銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

鎌倉市庁舎の移転騒動・・・・・我が家に毎日ゴミを掃きこんでいた隣のお嬢さんは、CIAのお世話で、超富裕寺へお嫁入、手間を惜しむ母君は今では、小錦のごとく太っている

2020-08-11 21:21:48 | 政治

  一万三千字を書いたところで、読む方に、留意していただきたい点が、浮かんできました。それは、この一文の主人公である、遠藤夫人という女性を、私は、全く羨ましがっていないと、言う点です。負け惜しみではなくて、うらやましがっていないのです。しかし、そこまで、書き抜くためには、この一文を、小説と化して、主に、心理面の推移に焦点を当てて書き直さないといけないと、思います。それは、時間が足りないし、体力も足りないです。で、そういう方面は、行間を読んでいただかないと、わからないと、思いますが

 彼女は、人生においてある大きなポイントで、欠落したまま、年月を送ってきた女性だからです。人を愛し、自分を愛したら、あれ程(小錦みたいに)太るはずがないのです。何らかの不満を抱えている可能性があります。実存的不満です。自分は、勝ち組の筈だ。一流銀行に勤めている、しかも東大出の旦那と結婚をした。息子も一流大学へ進学し、一流企業へ就職した。娘は、鎌倉一、富裕な家に嫁いだ。何もかも不満はない・・・・・その筈だ。夫は、セクシュアルな意味では、品行方正で、女性関係には、何も、問題はない。しかし、どうしたのだろう。この閉塞感と、不満の意識は?と、思って居るはずです。

 彼女は現代日本が、求める典型像として生きてきました。勝つことが、最優先事項です。世間が認める一流とか、勝ち組というパターンを追い求めて、それを得た筈です。しかし、他人をも、自分をも愛して居ません。夫も愛していないし、子供も愛してきませんでした。で、成功したかもしれないけれど、内面は、空虚です。そういう意味では、苦労はあるが、私には、愛とか、情とか、言うものがいっぱいにあふれています。そして、何よりも考えることが好きでそれが、できる生活を苦労の上で、確保しました。考えることは、書くことでしか、完結しないので、格という修行もしてきました。それは、得難い個性だし、得難い人生なのです。私は、自分に満足をしているし、自分が愛されていることをも知って居ます。誰から、と問われれば、答えましょう。全脳の力を持ち、すべてを、収まるべきところにお納めになる神様に愛されていると、言う点で、信じるものがあるのです。愛されて居なくても、他人を愛するという事を学んできましたが、周辺から裏切られれば、そういう人は、振り払い捨てて、来ています。伊藤玄二郎達が、「遠藤夫人も、渡辺幸子さんも、お前より勝っているのだぞ」と言って居るのはわかって居ますが、全く悔しくないのです。もし悔しかったら、以下の様な文章は書かないと、思いますよ。この一文はあくまでも、伊藤玄二郎達、鎌倉エージェントの悪戸さを表現するための文章であり、彼らが企画したことが何であるかを書くための、文章です。したがって、彼等が私の文章に出てきた恥多い、遠藤夫人を持ち上げて、「お前よりこっちが上等だ。お前は負けた」と言えば言うほど、具体的に、いきさつを書くこととなります。伊藤玄二郎を分析する為だからです。その点をご留意くださって、読み進めてくださいませ。

~~~~~~~~~~~~~~ 

これは、全くもって、前報

TBSで鎌倉市役所移転問題を取り上げていたらしい。 そこに熱海市長が登場したので、見事に、私狙いだと判る

2020-08-09 21:19:17 | 政治    の続きです。

副題1、『我が家の、鎌倉雪ノ下の家の、西側は、当初、窓が全くない家であった』

 我が家では、2012年ごろから、鎌倉大町の一級建築士(大工さんでもある)山田さんを紹介してもらって、1984年に買った古家部分を改築しようとしていました。買った二年後、私達は、キッチンと居間を、その東側のスペースに増築したので、ほとんどの時間は、そちらの新しい建物で暮らしているのですが、古い家の部分を、直そうと、主人が、言いだしたのが、2013年です。古い部分は、新築後、39年を経ていました。その上、前の人は、安普請で、建てたので、確かに、相当痛んでいたのです。

