火曜日は、私が結構楽しみにしている番組が多い日ですが、ハイビジョンの時空探偵と言うのはすばらしかったです。その番組の元ダネとなったアメリカ側・制作の、『アリ対フレージャー』と言うドキュメンタリー番組が、近々、NHKのどこかで観られるそうですので、そちらも楽しみにしてみるつもりです。80%は同じ映像が使ってあるのだろうけれど、もう一回みたいです。
しかし、夜の八時にチャンネルをそちらに合わせる前には、主人が反対しました。我が家にはテレビは一台しかないので、久しぶりのチャンネル争いです。しかし、主人は別に他のものを見たいわけではなく、ボクシングそのものを嫌いなのでした。私もスポーツとしてのボクシングは確かに嫌いです。観たいとは思わない。しかし、「この番組には、きっと別の問題が隠されているのよ。それが重要なんだと思うわ」と主張して、二人で一緒に見ました。
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深い感動を与えられました。特に、貧乏くじを引いているフレージャーが、美しい顔をしていることに。フレージャーのお子さん方は、ともかく、ちゃんとした生活をしている模様です。だけど、フレージャー自身は、ジム(三階建て)の上階で、寝泊りしているのです。言ってみれば今放映されているNHKの朝ドラ『つばさ』の真奈瀬・社長みたいな生活です。
あ、ここで、ちょっとわき道にそれますが、『つばさ』の方は視聴者側で、賛否両論だそうです。サンバ・ダンスの挿入他、けたたましすぎる演出があって、そこに拒否感を抱く人が多いらしい。しかし、毎週クライマックスがあって、毎週涙がこぼれるような設定なので、出演者たちは、このドラマにほれ込んで熱演している模様です。脚本家も、演出家も、もう、過剰なサービスをしなくても、良いのではないかなあ。返って、その方が視聴者はついてくるでしょう。「視聴者の鑑賞力を、信じなさい」といいたいです。特によく観ていると、決して前衛劇ではなくて、古いタイプの人情劇であり、一般の大衆が「それ、それ」と頷くような解決策が毎回示されるので、もっと人気が上がっても良いと思います。
元に戻ります。ジョー・フレージャーと、モハメッド・アリ(旧名・カシアス・クレイ)と小泉さんはなんと、1942年の一月に相前後して生まれています。だから、彼らが生きた時代は現代史・そのものです。アメリカ現代史、そのものを語ることとなっています。
その中で、試合中では、ほとんど勝っていながら、大スターのアリと比べれば、呆れるほどの貧乏の中に、今現在住んでいるフレージャーの私生活、これが先ず劇的です。その人生はさることながら、現在の生活そのものが劇的なのです。
そして、彼が言う「アリは、(パーキンソン氏病にかかったことにより)神様につけを払っているのではないかなあ。天国に行く前に、神様は、アリのやったことの支払いを求めている(概要)」と言うのですが、それが全くいやみなく、受け取れます。つまり、仏教の世界で、わたくしたちがよく言う、例の因果応報が目の前で現れていると、テレビ画面内で、フレージャーが言うのですが、それが、頷けるのです。そのように、番組とその映像の数々は進行しますが、無論、過剰な演出があるわけでもなく、やらせがあるわけでもありません。
登場人物は、ジョー・フレージャー自身、その長男と次男、当時のスポーツライターが三人ぐらい、当時のフレージャーの付き人が、二人、アリ側の主治医、および誰かが一人、全部で10人の人が肉声で語り、映像として、ちょっと前のモハメッド・アリの映像が出ます。
うちの父がパーキンソン氏病にかかったときに当時の名医と仰る方が、これは、「帝王病と言って、思うが侭に生きた人がかかる病気です」と仰ったのです。その裏に、噂としてですが、昭和天皇もこれをわずらっておられると、聞いて「なるほど、おミ足の運びが鈍いし・・・・・」と思い、翻って父に関しても「ある意味で当たっているわね」と母と子どもたちが話し合ったのです。父は白身の魚が好きで、ゲテモノを一切口にしませんでした。それが、原因だったと私は考えています。で、今の子の鎌倉の我が家では、牛筋とか、鳥のレバーや砂肝とか、鳥一羽丸ごとのスープとか、豚の足(アイスバインを我が家で作る)などの、ジェラチン質を含むゲテモノ類を、意識して、多くとっています。
モハメッド・アリも贅沢なものを食べ、自分の思い通りの発言をし、やりたい放題の事をして、回りを振り回したということで、一種の帝王でした。
同じ週に、私は録画で、日曜美術館を見て、主役のビュッフェがパーキンソン氏病にかかり、結局七十二才で自殺をした事を知ります。そのとき、妻・アナベルの文章が、朗読として、後ろにかかり、「彼は、誰の世話にもなりたくなかったのでしょう」と言っていました。しみじみとした声でした。中島朋子さんです。『北の国』からの蛍ちゃんが大人になって、ナレーションをよくやっていますが、よい声であり、よい表現力です。
