ということで、卒業証明書と成績証明書を請求することとした。無論、機構の学位申請のためである。といいながら、4月期にレポート他の申請資料が準備できるか微妙な状況・・・
まあ、機構の学位を狙える時間は、まだ十分あるので、慎重に対応していくこととしたい。
郵便物が届きました。
内容は、「通信教育部第13期生 学位記授与式(卒業式)開催等について(ご案内)」というもの。2017年3月18日(土)に、美浜キャンパスの体育館で通信教育部、通学課程、大学院合同の卒業式・修了式が行われるとのこと。
「ご都合がよろしければぜひご参加ください」となっています。ご都合が悪いので欠席しようと思っているところです。東京に比べ名古屋から美浜キャンパスなら、そんなに遠くない距離なのです。しかし、逆に、3連休の初日なので、できれば東京に帰りたいと思っています。ゆえに、名古屋に単身赴任だからこそ「ご都合が悪い」という結果になってしまいます。
それに、知っている先生が皆無ですし、行っても何をすればいいのかわかりません。懇親会もあるのですが、参加費が4,000円です。放送大学の懇親会よりは安いですが、今まで産業能率大学=無料、明星大学大学院=タダ、自由が丘産能短期大学=0円という懇親会を潜り抜けてきた立場からすれば、なんで、美浜キャンパスのレストラン風情で4,000円も取るのか、理解に苦しみます。確か、放送大学はホテルでやるので結構高額な懇親会だったように記憶しております。
立食形式で、ノンアルコール(ソフトドリンク、ビールテイスト飲料)だそうで、ここには卒業生だけでなく、ご家族も同額で参加できるみたいです。それがいいのか、悪いのかは別にして、家族同伴の懇親会って、画期的ですね!
それにしても、産能大学の時の卒業式+懇親会は楽しかったな~スクーリングによく参加していたので、知っている先生も多かったし、ブログをやっていたこともあり、友人もそれなりにいました。今の本学の学長先生と初めて話したのも、この卒業式だったと記憶しています。名誉顧問とも写真を撮らせていただいたし。故ゼミの先生も、ご健在でした。あれは、本当に参加してよかったと思っています。
それはそうと、3月18日が卒業式ですので、あと1月半もしないうちに、学位が一つ増えることとなります。これで、最終学歴は修士(仏教学)から、学資(福祉経営学)へと変更されます。修士を最終学歴にすべきというご意見も多々ありますが、なら、5つある修士のどれが最終学歴になるのやら。やはり、最後に取得したのが最終学歴であり、ただ、履歴書等には、学歴詐称(軽犯罪法違反)と言われる恐れがあるため、取得学位をすべて書かざるを得ないのではないか・・・と思いっています。
まあ、履歴書に22もの学位を列挙する「変人」を雇用する、物好きな企業や、理解ある人事担当者はなかなかいないので、自ずと、普通の転職はできないこととなってしまいます。加えて、民間資格は別にしても、国家資格や公的資格だけで100を超える資格があるので、これまた、履歴書には書ききれません。資格は間引いてもいいかな・・・と思いつつも、全国でも希少なビジネス・キャリア検定の「営業1級」なんてのを書いちゃうと、営業していないのに、営業のプロと間違われてしまいそう。
それはさておき、ともかく、愛知県にいるうちに、愛知県の大学を卒業できることとなったので、うれしく思っています。でも、機構の学位申請どうしよう?学士(社会学/社会福祉学分野)で戦えるだけのレポートのネタがないんだよな。。。
日本福祉大学の名古屋キャンパスは鶴舞にあります。
日本福祉大学の卒業が決定し、履修した単位をすべて修得し、もうするべきことは何もないです。でも、やはり、大学キャンパスを見ると、何かしらやらねば・・・という気持ちになってしまいます。
先般受講した相談援助演習Iの結果が反映されていました。
成績評価はBということでしたが、とりあえず、すべての課題が完了してホッとしております。これで日本福祉大学の学修は終了しました。あとは学位記の到着を待つのみ。到着すると22枚目の学位記となります。
「そんなに 学位ばかり集めてどうするの?」と言われそうですが、これが私の生涯学習のスタイルですので致し方ありません。とはいえ、日本福祉大学卒業後は、一旦、大学生を離れる予定です。
理由としては、「機構の学位を目指すため、大学生(正科生)から撤退しなければならないこと」「次男も大学生となるため経済的に学費ねん出が厳しいこと」があげられます。
