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犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

韓国性売買事情②~開国から韓末

2007-02-11 09:01:09 | 慰安婦問題

 19世紀半ば,日本の圧力により朝鮮が開港されると,日本資本が流入し,朝鮮にも貨幣経済が浸透していきます。

 日本人がソウルに住み始めたのは1880年代。

 1884年にはソウルに100人ほどの日本人がいました。1890年ごろからは,本土の芸者が密航してくるようになります。96年,日本が芸者の営業を正式に許可すると,日本からは売春婦が押し寄せます。


 なにしろ当時の日本は世界に冠たる売春大国
 1910年当時,
 中国:16,000人,
 シンガポール:2,000人,
 バタビア,ホノルル,ウラジオストク:各1,000人,
 香港:500人
のいわゆる「からゆきさん」がいたそうです。

 彼女たちの大半は,九州あたりの貧困な家から,詐欺,甘言によって連れてこられた女たち。女衒がどのような手法で彼女たちをだましたかは,鈴木裕子「女性と植民地」(『世界史の構想』朝日新聞社,1993)にくわしい。

 のちの朝鮮人慰安婦の場合と似たようなものでしょう。


 これら,日本人娼婦がソウル明洞あたりで人気を博すると,朝鮮人女性のほうもそれを見逃しはしません。
 日本の圧力下で実施された甲午改革によって,キーセン,などの階級が廃止されましたが,解放といっても職があるわけじゃない。ときあたかも,日本によって鉄道網が整備されてくると,地方の女性もぞくぞくソウルに上ってくる。

 彼女たちは,ソウル中心部で管理組合(のちの券番=検番)を作って,日本人娼婦たちに対抗します。


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