違えることはありません――
相撲など、公の行事が一区切りしましたら又参上いたしましょう、と、ご挨拶なさって、
「こなたにて、かの問はず語りの古人召し出でて、残り多かる物語などせさせ給ふ。入り方の月は隈なくさし入りて、すき影なまめかしきに、君達も奥まりておはす。世の常の懸想びてはあらず、心深う物語のどやかに聞こえつつものし給へば、さるべき御いらへなど聞こえ給ふ」
――(薫は)お部屋を辞して、別間にお下がりになり、あの問わず語りの老女(弁の君)を召されて、語り残しの先日の話をおさせになります。折から入り方の月が明るく差し込んで、御簾に映る薫の透き影のなまめかしさに、姫君達は面映ゆく、奥まった方に引き入っていらっしゃる。薫は世間にあるような好色がましい素振りなどは少しもなく、いかにも考え深く物静かにお話をなさるので、大君も時々はごく普通にお返事をなさっています――
◆相撲(すまひ)=毎年7月、諸国の供御人を召し集めて、帝がご覧になった相撲の会
では7/25にまた。
四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(12)
その折の八の宮のお歌は、
「『われ亡くて草のいほりは荒れぬともこのひとことはかれじとぞ思ふ』かかる対面もこのたびや限りなむ、と、もの心細きに、しのびかねて、かたくなしきひが言多くもなりぬるかな」
――(歌)「私が死んで、この山荘が荒れ果ててしまいましょうとも、娘たちを引きうけようとおっしゃった貴方のお言葉は間違いないと信じてします」こうしてお逢いするのも今回限りと思いますと、やはり心細さを隠せず、ついつい愚痴めいた繰り事が多くなってしまいましたなあ――
と、おっしゃって涙をぬぐっておられます。薫は返歌に、
「いかならむ世にかかれせむながき世のちぎりむすべる草のいほりは」
――(歌)この山荘で末長くとお約束しました上は、とこしえに違えることはありません――
相撲など、公の行事が一区切りしましたら又参上いたしましょう、と、ご挨拶なさって、
「こなたにて、かの問はず語りの古人召し出でて、残り多かる物語などせさせ給ふ。入り方の月は隈なくさし入りて、すき影なまめかしきに、君達も奥まりておはす。世の常の懸想びてはあらず、心深う物語のどやかに聞こえつつものし給へば、さるべき御いらへなど聞こえ給ふ」
――(薫は)お部屋を辞して、別間にお下がりになり、あの問わず語りの老女(弁の君)を召されて、語り残しの先日の話をおさせになります。折から入り方の月が明るく差し込んで、御簾に映る薫の透き影のなまめかしさに、姫君達は面映ゆく、奥まった方に引き入っていらっしゃる。薫は世間にあるような好色がましい素振りなどは少しもなく、いかにも考え深く物静かにお話をなさるので、大君も時々はごく普通にお返事をなさっています――
◆相撲(すまひ)=毎年7月、諸国の供御人を召し集めて、帝がご覧になった相撲の会
では7/25にまた。