4月21日、ソウル地裁(民事第15部)は、慰安婦問題について、「韓国の裁判所が日本政府に損害賠償責任を問うことはできない」という判決を下しました。
この判決は、今年1月8日、同じソウル地裁(民事第34部)で下された、「慰安婦動員は重大な反人道不法行為なので、例外的に日本政府に国家免除を適用することはできない。被害者に1億ウォン(約968万円)ずつ支払わなくてはならない」という判決に真っ向から対立するものです。
実は、4月21日の判決に先立って、ソウル地裁は、3月29日にある重要な決定をしていました。それを、中央日報が4月20日にスクープしています(リンク、韓国語)。
ソウル中央地裁民事34部は、3月29日、故ペ・チュンヒさんら12人が日本政府を相手どって起こした損害賠償裁判での勝訴について、「(韓国政府の)国庫による訴訟支援金の取り立てについての決定」を下した。「国の支援金で進められた今回の訴訟で、被告である日本政府が負担する費用はないという点を確認する」という内容だった。裁判所は、この決定を日本側にも伝えた。
この決定は、いろいろな意味で異例です。
一つは、訴訟費用について、当事者(原告、被告)の申請がないのに、裁判所が職権で決定を下したこと。
もう一つは、裁判所の同じ部局(民事34部)が、約3か月前に自ら下した本案訴訟の内容を否定していることです。
3月29日の「決定文」は、1月8日の本案訴訟判決について、次のように述べているそうです。
「本案訴訟は、日本政府の国家免除(特定国家は他の国の司法判断に拘束されないとする国際法の原則)を認めず、原告勝訴の判決を確定した」
「しかし、外国に対する強制執行は、その国の主権と権威に傷つけるおそれがあり、慎重なアプローチが必要だ」
「この件の訴訟費用を強制執行すると、国際法に違反する結果を招きかねない」
「外国政府の財産に対する強制執行は、現代文明国家間の国家的威信に関わるもので、これを強行すれば、わが国の司法に対する信頼を損ねるなど、重大な結果につながるおそれがある」
裁判所は、1月8日の判決において、慰謝料だけでなく、「訴訟費用も日本が負担せよ」という注文をつけていました。今回の決定文は、直接的には、「訴訟費用を日本に請求することはしない」という決定です。さらに、本案訴訟の判決そのものにも否定的意見を列挙しています。
「今回の事件は、記録に示されたすべてのデータを見ても、国連(UN)国家免除条約上の外国政府に対する強制執行の要件を満たしておらず、これを認めるには条件不足だ」
「日本政府の財産を強制執行することになれば、憲法上の国家安全保障、秩序の維持、公共の福利と衝突する結果につながりかねない」
「日本政府から、この事件の訴訟費用を取り立てることを決定することは、国際法に違反する結果をもたらす」
「条約法に関するウィーン条約によれば、いかなる国も、国際条約を履行しないことを正当化するために、司法判決などいっさいの国内事情を援用してはならないとされている」
「極端なケースとして、条約が国内的に違憲で無効だとされても、特別な事情がない限り、大韓民国には条約を遵守する義務がある」
「確定判決による権利も、信義則に基づいて行使されなければならず、判決に基づく執行が権利濫用となる場合には、許可しないという最高裁の判例がある」
まさに、1月8日の判決を真っ向から否定するものです。さらに、3月29日の「決定文」は、1965年の韓日請求権協定について、
「国際司法裁判所(ICJ)は、ほぼすべての平和条約と戦後処理の慣行から、国家間で総額精算をする場合、犠牲者一人一人に対する賠償は必須規範ではないと判断した」
「ICJは戦時に他の国の領土で武装した軍隊によって行われた不法行為に基づく損害について、国家免除を認めている」
と述べ、2015年の韓日慰安婦合意については、以下のように指摘しました。
「最近も、両国政府は、慰安婦の合意の有効性を確認しており、すでに相当数の被害者が基金(和解・治癒財団)からお金を受けとっていて、残ったお金が日本に返還されていない」
