ART&CRAFT forum

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絣の宝庫-ヌサ・トゥンガラの旅 (5) 富田和子

2015-12-01 08:37:57 | 富田和子
1996年6月20日発行のART&CRAFT FORUM 4号に掲載した記事を改めて下記します。

 スンバ島には、他の島では見られない「カバキル」を織り加えた布がある。この島では男性用のヒンギ(絣文様の腰巻き)は、織り上がった布を二枚縫い合わせて一枚のヒンギとするが、カバキルとは、この二枚縫い合わせた布の両端の房の部分に織り込んだ幅5~6センチ程のベルト状の飾りのことである。このカバキルの制作工程も、今回の旅でぜひ見ておきたいことの一つであった。だが、前日訪れた三つの村では見ることができなかった。旅の帰路であるバリ島へ発たなければならないその日の朝に、ワインガプー近郊の村でカバキルを織っている女性と出会えた。家の人口に竹の棒を渡し、カバキル用の経糸が取り付けてある。織り上がっている布をその右側に置き、房を4~5本ずつ器用に拾い上げ、カバキルの緯糸として織り込んでいく。幅が120センチもある布に対してバランス良くカバキルを織り付けるために、前に伸ばした足の指で布端を挟み、布をピンと張った状態にしていた。このカバキルもまた縞模様や絣や紋織など、かなり手の込んだものも見られて面白い。経糸が経糸のままで終わるのではなく、緯糸にも成り得るという自由な発想がカバキリにはあり、経糸さえあれば、どこにでも綜絖を取り付けて織ることができるという地機の特性をよく表している。
 家の中では男性が三人、絣括りをしていた。糸束には赤と青で色分けされた下絵が描いてある。絣括りを行う時には下絵は描かず経験と勘によるというのが、もっぱら伝えられるところである。何だ…下絵を描くこともあるのだとその時は思ったが、後々になってその理由が判明した。本来布を織るのは女性の仕事である。しかし、観光客にイカット等の布が売れるので、最近では男性も制作に加わるようになったという。子供の頃から母親の傍らで習い覚えた女性達と違って、新参者の彼らには下絵が必要なのだった。ビジネスとして成り立つのであれば、男性も参入してくるのだ。確かに日本の伝統織物産業には、当然のことながら多くの男性が携わっている。果してスンバ島の「イカット産業」は、今後どのようになっていくのだろうか。開け放された窓からの土埃にまみれ、バスの中で飛び上がる程揺られたデコボコ道も、一年後には舗装されクーラーの効いた快適なバスの旅となった。その道路に並行して電線が走り、遠く離れたカリウダ村にも電気が引かれた。村の入口には巨大なパラボラアンテナが陣取っている。田畑の灌漑設備の充実によって、織物をする筈の農閑期が減少する。ライフサイクルの変化が村人にとって本当に必要であれば良いけれど…。ただ素晴らしい織物が作り続けられていくことを、願うばかりである。
 多くの収穫を与えてくれたこのヌサ・トゥンガラの旅は、私にとってインドネシアの染織を訪ねて通う旅の序章となって終わった。    (終わり)