 ところで、今、突然に気が付いたのですが、私達より前の持ち主、堀内大衆さんという人物は、その家を、1974年に建てて居ます。だから、新築後、たった、10年で手放しています。という事は、この山に住むという事が、如何に気苦労が多い事であるかの証明にも役立っていると、思います。私は堀内さんではなくて、旧浅野さんの、二代前の持ち主から、それを聞いて、覚悟して、引っ越してきたのです。ともかく、一軒の100%同じ家で、私が知る限りでも、四回持ち主が変わった家もあるので、ここに住むのが如何に難しい事かは、よくわかります。

 堀内さんという人物は、映画館を経営していたそうで、庶民的な生活を送ってきて、引退をした人物らしくて、そういう方面での直感が効くらしくて、西側に、トイレ以外の窓を作らない家を建てていました。で、安普請なので、その窓のない、壁をトタン板で、囲っていたのです。そこへめがけて、30年前に、西隣に住んで居た遠藤家の、当時、付属小学校低学年だった坊やが友達と、一緒になって、サッカーボールをけりつけたのです。二階まで、高さ5メートル、幅9メートルにわたって、殆ど窓がないのですから、サッカーボールをけり上げるのに適当だと、思ったのでしょう。

 で、私はリアルな生活で、喧嘩をするのは嫌だから、黙って居ました。だが、その内、遠藤夫人が毎日、庭を掃いて、そのごみを我が家に掃き込むのです。それは、小さなトイレの窓から、ちゃんと見えました。それで、年末の大掃除の時に、やっと、抗議をしました。すると「やって居ません」と、言います。で、びっくりして、砂時計状にたまっている砂を見せると、やっと、黙り込みました。しかし、余りにも怒った、私は、サッカーボールの件を、この時持ち出すと、「そちらもやって居ません」と言います。これは、25年以上前の出来事です。遠藤夫人は最初は、私を家にあげて、アンマンをふかして、ごちそうをしてくれたほどの、善人だったのに、急に変化したのです。

 どういうことかというと、私が、この山で、仲良しを作ると、悪事がばれて大変だと、思う連中がいて、二人の仲を裂くべく、ごみを掃きこんでもいいのだとか、子供がいたずらをしても、それを、否定しておけばいいのだと、・・・・・それほどに、私を軽蔑していいのだと、誰かが、彼女に吹き込んでいたらしいのです。誰かは、わかりません。だが、そういう人物がいた模様で、同じ人物が渡辺賢司という人物に向かっても同様な、事を言ったらしくて、

 渡辺賢司という人物は、私よりずっと若いのにもかかわらず、向こうから、は、一回も挨拶をした事がないのでした。ここらあたりは、個人的な悪口ではなくて、すべて、富沢家の高枝切りと、その悪辣さを、糊塗するための、市役所移転という嘘につながっていく話なので、丁寧に、聞いてくださいね。

~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『私を悪人として、軽蔑の限りを尽くしてもいいとして、他の人へ、「あの人はクレーマーだから」と、吹き込んだその同じ人間は、遠藤家の後に引っ越してきた白井達雄・小野寺夫人夫妻にも、同じことを吹き込んだらしく、

 かつ、それを、彼ら夫婦及び、その友人を含む、10人ぐらいの大人の前で、再現させようとして、異様な形・・・・・まるで、我が家内に、出っ張っているかのごとき・・・・・塀を作り、私にその10人前後のお客の前で、抗議させようとして、大恥をかかせようとしてきたのだった。建築中から、もろもろの悪人であった。

***********

 小野寺夫人宅が建築中からいじめてきた実例

 左側が我が家なので、どう見ても出っ張っている様に見える塀を、夫婦そろって、隣にいるのに、夫婦自らが、お断りに来ないという形で、作り上げた塀。

 ひっかけて、けんかに持ち込ませようとする意図が見え見えの塀。三寸角を使ってある無骨なもの、ともかく、工事は我が家の敷地内に入らないとできないのに、隣に、いるのにもかかわらず、お断りのあいさつがなかったという無礼な措置、どうせ、前田家か、安野家からの指示でしょう。が、だから、八幡宮の大銀杏は倒壊します。

  こういうことはすべて、北久里浜における、実質的大詐欺事件の首謀者の、親友が、