今回の決定文が、当事者の申請なしに出されたことについて、裁判所は、「判決確定後、記録を保存する手続きに先立って下した決定」、「異例の決定ではあるが、確定判決の効力には影響を及ぼさない」と説明しているそうです。
「確定判決」の効力は有効なので、「日本政府に賠償金の支払いを求め続けてもいい」、しかし、「韓国政府が立て替えた訴訟費用について、日本政府に負担を求めない」ということのようです。
同じ部局が、自ら下した判決内容を否定するという異例の事態は、人事異動が関係しています。そのあたりの事情を、4月22日付中央日報が伝えています(日本語版1、2)。
文大統領が、1月18日の新年記者会見で、
「正直、少し困惑しているのが事実」、
「強制執行という形で判決が実現されるのは望ましくないと考える」、
「韓国政府は、2015年の韓日慰安婦合意が両国政府の公式合意であるということを認める」
と発言してから2週間ほど経った2月初め、裁判所に定期人事異動があり、慰安婦裁判で原告勝訴の判決を下した中央地方法院民事第34部は、全員が交代。裁判長のキム・ジョンゴン部長判事(49・司法研修院第28期)はソウル南部地方法院部長判事に、キム・キョンソン判事(43・第35期)は全州地方法院部長判事になり、チョン・キョンセ判事(40・第41期)はソウル東部地方法院に配属された。
メンバー全員が交代した民事第34部は、キム・ヤンホ中央地方法院民事第4単独部長判事(51・第27期)が裁判長に着任したが、人事異動が終わってから約1か月後の3月29日、職権で「日本政府に訴訟費用を強制執行するべきではない」という決定を下した。当事者が訴訟費用決定申請をしていないにもかかわらず、裁判所が職権で決定を下して「外国政府に対する強制執行の違法性」を詳細に列挙したのは、極めて珍しい。
この判決は、今年1月8日、同じソウル地裁(民事第34部)で下された、「慰安婦動員は重大な反人道不法行為なので、例外的に日本政府に国家免除を適用することはできない。被害者に1億ウォン(約968万円)ずつ支払わなくてはならない」という判決に真っ向から対立するものです。
実は、4月21日の判決に先立って、ソウル地裁は、3月29日にある重要な決定をしていました。それを、中央日報が4月20日にスクープしています(リンク、韓国語)。
ソウル中央地裁民事34部は、3月29日、故ペ・チュンヒさんら12人が日本政府を相手どって起こした損害賠償裁判での勝訴について、「(韓国政府の)国庫による訴訟支援金の取り立てについての決定」を下した。「国の支援金で進められた今回の訴訟で、被告である日本政府が負担する費用はないという点を確認する」という内容だった。裁判所は、この決定を日本側にも伝えた。
この決定は、いろいろな意味で異例です。
一つは、訴訟費用について、当事者(原告、被告)の申請がないのに、裁判所が職権で決定を下したこと。
もう一つは、裁判所の同じ部局(民事34部)が、約3か月前に自ら下した本案訴訟の内容を否定していることです。
3月29日の「決定文」は、1月8日の本案訴訟判決について、次のように述べているそうです。
「本案訴訟は、日本政府の国家免除(特定国家は他の国の司法判断に拘束されないとする国際法の原則)を認めず、原告勝訴の判決を確定した」
「しかし、外国に対する強制執行は、その国の主権と権威に傷つけるおそれがあり、慎重なアプローチが必要だ」
「この件の訴訟費用を強制執行すると、国際法に違反する結果を招きかねない」
「外国政府の財産に対する強制執行は、現代文明国家間の国家的威信に関わるもので、これを強行すれば、わが国の司法に対する信頼を損ねるなど、重大な結果につながるおそれがある」
裁判所は、1月8日の判決において、慰謝料だけでなく、「訴訟費用も日本が負担せよ」という注文をつけていました。今回の決定文は、直接的には、「訴訟費用を日本に請求することはしない」という決定です。さらに、本案訴訟の判決そのものにも否定的意見を列挙しています。
「今回の事件は、記録に示されたすべてのデータを見ても、国連(UN)国家免除条約上の外国政府に対する強制執行の要件を満たしておらず、これを認めるには条件不足だ」
「日本政府の財産を強制執行することになれば、憲法上の国家安全保障、秩序の維持、公共の福利と衝突する結果につながりかねない」
