家から数十キロ行ったところに、ヤリキレナイ川という珍しい名の川がある。一度聞くと忘れられない名前だ。以前、テレビ番組で紹介されたのでご存じの方も多いかと思う。アイヌ語のヤンケナイ(魚がいない)またはイヤルキナイ(片割れ)に由来するとされるが、あえてアイヌ語をもじってヤリキレナイの和語を河川名につけたのは、それ相当の腹に据えかねること、恨みに思うこと、悲しいことなど、マイナスイメージがあったのだろう。
私は数え切れないくらいその川の傍を通っているが、昨日、久しぶりにその大きな看板を目にしたとき、喉の奥に引っかかっていた釣り針がようやく取れたような気分になり、思わず歌を口ずさんだ。
「悲しくて 悲しくて とてもやりきれない……」
ずっとモヤモヤしていた不鮮明な記憶が、一気によみがえった瞬間だった。
胸にしみる 空のかがやき
今日も遠くながめ 涙をながす
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このやるせない モヤモヤを
だれかに 告げようか
(作詞 サトウハチロー)
一番の歌詞しか覚えてないが、歌ってみると懐かしさと悲しさがこみ上げてきて、家に着くまでの四十分間あまり、涙が止まらなかった。
この歌は川の名前よりずっと有名なフォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」。当時、発禁処分に遭った彼らの「イムジン河」の身代わりに、故加藤和彦氏が書いた曲だという。ときどき、私はこの悲しくてと、イムジン河との区別がつかなくなる。
イムジン河 水清く とうとうと流る
我が祖国 南の地 思いははるか
(作詞 朴世永 訳詩 松山猛)
残念ながら、イムジン河はこの歌詞しか出てこない。(2016.9.26)