 戦後最大の、CIAエージェント、瀬島龍三だったせいで、起きることで、その事件の裏側を知っている私を殺したいと、思って居る瀬島龍三が、ノイローゼにさせて、自滅させようとして、起こした事でした。特にこの鎌倉の方の山の第二代目・町内・会長中谷共二氏が、実質的なCIAエージェントであって、瀬島龍三と通々であって、彼と通じて、我が家の東北の山を無断で、崩したこと(1985年)もあって、中谷共二氏自身が、私に対しておびえきっていたからです。というのもほかの、人物と同じく、中谷氏も、瀬島龍三から、私の悪口を散々聞いていたので、馬鹿に仕切って、そういう事を行ったのですが、その後の展開を見ると、私を馬鹿にしたことが大失敗だったとは、わかっていたとは、思います。

 だけど、CIAが絡んでいると誰も反省をしないのですがね。

 その崖を無断で崩されたので、我が家のアジサイ畑を提供するという、古沢氏からの申し出でも、キャンセルにしていますので、そこは、土地を盗まれたと、言う形になります。

 中谷氏が度肝を抜かれたのは、まず、その夜に全戸(第一期町内会長古沢氏と、第二期町内会長、中谷氏は、除いたが)を回って、「あなたは、この件に賛成をなさったのですか?」と聞いて回ったら、どの人も賛成して居ませんと、答えました。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『第四期町内会長の、白井達雄氏は、2019年10月13日、我が家のその問題の崖がさらに崩れる様に、手配をした。総勢6,7人の壮年の男性を募って、中谷共二氏が、無断で崩して細くなってしまっている崖を、唯一支えているタブシイの、大木の、枝をすべて、取り払って、更に崖が、崩れてしまう様な悪意ある行動を取った。

 彼は、東大卒(probably)で、松田・平田設計事務所の横浜支店長、重役なのだが、10年前の、ひっかけ・・・・・・(三寸角という大きな材木を使った塀を、あたかも、越境しているかの如く、設計し上げて、私が抗議をしてくるのを待ち構えていた、そういうだまし討ち)・・・・・に続いて、今度は、数人の(特に壮年の)男性を全部巻き込んで、我が家の崖が、崩れる様に手配をした。

 私は、その日は、その工事をやって居るのが、鶴岡八幡宮だと、考えて居たので、白井さんに抗議をしなかったのだが、(後注1に、その日の詳細を書いて居ます)

 その六か月後、白井さんと、4月15日に、山ノ下の、鶴岡八幡宮駐車場で、安野・平木夫人連合軍による、ケヤキの木の伐採の件で、話し合って、いて、前年度の、我が家のタブシイの大木の、集団による、丸裸騒動が、八幡宮ではなくて、白井さん個人の主導だったと、聞き、大いに、驚いたのだが、

 白井さん、あなたが何を考えようと、その樹木は我が家のものでもあるのですよ。他人の持ち物を所有者本人ではない別の人物である、貴方が、勝手に、又は、無断で、損傷して、いいんですか?

~~~~~~~~~~~~~~~~
副題4、『もしかすると、この山の町内会は、公文書偽造をして居ませんか?』
 
 白井さんのやったことは、本当に恐ろしい事です。ただし、彼一人で案出した事ではない筈です。伊藤玄二郎とか、中谷共二氏の遺児二人は、起案の段階で、参加して居るはずです。
 
 でも、一応の主導者は、白井さんです。そして、平木さんが参加していたかどうかは、知りません。平木さんにはお子さんがあります。白井さんには、無い。また、石井秀樹氏にもない。また、渡辺賢司氏(?)にもないです。そういう人種には、災いも、罪も恐ろしくないでしょう。未来というものがあまり、長時間ではないからです。3.11とか、新コロナウィルス騒動が、起きても、今の所、自分には、直接の被害はなかった。だから、将来とも大丈夫と、思っていることでしょう。しかし、平木家の時間というのは、それらの人物と比較すると、相当長時間です。未来に何が起きるかわかりません。こんなことに参加していては駄目ですよ。町内会掲示板に、ポスターをお子さん方が提供して居ませんか?
 町内会掲示板が、大雨でもない、大風でもない平穏な、お天気の日に倒れてきた樹木によって、破壊をされたことを覚えていないのですか? あのことが象徴する意味をお考えになったことはありますか?
 
 この間、我が家に、お宅のおぼっちゃま方のピアノ教室のお月謝の領収書が入れ込められていました。私の娘のリクルート時代の名刺が、入れ込められていたのと同じ趣向の脅かしでしょうが、そんな悪魔たちの手先として、お子様が使われてもいいのですか?
