新・眠らない医者の人生探求劇場・・・夢果たすまで

血液専門医・総合内科専門医の17年目医師が、日常生活や医療制度、趣味などに関して記載します。現在、コメント承認制です。

仕事と「やりがい」と教育

2009-07-12 17:06:38 | 教育

さて、続けます

 

先程、コメントで「やりがいと待遇(仕事)」に関しての話がありました。

参照: http://blog.goo.ne.jp/amphetamin/e/a177fb6b29709c630a2d8b10ce2c562f

 

「”日本的雇用システムの問題が難しいのは、それが欧米型の雇用システムのようにやりがいの薄い仕事をやらせる代償として高い労働条件を保障するという社会的交換ではなく、やりがいのある仕事をやらせる分、労働条件にあまり文句が言えないという社会的交換になっている面があるからです。”(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/posse-d9eb.html)」

 

 

僕は日本の雇用システムがおかしいと思っている人間です。ついでに言うのであれば効率性があまりにも悪いのではないかという思いがあります。

 

 

何故多くの人が「残業しないといけない」ような仕組みになっているのだろうか…と不思議に思っています。それでは、本当に仕事のために生きているようなもので…何のために生きているのだか・・・・と思ったりします。

 

 

理由として・・・確かに「仕事量が多い」というのはあるのだと思います。一部ですが・・・。

 

 

僕はまず・・・やりがいのある仕事に就けずに・・逆を言うと個人の能力を発揮させずに「管理する」日本的な考え方が問題ではないかと考えています

 

日本人の義務教育の良いところは「全のための歯車の一部として機能できるように教育を行っていること」だと思います。表現が回りくどいのですが、他の人間と同じことができること…を要求している点だと思います。自主性を重んじていないと言えばそれまでですが・・・。

 

 

これはテストで「○+▽=7」と書かれる欧米のものと「3+8=□」と書かれる日本のものでは違うだろうと思うのです。

 

 

応用力を要求するのではなく「同じ答え」を要求する。それは「全の中の個」として「管理」されていくことには良い方に向かうと思います。

 

しかし、部品の性能は「同じこと」をやらせれば「部品ごと」に違います 人を「部品」というのは抵抗がありますが、もし「国」「会社」などに対しての「部品」としての教育であれば、これは管理されていると思わない「日本の教育」の素晴らしい面かもしれません。

 

 

逆にこの面を持ちながら「応用力」を発揮できるような教育がほしい・・・そう思っています。

 

 

モーターとしての才能を持ちながら、自分の才能の分野ではなくみんなと同じ「仕事」をする。それはおかしいのではないか・・・そう思います。

 

 

モーターとして「超一級」の才能はモーターとして使われますが、他は「その才能」に気がつかずに、才能を腐らせて終わらせてしまう。今の日本の教育からはそんな要素を感じます。

 

 

どの部品にでもなれる「他を補える能力」はあった方が良いと思いますが、それぞれの「才能」をうまく発揮できるようなそんな社会になってほしい。そう僕は思っています。

 

 

僕は自分の能力は医療や教育という分野にあると思っていますし、そう言う意味では天職についていると信じています。

 

全ての人が「天職」と思われる「やりがいのある職業」につき、その力を発揮できれば・・・。 もしくは「天職」と思われる「趣味」などを持ち、その為に生きて…その転職を行うために「目を輝かせて」補職を行うことができれば、日本という国が輝いてくるのではないかと思ったりします。

 

 

相変わらず青臭いことを言うな~と自分でも思いますが、そんな夢に向かって進み続けるような人間が多ければ多いほど、子供たちも輝いていくと思いませんか?

 

 

やりがいのある職業…と何の関係があるのか…と言われると困るのですが、僕はやりがいのある職業というのは誰にでもあると思います。

 

責任ある仕事だからやりがいがある…ではなくて、楽しいから・・自分の夢だからやりがいがあるのだと思います。

 

そういう「夢」のある職業に就けるような社会。そう言う仕事に携わっていく国民。もしくは夢に向かっての資金を集めるための仕事・・・。これであれば「仕事」の向こうに「夢」が見えます。やりがいがでてくると思います。

 

その「やりがい」を見つけだすことも「教育」の意味だと思います。ただ、管理されて「会社の一員」「社会の一員」になるための教育ではなく、「やりがい」を「生きる意味」を見出すこと・・・それが教育の意味だと思います

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なかのひと 

 

だんだん、眠くなってきました。1時間くらい寝ようかと思います・・・。

 

気がついたら数時間たってたりするんだよな・・・・。

では~

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当直から帰ってきました:大学病院の医師の待遇をもう少し良くしませんか?

2009-07-12 16:19:42 | Blogを書く理由

こんにちは

 

今、当直から帰ってきました。

 

直帰じゃないのか・・と言われますと・・・・直帰なんですよ。一応。昼飯を食べに行っただけです。

 

 

何で、当直明けで午後なのかというと・・・昨日からこんな経過です。

 

 

昨日・・朝8:30に当直交代の後、病棟の患者さんの状況の把握、その他を行いました。病棟全体はやや安定しており、さらに今週の準備をしておりました。

 

Sibling donorの末梢血幹細胞の採取とバンクドナーからの移植を行う患者さんの準備・・・・。 準備といっても、研修医などに手順を教えたりしていただけですけどね。その他やっておきたいことをやっていただけ。

 

その間に何人か救急外来の患者さんを診察。電話対応などをして…気がつくと夕方。

 

その後、病棟の患者さんにエコーをあてたり、いくつかやっておきたいことをしていました。

 

 

夜中(3時過ぎ)に病棟の患者さんが胸痛を訴え、たたき起され、それに対応。

朝一番にまた急患来院して、それに対応。

 

その後、病棟の患者さん対応。今日の入院患者さんの対応などなど、いろいろやっているうちに午後になっていました

 

今、実はかなり眠いです。

 

こんな状況ですが当直料はありませんw

食事も出ませんw

 

まぁ、僕の場合医療が趣味みたいなものなので、あまり苦痛もないのですが・・・。

ただ、これが仕事だと思うとなんか微妙だとは思います(笑

 

 

僕は多くの大学病院の医師よりは・・僕自身の待遇はまだ「良い待遇」なのだと思います。これより悪い待遇の医師は多いわけで・・・。

 

先日、新しく大学にもどられたスタッフの先生が「仕事は増えたが給料は半分になった」と言っていましたが、大学病院というのはそんな状況です。

 

 

「良い医師を育てよう」と思うのであれば、大学病院の医師の待遇をもう少し良くする方が良いと思いますけどね

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なかのひと 

そうでないと・・少し「良い」生活をしようと思ったらアルバイトをしなくては大学病院の医師はやっていけないでしょうし、そのことはひいては学生を教えたり研修医を指導したりする時間などがなくなるわけですから。

 

大学病院の医師が安定するようになれば「研究」のレベルも上昇するでしょうし、臨床レベルも上がってもよいのではないかと思います

 

 

僕はそう思うのですけどね・・・・

 

ということで、昨日の分も今から記事を書きます

では、また。

コメント (3)
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