さて、ビュッフェがなぜ自殺をしたかと言うと、パーキンソン氏病は、手が震えるのです。だから、絵描きとしてのもっとも大切な道具が使えなくなったわけです。その上、足、そのほか、さまざまな機能が衰えてくるから、苦しいわけで、ビュッフェが自殺をされたのもアナベルの言うとおりでしょう。
うちの父が自殺をしないで済んだのは、たまたま、転んで脳挫傷を、二重の重荷として、発症してしまい、考える能力が衰えて、かつ寝たきりになってしまって、自殺など実行を出来なくなったので、幸いでした。そして、意外と病気の進行が早くて、寝たきりが始まって五年後ぐらいに、まだ、体がやみ衰えていない姿で、顔も普通の段階で、多臓器不全で亡くなったので、比較的に苦しみが少なかったと思われます。
最近の日本では食事がよくなったせいか、帝王と言われるほどお金持ちではない人もパーキンソン氏病にかかるようになって来ました。実は以前、詩の朗読を生で聞いた伊藤比呂美さんも、父上がパーキンソン氏病だと仰っていたのです。
伊藤比呂美さんが、「母の相続問題で、どうしても父の署名が必要だったが、ぎりぎりのレベルで、署名が本人自身が、書くことができた」と仰いました。うちは、父自身が遺言書相続(長男偏重)を望んでいたのですが、その署名が出来るかできないかも、まさにぎりぎりのところだったそうです。ミミズがのたくりまわったような字ですが、ともかく、読めるということで、伊藤比呂美さんと全く同じ状況だったのです。伊藤博美さんが促すにそって、私もそのとき同席していた聴衆と一緒になって、笑いました。が、内心では相当複雑なものがありました。
現在ではパーキンソン氏病が多いので、伊藤比呂美さんは、結構あかるい態度で、物事を仰ったわけです。そこから類推して、父君自身がそれほど、深くは悩んでおられないのを知りました。同類が多ければ、それが一種の普通のこととなるからです。
だけど、罹った本人にとっては、紛れも無く、厳しい病気です。可逆性がないのです。治るということがないのです。特に、肉体を使う職業だった人ほど、その機能の衰えは心に響くはずです。父はプロではないが、相当なレベルで、集中して絵を描いていました。毎晩、十時から十二時まで二時間ぐらい。だから、自分の腕や指先が思い通りには動かないのを、知っていて、悩んでいました。特に当時は患者数が少なかったので、自分だけ天罰が当たったがごとく考えた可能性もあります。・・・・・
さて、アリ自身の言葉は、その番組内では出てきませんでした。だけど、フレージャーが、冒涜の言葉を吐いたとは思えません。なぜ、そう思えるのかを、次報で語らせてくださいませ。
2009年6月10日 雨宮 舜
しかし、夜の八時にチャンネルをそちらに合わせる前には、主人が反対しました。我が家にはテレビは一台しかないので、久しぶりのチャンネル争いです。しかし、主人は別に他のものを見たいわけではなく、ボクシングそのものを嫌いなのでした。私もスポーツとしてのボクシングは確かに嫌いです。観たいとは思わない。しかし、「この番組には、きっと別の問題が隠されているのよ。それが重要なんだと思うわ」と主張して、二人で一緒に見ました。
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深い感動を与えられました。特に、貧乏くじを引いているフレージャーが、美しい顔をしていることに。フレージャーのお子さん方は、ともかく、ちゃんとした生活をしている模様です。だけど、フレージャー自身は、ジム(三階建て)の上階で、寝泊りしているのです。言ってみれば今放映されているNHKの朝ドラ『つばさ』の真奈瀬・社長みたいな生活です。
あ、ここで、ちょっとわき道にそれますが、『つばさ』の方は視聴者側で、賛否両論だそうです。サンバ・ダンスの挿入他、けたたましすぎる演出があって、そこに拒否感を抱く人が多いらしい。しかし、毎週クライマックスがあって、毎週涙がこぼれるような設定なので、出演者たちは、このドラマにほれ込んで熱演している模様です。脚本家も、演出家も、もう、過剰なサービスをしなくても、良いのではないかなあ。返って、その方が視聴者はついてくるでしょう。「視聴者の鑑賞力を、信じなさい」といいたいです。特によく観ていると、決して前衛劇ではなくて、古いタイプの人情劇であり、一般の大衆が「それ、それ」と頷くような解決策が毎回示されるので、もっと人気が上がっても良いと思います。
元に戻ります。ジョー・フレージャーと、モハメッド・アリ(旧名・カシアス・クレイ)と小泉さんはなんと、1942年の一月に相前後して生まれています。だから、彼らが生きた時代は現代史・そのものです。アメリカ現代史、そのものを語ることとなっています。
その中で、試合中では、ほとんど勝っていながら、大スターのアリと比べれば、呆れるほどの貧乏の中に、今現在住んでいるフレージャーの私生活、これが先ず劇的です。その人生はさることながら、現在の生活そのものが劇的なのです。