「日本政府から、この事件の訴訟費用を取り立てることを決定することは、国際法に違反する結果をもたらす」
「条約法に関するウィーン条約によれば、いかなる国も、国際条約を履行しないことを正当化するために、司法判決などいっさいの国内事情を援用してはならないとされている」
「極端なケースとして、条約が国内的に違憲で無効だとされても、特別な事情がない限り、大韓民国には条約を遵守する義務がある」
「確定判決による権利も、信義則に基づいて行使されなければならず、判決に基づく執行が権利濫用となる場合には、許可しないという最高裁の判例がある」
まさに、1月8日の判決を真っ向から否定するものです。さらに、3月29日の「決定文」は、1965年の韓日請求権協定について、
「国際司法裁判所(ICJ)は、ほぼすべての平和条約と戦後処理の慣行から、国家間で総額精算をする場合、犠牲者一人一人に対する賠償は必須規範ではないと判断した」
「ICJは戦時に他の国の領土で武装した軍隊によって行われた不法行為に基づく損害について、国家免除を認めている」
と述べ、2015年の韓日慰安婦合意については、以下のように指摘しました。
「最近も、両国政府は、慰安婦の合意の有効性を確認しており、すでに相当数の被害者が基金(和解・治癒財団)からお金を受けとっていて、残ったお金が日本に返還されていない」
今回の決定文が、当事者の申請なしに出されたことについて、裁判所は、「判決確定後、記録を保存する手続きに先立って下した決定」、「異例の決定ではあるが、確定判決の効力には影響を及ぼさない」と説明しているそうです。
「確定判決」の効力は有効なので、「日本政府に賠償金の支払いを求め続けてもいい」、しかし、「韓国政府が立て替えた訴訟費用について、日本政府に負担を求めない」ということのようです。
同じ部局が、自ら下した判決内容を否定するという異例の事態は、人事異動が関係しています。そのあたりの事情を、4月22日付中央日報が伝えています(日本語版1、2)。
文大統領が、1月18日の新年記者会見で、
「正直、少し困惑しているのが事実」、
「強制執行という形で判決が実現されるのは望ましくないと考える」、
「韓国政府は、2015年の韓日慰安婦合意が両国政府の公式合意であるということを認める」
と発言してから2週間ほど経った2月初め、裁判所に定期人事異動があり、慰安婦裁判で原告勝訴の判決を下した中央地方法院民事第34部は、全員が交代。裁判長のキム・ジョンゴン部長判事(49・司法研修院第28期)はソウル南部地方法院部長判事に、キム・キョンソン判事(43・第35期)は全州地方法院部長判事になり、チョン・キョンセ判事(40・第41期)はソウル東部地方法院に配属された。
メンバー全員が交代した民事第34部は、キム・ヤンホ中央地方法院民事第4単独部長判事(51・第27期)が裁判長に着任したが、人事異動が終わってから約1か月後の3月29日、職権で「日本政府に訴訟費用を強制執行するべきではない」という決定を下した。当事者が訴訟費用決定申請をしていないにもかかわらず、裁判所が職権で決定を下して「外国政府に対する強制執行の違法性」を詳細に列挙したのは、極めて珍しい。
また、別の慰安婦訴訟を担当する民事第15部の裁判長ミン・ソンチョル部長判事(48・第29期)は留任し、2か月後の4月21日、原告敗訴の判決を下した。
これまでの日韓の歴史に関する裁判を、中央日報の記事などをもとに振り返ります。
2011年8月
憲法裁判所が「韓国政府が慰安婦問題について日本と外交交渉をしないのは、被害者の基本的人権を侵害し、憲法違反に当たる」との決定を出す。
憲法裁判所が「韓国政府が慰安婦問題について日本と外交交渉をしないのは、被害者の基本的人権を侵害し、憲法違反に当たる」との決定を出す。
2012年5月
元徴用工裁判で、最高裁は、原告敗訴の二審判決を破棄。
元徴用工裁判で、最高裁は、原告敗訴の二審判決を破棄。
2017年9月
最高裁長官に金命洙(キム・ミョンス)が就任。
最高裁長官に金命洙(キム・ミョンス)が就任。
2018年10月
