◆ ウロス・ビヌンサアン部分
経絣、緯糸浮織、縫取織、昼夜織の組み合わせ
経絣、緯糸浮織、縫取織、昼夜織の組み合わせ
◆写真1 中央がイカット、両サイドがソティスの組み合わせ
◆写真2 ブナとの組み合わせ
◆写真3 全面ブナで織られた布
◆写真4 ブナの製織
◆写真5 イカットとブナの組み合わせ
◆写真6 写真5のブナの部分
◆写真7 アノ イカット、経糸紋織、綴織の組み合わせ
◆写真8 写真7のアノの部分
◆写真9 ウロス・ピヌンサアン
◆写真11 ウロス・ラギ・ホタン
織り端市のシラットと両耳のシマタ
織り端市のシラットと両耳のシマタ
◆写真12 シラット部分
◆写真13 シラットの製織
『インドネシアの絣(イカット)』- イカットのプロセス<Ⅳ〉コンビネーション combination - 後編 富田和子
◆多彩なコンビネーション ティモール島
『インドネシアの絣(イカット)』- イカットのプロセス<Ⅳ〉コンビネーション combination - 後編 富田和子
◆多彩なコンビネーション ティモール島
イカットの盛んな東ヌサ・トゥンガラ地方の東端に位置するティモール島は、2002年5月に東ティモールがインドネシアから独立し、今では二つの国に分かれてしまった。以前は島全域において盛んに制作されていたが、独立に至るまでの紛争の間、ティモール島の織物は衰退していた。2001年に西ティモールを訪れた時には、イカットを織っている人にはなかなか出会えず、紛争の影響で島を訪れる観光客がいなくなり、織っても布が売れないので織らなくなったという話を耳にした。それから6年近く経ち、現状はどうなっているのか、またティモール島を訪れたいと思っている。
ティモール島の布は他の島々と比べてみても特異で、3枚仕立ての布や化学染料の鮮やかさ、独特な鉤模様や動物模様、他の技法との組み合わせなど、デザイン、モティーフ、色彩、技法のいずれも多種多様で、地域ごとにそれぞれ特徴のある布が織られている。ティモール島には主に経絣=フトゥス(Futus)、昼夜織=ソティス(Sotis)、縫取織 =ブナ(Buna)、綴織=アノ
(Ano)といった4つの織技法がある。
※昼夜織=ソティス(Sotis)
主にティモール島とその周辺の島々で織られている昼夜織は地を織る経糸を浮かせ、組織を変化させて模様を表す織り技法である。数本の竹を用い、上糸と下糸の異なる2色の経糸によって模様を表し、表裏の模様は陰陽反対の配色となって現れる。写真1 はイカットの両サイドに昼夜織りを組み合わせた布である。
※緯糸紋織(浮織と縫取織)=ソンケット(Songket)
緯糸紋織とは地を織る糸のほかに模様のための緯糸を用い、 その緯糸を浮かせ、模様を表す織技法である。絹や木綿の色無地に金糸や銀糸、色糸を緯糸に用い、地の糸と模様の糸を交互に織り込んで、模様を織り表したもので、緯糸の入れ方によって2つの技法に分けられる。模様の緯糸が織り幅全体に通るものを緯糸浮織、一模様ごとに緯糸が往復するものを縫取織というが、インドネシアではどちらも一般的にソンケットと呼ばれ、イカットを織らない地域ではソンケットが織られているというように、各地で盛んに織られているがティモール島では緯糸浮織は見られず、緻密な縫取織が行われている。
※縫取織=ブナ(Buna)
ティモール島ではイカットと縫取織の組み合わせも多く見られる。縫取織はブナと呼ばれ、他の地域には無い独特な織り方が行われている。 写真4のようにブナの織面は布の裏側になる。まず竹べらで2本の経糸を拾い、その経糸に巻き付けるようにして緯糸を入れる。次に経糸2本のうちの1本を残し、隣の1本を拾い経糸2本を一単位として次の色糸を巻き付ける。次々と模様に合わせて緯糸の色を変えながら、一段終わると地織の緯糸を入れるという作業を繰り返し、地の糸と模様の緯糸を交互に織り込んでいく。
写真3は写真4で織っている布の表側で、布一面を細かい縫取織で織っている。
緯糸の色数と模様の細かさは気の遠くなるような作業の連続である。ブナは写真6のように、細かい菱形や三角形を線で表した模様が多く、織面を見るとまるでアウトラインステッチで刺繍をしたかのように見えるので、時々刺繍だと説明されている場合も見受けるが、これは織られたものである。
※綴織=アノ(Ano)
綴織は地も模様も平組織であるが、経糸が表面に現れないように緯糸を打ち込み模様を表す織技法である。緯糸は織り幅全体には通らず、模様に合わせて各色の緯糸の必要部分を折り返しながら、手のみの操作により絵画的で精巧な模様を表す。隣り合う各色の緯糸はその境目で折り返され、そこにハツリ(空孔)が生じるのも特徴である。古代エジプトのコプト織、プレインカ時代の織物、フランスのゴブラン織、京都の西陣織の綴帯など、世界各地で古代から現代に伝わる織技法であるが、インドネシアでは珍しく、織物の一部に装飾的に用いられているに過ぎず、私は今までにティモール島でしか見たことがない。