そして、彼が言う「アリは、(パーキンソン氏病にかかったことにより)神様につけを払っているのではないかなあ。天国に行く前に、神様は、アリのやったことの支払いを求めている(概要)」と言うのですが、それが全くいやみなく、受け取れます。つまり、仏教の世界で、わたくしたちがよく言う、例の因果応報が目の前で現れていると、テレビ画面内で、フレージャーが言うのですが、それが、頷けるのです。そのように、番組とその映像の数々は進行しますが、無論、過剰な演出があるわけでもなく、やらせがあるわけでもありません。
登場人物は、ジョー・フレージャー自身、その長男と次男、当時のスポーツライターが三人ぐらい、当時のフレージャーの付き人が、二人、アリ側の主治医、および誰かが一人、全部で10人の人が肉声で語り、映像として、ちょっと前のモハメッド・アリの映像が出ます。
うちの父がパーキンソン氏病にかかったときに当時の名医と仰る方が、これは、「帝王病と言って、思うが侭に生きた人がかかる病気です」と仰ったのです。その裏に、噂としてですが、昭和天皇もこれをわずらっておられると、聞いて「なるほど、おミ足の運びが鈍いし・・・・・」と思い、翻って父に関しても「ある意味で当たっているわね」と母と子どもたちが話し合ったのです。父は白身の魚が好きで、ゲテモノを一切口にしませんでした。それが、原因だったと私は考えています。で、今の子の鎌倉の我が家では、牛筋とか、鳥のレバーや砂肝とか、鳥一羽丸ごとのスープとか、豚の足(アイスバインを我が家で作る)などの、ジェラチン質を含むゲテモノ類を、意識して、多くとっています。
モハメッド・アリも贅沢なものを食べ、自分の思い通りの発言をし、やりたい放題の事をして、回りを振り回したということで、一種の帝王でした。
同じ週に、私は録画で、日曜美術館を見て、主役のビュッフェがパーキンソン氏病にかかり、結局七十二才で自殺をした事を知ります。そのとき、妻・アナベルの文章が、朗読として、後ろにかかり、「彼は、誰の世話にもなりたくなかったのでしょう」と言っていました。しみじみとした声でした。中島朋子さんです。『北の国』からの蛍ちゃんが大人になって、ナレーションをよくやっていますが、よい声であり、よい表現力です。
さて、ビュッフェがなぜ自殺をしたかと言うと、パーキンソン氏病は、手が震えるのです。だから、絵描きとしてのもっとも大切な道具が使えなくなったわけです。その上、足、そのほか、さまざまな機能が衰えてくるから、苦しいわけで、ビュッフェが自殺をされたのもアナベルの言うとおりでしょう。
うちの父が自殺をしないで済んだのは、たまたま、転んで脳挫傷を、二重の重荷として、発症してしまい、考える能力が衰えて、かつ寝たきりになってしまって、自殺など実行を出来なくなったので、幸いでした。そして、意外と病気の進行が早くて、寝たきりが始まって五年後ぐらいに、まだ、体がやみ衰えていない姿で、顔も普通の段階で、多臓器不全で亡くなったので、比較的に苦しみが少なかったと思われます。
最近の日本では食事がよくなったせいか、帝王と言われるほどお金持ちではない人もパーキンソン氏病にかかるようになって来ました。実は以前、詩の朗読を生で聞いた伊藤比呂美さんも、父上がパーキンソン氏病だと仰っていたのです。
伊藤比呂美さんが、「母の相続問題で、どうしても父の署名が必要だったが、ぎりぎりのレベルで、署名が本人自身が、書くことができた」と仰いました。うちは、父自身が遺言書相続(長男偏重)を望んでいたのですが、その署名が出来るかできないかも、まさにぎりぎりのところだったそうです。ミミズがのたくりまわったような字ですが、ともかく、読めるということで、伊藤比呂美さんと全く同じ状況だったのです。伊藤博美さんが促すにそって、私もそのとき同席していた聴衆と一緒になって、笑いました。が、内心では相当複雑なものがありました。
現在ではパーキンソン氏病が多いので、伊藤比呂美さんは、結構あかるい態度で、物事を仰ったわけです。そこから類推して、父君自身がそれほど、深くは悩んでおられないのを知りました。同類が多ければ、それが一種の普通のこととなるからです。
だけど、罹った本人にとっては、紛れも無く、厳しい病気です。可逆性がないのです。治るということがないのです。特に、肉体を使う職業だった人ほど、その機能の衰えは心に響くはずです。父はプロではないが、相当なレベルで、集中して絵を描いていました。毎晩、十時から十二時まで二時間ぐらい。だから、自分の腕や指先が思い通りには動かないのを、知っていて、悩んでいました。特に当時は患者数が少なかったので、自分だけ天罰が当たったがごとく考えた可能性もあります。・・・・・
さて、アリ自身の言葉は、その番組内では出てきませんでした。だけど、フレージャーが、冒涜の言葉を吐いたとは思えません。なぜ、そう思えるのかを、次報で語らせてくださいませ。
2009年6月10日 雨宮 舜