 保見が、やったとされている周南事件に際には、前田夫妻と、安野夫妻と、結託して、お子様方を、安野家の、北側の畑を、洗浄化させるのに提供して、ご奉仕をなさったですね。
 石井秀樹さんは、ご自分が理科大卒だと、公にしておられますね。理科大卒だと、東大卒よりも甘えない姿勢が、強いでしょう。だから、白井達雄・小野寺夫人夫妻よりもお宅たち、ひでき・あずさ夫妻の方が、ずっと、しっかりしていらっしゃるみたいに見えますね。しかし、個人事業主ですよね。しかも、個人住宅の建築が主ですね。いくらテレビで、支援をされても、使う人が使いやすいと思わないとだめでしょう。その点大丈夫ですか、こんなバカげたこと(2019年10月13日の我が家のタブシイを丸裸にする伐採)に手を貸して大丈夫ですか?
 ところで、山田さんです。あなたには、お子さんがあるけれど、例のCIAエージェント陣営の、お仲間でしょう。警察庁か、神奈川県警のホワイトカラー族だと、私は考えて居ます。まあ、新潮社かもしれないけれど、まだ、実際には、生きている井上ひさしとは、通々でしょうね。というわけで、貴方は職務として、裏側も知りながら、やって居る事だから、他の人とは、ちょっと違いますけれどね。
 しかし、ともかくの事として、2013年、10月13日の高枝切りは、余りにもあっけらかんと、まるで、ピクニックでもやって居るみたいに明るい感じで、行われたので、
 白井達雄さんには、法律的な意味での、良心の呵責というものは、一切ないと、感じました。
 という事は、1986年に行われた我が家の山を崩した一件は、町内会多数・賛成で、決定されたなどという議事録があるのではないですか? それは、嘘ですよ。一種の公文書偽造です。
 
~~~~~~~~~~~~~~
副題6、『さて、白井さんが、異様な塀を作って、私にクレーマーぶりをさらけ出させようとした、そういう仕組みを考えると、
 白井さんの前に、そこに、住んで居た、遠藤夫人が、ごみを毎日掃き入れているのに、抗議をした、私を、この山総意で、クレーマーだと、片付けたのではないですか?
 だから、あれ程に、遠藤夫人は、強気になって、「違う」と、言って、私を、突っぱねたのでしょう。特にご主人には、驚いた。私はね、遠藤夫人って、短大卒程度の教養の人間だと思って居ます。
 どういうことかというと、自分に得になる事には、非常に熱心です。だから、自分にとって、目上の人に付け届けをする際に、珍しいものを見つける才覚など、見事なほどに高いです。寿福寺のそばに、上等なジャム(ピュレという)を売っているお店がありました。同じ趣旨のお店が、今、若宮大路(わかみやおおじ)東側にありますので、昔、寿福寺そばの線路際に在ったお店が、移転をしたのかもしれません。
 ピュレというのは、私だって、イチゴを使うと自然にできます。イチゴって、粒をつぶすのが、難しいから自然にピュレになります。というのは、果実が、煮えた甘い塊と、その傍に透明な、みつ液が、満ちているものを指します。ジャムというのは、全体が、均一で、しかも固まっているものが多いです。ピュレの方はペクチンを使って居ないと、思います。だから、固まっていないです。でね、少量で、高いです。
 私は遠藤夫人にピュレをもらったことはないです。だけど、情報をもらったことがあるので、なるほどと、思った次第です。なんでも手作りをするのが好きな私は、100グラム程度が入った小さなガラス瓶一本で、400~600円はするピュレを買うつもりはないです。
 しかし、プレゼントとしては、結構上等なものです。というのも、もらった人は、五瓶、入って居たとしても、その量の少なさから、『まあ、高くても2000円程度でしょうね』と、思って気が楽になるでしょう。ところが、五種類のピュレを食べてみるとおいしいです。で、もらった人が、インターネットで調べてみたら、実際には、ひどく高いと知って、あらためて感謝するでしょう。
 で、そういう事にはひどく熱心です。で、私は、『彼女は、短大卒で、銀行に勤めたのではないかしら? 計算高い彼女だから、ご主人の方は、東大卒を選んだのでしょうね。だけど、ご主人って、暗い感じの人ですね』と思っていたのです。北久里浜で、当時の常盤相互銀行(現在名、東日本銀行)に勤務していた、たぶん、高卒の、銀行マンの、〇滝氏と、比較すると、ずっと、落ち着きはあります。しかし、余りにも暗いので、銀行でも、裏の、汚い仕事をやって居た人ではないかとも思ったりするのです。