写真8の綴織は布の両端近くに織られているが、さらに平織りを加えているので、織り端の始末というわけではなく、織り端の始末としては、布端を丁寧に糸で巻いてある。
◆重厚なコンビネーション スマトラ島
スマトラ島北部のトバ湖周辺に居住するトバ・バタック族は「ウロス」という伝統的な布を所有している。現在ではそれ程厳密な用いられ方はされていないが、模様や技法、構成や大きさなどにより約50種類の名称があり、それぞれに固有の役割や意味やランクが決められていたという。故郷を離れ、インドネシア各地に移り住む現在であっても、通過儀礼に際して、ウロスは重要な役割を担っている。誕生の時にはウロス・パロンパ(抱え布)、結婚式にはウロス・ヘラ(婚礼の布)、死に際してはウロス・サプット(包み布)というように、トバ・バタック人は生涯に少なくとも3回ウロスが贈られるという。さらに女性は最初の妊娠の時にウロス・ニ・トンディ(魂の布)を贈られる。また、こうした儀式に参列する場合には必ずウロスを身に着けなければならない。トバ・バタック人にとってウロスは単なる贈り物としてではなく、受け取る人に祝福を与え、バタック人としてのアイデンティティを示す重要な布である。
ウロスはティモール島の布とは対照的に地味な色合いが多いが、様々な技法を組み合わせた布も多い。写真9は経絣、緯糸浮織、縫取織、昼夜織のコンビネーションによる「ピヌンサアン」という名称のウロスである。それぞれの布は別々に織られ、縫い合わせたものではあるが、両サイドのエンジの布の両端は緯糸浮織、中央の布との境界は昼夜織、中央の白地部分には黒と赤の緯糸浮織、中央の黒地部分は経絣、織り端には縫取織によるベルト状の飾りが織られ、格の高い布とされている。特に中央部分が特徴で、中央の布の両端に配置された白地に浮織部分の上部にある幅広の模様には男性の模様と女性の模様があり、1枚の布において同じ模様を用いることはなく、男性と女性の模様をペアとして用いるので両端の模様は異なっている。子供達が皆結婚し、孫や曾孫が産まれるほど長生きをして老齢で亡くなった人には、人生を全うした敬意を込めて、この種類のウロスが贈られ、遺体を包む布にされるという。
※シマタ(Simata)
ウロスにはビーズもよく使われ、縫取織と共に、緯糸にビーズを通し織り込んで、模様を表した華やかなウロスも制作されている。また写真11のように左右の織り耳の部分にビーズで縁取りをしている布もある。ビーズの縁取り部分はシマタと呼ばれ、細くて長い刺繍用の針に、赤、黒、白のビーズを3個ずつ通し、ブランケットステッチで縫いつけたものである。染織品や家の装飾にもよく使われる赤、黒、白の三色は信仰と神話に由来した三神の馬の色を表し、赤は地上を、黒は天上界を、白は天と地の間を意味するという。
※シラット(Sirat)
ウロスの織り端のベルト状の飾りはシラットと呼ばれている。技法は一般的に縫取織りと解説されているが、このシラットを織る道具はとてもシンプルで、織り方も独特であり、カード織りに似ている。カード織りは織機を使わずに十数枚1から数十枚の手のひら大のカードを使う。カードの四隅に穴を開けて経糸を通し、カードを回転させることにより、経糸を上下に開口し、緯糸を入れて織っていく技法である。経糸の配色とそれぞれのカードの回転方向によって、単純な構造であるにもかかわらず複雑な模様も織ることができるが、織り幅が広くなるほど経糸の本数が増えるので、カードの枚数も増え、カードの束を両手で抱え回転させながら織る。ウロスを織端を縁取るシラットはこのカード織りの原理と同じであるが、使う道具は小さな小枝を使っていた。(写真13 )小枝の両端に穴を開け赤と白の糸を通す。その他に黒と白、茶色と白、赤と赤の糸などを組み合わせて用い、小枝を回転させながら、織り端の房を挟み込むようにして、一段ずつ織り進んでいく。一段ずつ織るので、この小枝に通す糸を緯糸と考えれば縫取織になるかもしれないが、小枝に通す糸を経糸だと考えると、本体の経糸である房を緯糸として入れていくことにもなり、スンバ島のイカットに見られるカバキルと同じ発想になる。ちなみにインドネシアでのカード織りはスラウェシ島のトラジャで行われおり、このシラットの技方は、両者の特性を併せ持っているようで、とても興味深いものであった。また、厚みもあり、幅も広く、重厚感のあるこのシラットが、わずか数センチの細い小さな棒(小枝)1本で織られていると知った時には、驚嘆したものである。
イカットの自由な表現を可能にしてくれたシンプルな織機は、他の技法にとっても同様であり、数本の棒を用いただけの最も原始的といわれる織機であっても、生み出される布の表情はイカットと他の技法との様々なコンビネーションにより、実に多彩であり、豊かなものである。