最高裁、元徴用工裁判で、被告の日本企業に賠償を命じる判決を下す。
最高裁、元徴用工裁判で、被告の日本企業に賠償を命じる判決を下す。
2020年5月
公判が中断されていた1次慰安婦訴訟が3年ぶりに再開。
公判が中断されていた1次慰安婦訴訟が3年ぶりに再開。
2021年1月8日
1次慰安婦訴訟で、ソウル地裁民事第34部(部長キム・ジョンゴン)は、原告勝訴、日本政府に1人1億ウォンずつ支払うことを命じる判決。
1次慰安婦訴訟で、ソウル地裁民事第34部(部長キム・ジョンゴン)は、原告勝訴、日本政府に1人1億ウォンずつ支払うことを命じる判決。
1月13日
2次慰安婦損害賠償訴訟を担当していたソウル地裁民事第15部は、1月13日に予定されていた宣告を延期し、「国家免除論の追加検討」のために、追加で弁論を開いた末、3か月後に「訴え却下」という正反対の宣告を下す。
2次慰安婦損害賠償訴訟を担当していたソウル地裁民事第15部は、1月13日に予定されていた宣告を延期し、「国家免除論の追加検討」のために、追加で弁論を開いた末、3か月後に「訴え却下」という正反対の宣告を下す。
1月18日
文在寅大統領は新年記者会見で、8日の判決に
「正直、少し困惑している」、
「強制執行は望ましくない」、
「2015年韓日慰安婦合意は、日韓両国政府の公式合意であると認める」
と発言。
文在寅大統領は新年記者会見で、8日の判決に
「正直、少し困惑している」、
「強制執行は望ましくない」、
「2015年韓日慰安婦合意は、日韓両国政府の公式合意であると認める」
と発言。
1月23日
慰安婦1次訴訟、日本政府が控訴しなかったため、判決確定。
慰安婦1次訴訟、日本政府が控訴しなかったため、判決確定。
2月初め
ソウル地裁で定期人事異動。民事第34部は、メンバー全員が交代。部長は、キム・ヤンホ。
ソウル地裁で定期人事異動。民事第34部は、メンバー全員が交代。部長は、キム・ヤンホ。
3月29日
民事第34部は、職権で「日本政府に訴訟費用を強制執行するべきではない」という決定を追加で下す。
民事第34部は、職権で「日本政府に訴訟費用を強制執行するべきではない」という決定を追加で下す。
4月21日
ソウル地裁民事第15部は(部長ミン・ソンチョル)、「日帝強占期の慰安婦動員に関し、韓国裁判所が日本政府に損害賠償責任を問うことはできない」と原告敗訴の判決。
ソウル地裁民事第15部は(部長ミン・ソンチョル)、「日帝強占期の慰安婦動員に関し、韓国裁判所が日本政府に損害賠償責任を問うことはできない」と原告敗訴の判決。
文在寅大統領就任後、「元徴用工裁判」で、日本企業への賠償を求める判決が下され、大統領は、「司法の判決を尊重する」と言い続けました。
そして、今年1月、今度は「元慰安婦裁判」で日本政府に賠償を求める判決が出ると、文大統領は「困惑している」「強制執行は望ましくない」「2015年の日韓慰安婦合意は有効」と発言。
すると、2月、定期人事異動で、日本政府に賠償を求めた部局(民事第34部)が全員異動。
そして、3月、新メンバーになった同部局が、「日本政府に対する強制執行は国際法違反」と決定。
さらに、4月、ソウル地裁民事第15部(部長ミン・ソンチョル)は、原告敗訴の判決。
そして、今年1月、今度は「元慰安婦裁判」で日本政府に賠償を求める判決が出ると、文大統領は「困惑している」「強制執行は望ましくない」「2015年の日韓慰安婦合意は有効」と発言。
すると、2月、定期人事異動で、日本政府に賠償を求めた部局(民事第34部)が全員異動。
そして、3月、新メンバーになった同部局が、「日本政府に対する強制執行は国際法違反」と決定。
さらに、4月、ソウル地裁民事第15部(部長ミン・ソンチョル)は、原告敗訴の判決。
文大統領の新年記者会見の発言が、2月のソウル地裁の人事異動や、3月の「決定」、4月の判決に大きな影響をもたらしたように見えます。
韓国は、よく「三権分立」に言及しますが、このような動きを見ると、三権がほんとうに独立して機能しているのか、疑わしいです。
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