 というのもそこは、最初の住民が敷地を二つに割って、二軒の住居を建てていたのです。おや世代と子世代の、ふた世代が、二軒の別の家に住んで居たか、それとも、一軒を借家として、新しく建てたのかは知りませんが、ともかく、平屋で、とても、暗い家だったのです。家主さんは、逗子に引っ越して行ったと、聞いています。
 我が家も条件は似ているのですが、東側に他人の家がないという点が違うのです。その上、我が家は、たいてい二階で、事を行いますので、午前中は、相当に、明るい気配の家に住んで居ます。しかし、遠藤家は暗い。その上、サッカーボールを友達と我が家の壁に、蹴り上げてきた坊やですが、相当に頭がいい子でしょう。そして、両親を批判していると思います。
 まあ、親を批判するのは構わないです。我が子だって、私を批判をしています。しかし、50過ぎた今でも遊びに来ます。「釣りをした。いなだ、二尾上げるからね」とか言って、やってきます。
 遠藤家では、高卒後ほとんど帰ってこないのです。庭先に三畳程度のプレハブを建てて、坊やの勉強部屋にしていたので、そこに電気が付いていないという形で、坊やが、別の場所に住んでいるというのはわかりました。
 例えば、京大、阪大、東北大学、北海道大学などに進学して、下宿したと仮定してみましょう。坊やは背が低い。だけど、顔は、きれいでしたから、いい大学へ進学したと、考えて居ます。
 ただね。本当の親なのだから、夏休みぐらい帰ってきてもいいでしょう。しかし、しーんとして居て、電気が点いていないです。子供は正義感に満ちて居ます。自分がサッカーボールをけりつけたことを、自分が知って居ます。しかも、もし、母親があの日、自分の家にいたのにもかかわらず、私に対して、それを否定していて、かつ、父親が、恫喝して来て、(多分、「訴えますよ」というぐらいの脅かしをかけてきたと、言う記憶があります。私は、そんなブラフに屈する様な人間ではないです。「馬鹿にしなさんな」と言っておこう。唯ね。坊ちゃんが絶対に、実家に、寄り付かないと、言う形での天罰が下ったと、思って居ますよ。
 まあね。こういう事を、実名は入れないで、書いたからこそ、お嬢さんの方が、妙本寺のお嫁さんになりました。
 しかし、私がこういうことを書いたからこそ、お嬢さんの方は、妙本寺のお嫁さんになりました。鎌倉一お金持ちの、神社仏閣の一つです。というのも駅に近くて、しかも、広大な、寺域をお屋敷街の借地として貸して居ます。大変高額な賃貸料が入ると思います。しかも、この妙本寺は、北条氏に、滅ぼされた比企一族の末裔であるとか、なんとか、歴史上あれこれあって、日蓮宗の一派ですが、独立した、宗派を形成していると、思います。という事は、会社にたとえると、創業者、一族という事になります。比較すると、鶴岡八幡宮とか、鎌倉宮のトップは、雇われ社長の立場です。大金を動かして、おおきな事業をなさって居るでしょう。しかし、個人としての資産を、対比すれば、そりゃあ、妙本寺さんの、一族の方がお金持ちでしょう。
 この遠藤家のお嬢さんが、妙本寺のお嫁さんになったという事は、後注2に置いた文章内で、詳しく語っていますので、ここでは、これ以上は語りません。しかし、問題は、これが、鎌倉市庁舎・移転に結びついているという事なのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題7、『この遠藤家のお嬢さんが、妙本寺のお嫁さんになったというのは、私にとっては、当然のごとく、面白くない話である。あんなものぐさで、働かない、というか、体を動かさない、奥さんの、娘が、妙本寺のお嫁さんになったと、聞いては、当然のごとく、面白くない。しかも、私がブログに書いたことを(そのお嬢さんの結婚が成立した当時には、実名は、表記して居なかったけれど)否定するために、お見合いが設定されたという事が見え見えだったので、それは、無論の事面白くない。
 しかし、知れば、面白くないことを、知らせるのが、鎌倉エージェント(CIA)の望むところだ。で、知らせたい。だが、誰に其れを、行わせるかが問題だ。
