2010.7/9 786回
四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(5)
親王であられた八の宮の御邸への参上ということで、その辺りを見回しますと、そこは右大臣(夕霧左大臣、原文のこの帖では、右大臣と左大臣を混同している)の別荘とは違い、
「山里びたる網代屏風などの、ことさらにことそぎて、見所ある御しつらひを、さる心してかき払ひ、いといたうしなし給へり」
――いかにも鄙びた山里の網代風の屏風などで、簡素にして、薫たちをお迎えする積りで準備した結構なご設備を、こういう折もあろうかと、たいそう念入りに清掃なさっておられます――
邸の内には、伝来の御琴で音色も優れているらしいご立派な楽器類が、殊更ご準備なさったという風ではなく、さりげなく取り出されておられます。人々がそれらを手に取って弾き合せたりして、次には八の宮に琴を所望されます。八の宮が遠慮がちに筝の琴を掻き鳴らされますと、たいそう深みのある音色に、皆しみじみと聞き惚れてしまうのでした。
「所につけたる饗応、いとをかしうし給ひて、よそに思ひやりし程よりは、なま孫王めく賤しからぬ人あまた、王、四位の古めきたるなど(……)客人たちは、御むすめたちの住まひ給ふらむ御有様思ひやりつつ、心つく人もあるべし」
――また、この場所に相応しいご馳走を用意なさって、余所で想像していたの違って、お仕えする者たちも、王孫とでも申すような賤しからぬ人々が大勢、また王族の四位で年老いた人たちなど(こうした晴れがましいご奉仕に喜んで馳せ参じてきたのでしょうか、御盃を取る人も見苦しくなく、古風ながら雅やかなおもてなしぶりです)客人の仲には、さだめし、姫君達のお住いの辺りを思いやって、心を悩ましている者もいたことでしょう――
向こう岸に留まっておられる匂宮は、ご身分上思いのままの御振る舞いも出来ず、ほとほと窮屈な思いで悩ましく過ごしていらっしゃるのでした。
◆網代屏風(あじろびょうぶ)=網代、すなわち檜(ひのき)や竹の薄板を縦横又は斜めに編んだもので張った屏風
◆なま孫王(そんおう)めく=孫王は帝王の孫以下をいう。ちょっとした皇族筋の。
では、7/11に。
四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(5)
親王であられた八の宮の御邸への参上ということで、その辺りを見回しますと、そこは右大臣(夕霧左大臣、原文のこの帖では、右大臣と左大臣を混同している)の別荘とは違い、
「山里びたる網代屏風などの、ことさらにことそぎて、見所ある御しつらひを、さる心してかき払ひ、いといたうしなし給へり」
――いかにも鄙びた山里の網代風の屏風などで、簡素にして、薫たちをお迎えする積りで準備した結構なご設備を、こういう折もあろうかと、たいそう念入りに清掃なさっておられます――
邸の内には、伝来の御琴で音色も優れているらしいご立派な楽器類が、殊更ご準備なさったという風ではなく、さりげなく取り出されておられます。人々がそれらを手に取って弾き合せたりして、次には八の宮に琴を所望されます。八の宮が遠慮がちに筝の琴を掻き鳴らされますと、たいそう深みのある音色に、皆しみじみと聞き惚れてしまうのでした。
「所につけたる饗応、いとをかしうし給ひて、よそに思ひやりし程よりは、なま孫王めく賤しからぬ人あまた、王、四位の古めきたるなど(……)客人たちは、御むすめたちの住まひ給ふらむ御有様思ひやりつつ、心つく人もあるべし」
――また、この場所に相応しいご馳走を用意なさって、余所で想像していたの違って、お仕えする者たちも、王孫とでも申すような賤しからぬ人々が大勢、また王族の四位で年老いた人たちなど(こうした晴れがましいご奉仕に喜んで馳せ参じてきたのでしょうか、御盃を取る人も見苦しくなく、古風ながら雅やかなおもてなしぶりです)客人の仲には、さだめし、姫君達のお住いの辺りを思いやって、心を悩ましている者もいたことでしょう――
向こう岸に留まっておられる匂宮は、ご身分上思いのままの御振る舞いも出来ず、ほとほと窮屈な思いで悩ましく過ごしていらっしゃるのでした。
◆網代屏風(あじろびょうぶ)=網代、すなわち檜(ひのき)や竹の薄板を縦横又は斜めに編んだもので張った屏風
◆なま孫王(そんおう)めく=孫王は帝王の孫以下をいう。ちょっとした皇族筋の。
では、7/11に。