糞犬（トンケ）

　北朝鮮は６月１６日、南北協調の象徴ともいえる南北共同連絡事務所を爆破し、韓国に衝撃を与えました。

　これに先立ち、金正恩の実妹である金与正（キム・ヨジョン）朝鮮労働党中央委員会第一副部長は、複数回にわたって、韓国を非難する激越な談話を発表していました。

　例えば、６月４日に発表された談話（リンク、韓国語）はこんな感じ。

自ら禍（わざわい）を招くな

　去る5月31日、「脱北者」とかいうやつらが前線一帯に忍びより、数十万枚の反共和国ビラをこちら側に撒きちらすという、ならず者の所業を行ったという報道を見た。

　問題は、人間の価値もない屑どもが、むやみにわれわれの最高尊厳にまで手を出し、「核問題」を取り上げて、無礼にも弄んでいることだ。

　この馬鹿ども、「脱北者」というやつらが、何をしたやつらなのか、知っているのだろうか。

　本当に奇観と言わねばならない。

　文字をやっと拾い読みできるかどうかの、この馬鹿どもが、意味もわからず「核問題」を論じようとするなど、「書堂の犬が風月を吠えた」というほかない。

　偉大な祖国を裏切った、野獣どもにも劣る人間汚物たちが、人間の真似をしようと、嬉々としてやってみたのが、あんな所業だとは、悪臭漂う口の手入れもできずに、吠えつくやつらは、トンケ（糞犬）と言うほかない。

　トンケどもは所詮トンケどもであって、そいつらが忍びよって、たちの悪いことをしまくっているのだから、責任は、その飼い主に問わなければならない。

　最も不適切な時期を選んで、最も卑劣な方法で「核問題」を取り上げて、われわれへの誹謗中傷をはばかりなく行ったトンケ、屑どもの所業に対する後始末をする準備ができているのか、南朝鮮当局者たちに問いたい。

　兄、金正恩を非難するビラを撒いた「脱北者（北朝鮮を脱出して韓国に来た人たち）」に対する怒りが収まらない様子で、脱北者に対する罵倒があふれています。

「脱北者」というやつら

の原文は、

'탈북자'라는 것들

　「것」は「物」。人間を「物扱い」することで相手を貶める、韓国語の罵倒表現の基本です。

　これ以外にも、

人間の価値もない屑ども

文字をやっと拾い読みできるかどうかの馬鹿ども

野獣どもにも劣る人間汚物たち

トンケ（糞犬）

などの罵倒表現が続きます。

　途中、こんな表現が出てきました。

書堂の犬が風月を吠えた

　これは、

書堂の犬、三年で風月を詠う（吠える）

という韓国のことわざです。

　書堂というのは、日本の昔の寺子屋にあたるようなところで、子どもたちが「千字文」という漢字の教科書を、声に出して読みながら、文字（漢字とハングル）の読み書きを習うところ。書堂に三年間住んで、毎日千字文を読む声を聞いていると、犬でも文を読むようになる。すなわち、ある分野についての知識と経験が全くない人でも、その部門に長くいれば、いくらかの知識と経験を持つようになるという意味。日本の「門前の小僧、習わぬ経を読む」と同義です。

　トンケ（똥개）というのは、直訳すると「糞犬」で、雑種の犬のこと。「糞を食べる犬」に由来します。雑犬、駄犬、野良犬などと訳せるかもしれません。韓国では、しばしば悪口として使われます。

〈参考〉犬のイメージ

　私が韓国にいたとき、「トンケ」という韓国映画を観たことがあります。コメディータッチの面白い映画でした。あらすじは…

　主人公は、幼くして母をなくし、父と二人で暮らしています。学校では友達もなく、いじめられていて、「トンケ」というあだ名で呼ばれていました。

　ある日、父親が子犬をプレゼントしてくれました。トンケは、その犬にも自分のあだ名と同じ「トンケ」という名をつけ、どこへ行くにも一緒というように、仲良く暮らすようになりました。

　ところが、伏の日（日本の土用の丑の日みたいなもの）、チンピラとつながりのある高校の先輩が、犬のトンケを捕まえて解体し、あろうことかポシンタン（犬鍋）にして、食べてしまったのです。韓国には伏の日に犬鍋を食べる習慣があります。怒り狂ったトンケ（人間のほう）は、先輩たちをぼこぼこにし、この暴力事件が原因で学校を退学になります。トンケは、腕っぷしは強かったのですね。その後、トンケはチンピラ集団の抗争にまきこまれていく…（以下略）

 　金与正の談話を読んで、映画「トンケ」（２００３年封切り）を懐かしく思い出しました。日本でも、「トンケの蒼い空」という名でDVD化されているようですので、興味のある方はご覧ください。