永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(795)

2010年07月27日 | Weblog
2010.7/27  795回

四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(14)

 御寺に参籠なさるについて、八の宮は、姫君たちに後の心得などを細々とお諭しになります。

「世の中のこととして、つひの別れを、のがれぬわざなめれど、思ひなぐさまむ方ありてこそ、悲しさをもさますものなめれ。また見ゆずる人もなく、心細げなる御有様どもを、うち棄ててむがいみじきこと。されども、さばかりの事にさまたげられて、長き世の闇にさへ惑はむが益なさを」
――この世の習いとして死別は避けられないことらしいが、何か慰めになるようなことがあってこそ、悲しさをも少なくするものでしょう。それなのに私の死後はお世話を託す人もなく、心細そうな貴女たちを残して死ぬのは実にかなしいことだ。しかしそれ位の恩愛に妨げられて、来世は永劫に成仏せずに迷うのは、つまらないことだが――

「かつ見奉る程だに思ひ棄つる世を、去りなむうしろの事知るべきことにはあらねど、わが身ひとつにあらず、過ぎ給ひにし御面伏せに、軽々しき心どもつかひ給ふな。おぼろげのよすがならで、人の言にうちなびき、この山里をあくがれ給ふな」
――あなた方の傍におりましてさえ思い棄てているこの世ですから、死後のことなど構うべきではないのでしょうが、私一人のためではなく、亡き母上の御名誉のためにも、軽率なお考えなど出してはなりませぬ。しかとしたお相手でなくては、人の言葉に乗ってこの宇治を離れてはなりませぬ――

「ただかう人に違ひたる契り異なる身と思しなして、ここに世をつくしてむ、と思ひとり給へ。ひたぶるに思ひしなせば、ことにもあらず過ぎぬる年月なりけり。まして女は、さる方に堪へこもりて、いちじるくいとほしげなる余所のもどきを負はざらむなむよかるべき」
――あなた方は、ただこのような他人とは運命の違う身だと分別なさって、この地で生涯を終えようと決心なさい。私など一途に覚悟をしているので、年月は何のこともなく過ぎたのでしたよ。まして女は、女らしく山里に引き籠って、特別気の毒なと、他人の非難を受けないのがよろしいのですよ――

 と、言い聞かせていらっしゃる。

◆過ぎ給ひにし御面伏せに=個人の面目汚し=亡き母上にとって不名誉になること

◆いちじるく=いちじるし=甚だしい

◆余所のもどきを負はざらむなむ=他人の非難を浴びないように

では7/29に。