 実際に動いて、それを私に知らせたのは、富沢夫人である。
 どうして、富沢夫人が使役されたかというと、私がある点で、大変高く評価をしていたので、道路上の立ち話であっても、私が、耳を傾けるだろうと、言う判断で、富沢夫人が選ばれたのだと、考えて居る。
 なんのポイントで、富沢夫人を高く評価をしていたかというと、育ちがいいというポイントである。別にお金があるだけでは育ちがいいと、言えない。ただ、趣味の問題、声の良しあし、会話での、間合いの取り方、自分自身や、夫などに対する自信の持ち方、そういうものを全総合して出てくる余裕があるかどうかを問わないと、育ちがいいか悪いかは判断ができない。
 長らく富沢夫人が一番育ちがよいと判断をしてきたが、最近、引っ越してきたアラフォー世代の、女性は、みんな育ちがいいと、私は思っているが、この人達は、世代が、違うので、長話はしない。
 そういうわけで、富沢夫人が選ばれて、伊藤玄二郎達が、実らせた成果が、私に知らされた。
 で、富沢夫人が道路上の立ち話で、それを教えてくれた時に、私は瞬時にここまで考えた。こういうセリフうが頭の中に浮かんだと、言う事。
 『あら、いやだ。富沢さん、そんなことは、私には教えないで。だって、遠藤夫人って、毎日庭ごみを我が家に掃き入れていたほどの、嫌な人なのよ。そしてね。三十代にして、既に、トイレットペーパーまで、ユニオン(スーパー)の店員さんに運ばせているの。ものぐさ、ものぐさ、体を使うのを嫌がる人なの。そんなお母さんのそばで、それを見習って育ちあがった、あそこのお嬢さんが、妙本寺のお嫁さんになるなんて、悪夢ですね。知らせないで、そんな嫌な事』と、瞬時に浮かんだのです。
 しかし、リアルな世界では、喧嘩をしない主義の私は富沢夫人に対して、何も言いません。
 
 でね、富沢夫人は、これを命令してきた、安野智紗夫人か、前田清子さんに向かって、「彼女(=私の事)、面食らっていたけれど、何も言わなかったわ」と、報告をするでしょう。
 で、次の段階として、前田夫人は、直接に、又は、小野寺夫人を通じて、伊藤玄二郎に、「成功した」と報告をします。すると、伊藤玄二郎は次の段階の攻撃を準備するというわけです。
 しかし伊藤玄二郎達の攻撃が、いつも、いつも成功するとは限らないのですよ。高枝切りという攻撃の際には、大失敗に終わります。
 
 ここで、前報に置いたリンク先をお読みいただきたいです。私の心と頭脳の中では、あれだけの文章が一瞬にして浮かぶのです。だけど、ショパンが、一瞬にして作曲できた楽曲を楽譜に移すのに、一か月かかったと、ジョルジュ・サンドが、言って居る通り、私だって、自分の頭の中に在るものを一瞬にして文章に書き表せるわけではありません。したがって、TBSが、鎌倉市庁舎の移転という特集を組めば、ああ、ラッキーと思って、書き残したポイントを詳細に、詰めていくというわけです。
 それで、私は、その時に、150万円から、200万円に及ぶ鎌倉市の公金が、唯、唯、伊藤玄二郎達一派の悪事を書いている私への、攻撃と弾圧のために使われたと、書いて居ます。
 それが、真実だから、松尾市長が、グッと前面に出てきて脅かしてきたと、言うわけです。その一つが、鎌倉市庁舎の、深沢への移転です。嘘八百でしょう。でも、アドバルーンを上げ続けるのです。
 NHKが、やまゆり園事件で、19の命というサイトを立ち上げたのと、一緒ですね。
 推敲と加筆が終わったら、書いた日付けと署名を入れます。
 
後注1

台風を利用した私への罠・・・石井国土交通大臣と石井秀樹氏の関係は? 軽井沢バスツァー事故と、ルビッツ副操縦士の自殺願望説について、今再び語ろう△

2019-10-13 16:23:22 | 政治

後注2、

高枝切と言う大攻撃があったが故に、超・肥満体である隣の奥様について、思い出が溢れ返ってしまうのだった  2016-10-01 00:58:46 | 政治

 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« TBSで鎌倉市役所移転問題を取... | トップ | 養老先生は「妙本寺でよく遊... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

政治」カテゴリの最新記事