まあ、産能大学入学からスタートして日本福祉大学卒業まで14年間大学に在学していたので、もうそろそろ一時退学してもよいでしょう。仮に「短期大学士」=2年、「学士」=4年、「修士」=2年と換算した場合、1×2年+16×4年+5×2年=76年分の学修を14年で成しえたこととなります。それ相応に大変だったと思います。
その分、月日はスピーディに過ぎ去ったのですが、振り返ると、誰も成し得たことのない成果が残っていました。誰も成し得ていないだけあって、何の意味もない成果なのですが、自己満足するには十分のものです。本当、感慨深いですね。
先ほど、「相談援助演習Ⅰ」の科目修了試験を提出しました。
課題は1000文字程度のレポート。わずか1000文字なのですが、モチベーションが低下しているようで、もう、打鍵するのが面倒になってしまい、書き綴ったものを「エイヤ!」と送ってしまいました。
見直すのも億劫で、もう、現状から逃れたいという一心で、早く手放したいという思いから、送信してしまったのですが、少々、内容に難があったようで。今、レポートの「設問と提出方法」を読んでいて、その点に気が付きました。まあ、この単位がなくても卒業できるし、自分の感じたことを書けばいいかな~と思った次第でして・・・
提出期限が「11月3日の24時」となっており、あと25時間なのか、1時間なのかも、分からなくなってしまい、そのまま出してしまったのですが、あと25時間あったとしても、明日はバスツアーで旅行に行くし。
ということで、合格でも不合格でも、すべてが終了したこととなります。もう、提出する課題も無ければ、受験する科目もありません。日本福祉大学での学習は完了してしまい、あとは学位記が到着するのを待つだけです。
4年次入学で、わずか半年で卒業が確定してしまう現状に、「自分の大学生生活はなんだったのか?」と自問自答したくもなってしまいます。無論、それまでに、山のように積み上げた学習や単位があってこそできる技なのですが、こんなことで、学位を積み上げていって、一体、何になるのかと悲しくなってしまうわけで。
当然のことながら、ディグリー・ミルでない限り、学位を1つ得るためには、それに匹敵する学習が対価として求められます。そう、等価交換なのです。例え通信制であったとしても、替え玉受験で単位を積み上げたのでなければ、その与えられた単位分の学習はしたこととなります。それこそが、我々が唱えるところの「生涯学習」の一つの形態と言えます。
故に、私は学位一つ分の生涯学習を15万円ほど投下してやってみようと思ったのですが、あまりに駆け足でカリキュラムをクリアしてしまったため、茫然かつ無気力に陥っているにすぎません。
資格は232取得したところで一旦振り返ることができましたが、学位は22取得したところで何か考えなければならないような自責の念を感じている状況です。数はそれだけで、無言の力を持っています。その圧倒的な力の前では、持っていない場合、何を言っても言い訳にしか聞こえません。
しかし、公的資格にしろ、学位にしろ、例え、それが法令に則った根拠のあるものであったとしても、たくさん取得したからといって、素晴らしい人生が拓ける訳でもなく、幸運の女神さまがほほ笑むわけでもなく、なんら、幸せのパスポートとなるわけではないことを、次々と実証してきたわけでして。
「こういう生き方ができる」ということは証明してきたのですが、「こういう生き方が幸せである」ことは何一つ実証できず。むしろ、名古屋に単身赴任した後は、「10年間も大学院生をやらずに、もっと家族と一緒に過ごした方がよかったのでは?」と疑心暗鬼に苛まれているくらいです。
とはいえ、私のような生き方を志すことが必要なのか、必要でないのか検証するためには、誰かが、人生を13年間投下しないと不可能なわけで。あるいは、機構の制度が変わってしまったため、22の学位を取得するためには、13年では不可能な時代となりました。この人生が不毛であることを実証するためには、誰かが20年、あるは30年ほどかけないことには、検証すらできない時代なのです。
ゆえに、「無用の用」なのですが、自分の人生で実証してしまったことが、果たして正解だったのか不正解だったのか・・・そんなことを、日本福祉大学での学修が終了した日に思ってしまうのは、人間の器が小さい証拠ですね。
久しぶりに通帳を記帳したところ、10月26日に学費が20,800円引き落とされていました。
そう、日本福祉大学のスクーリングの費用です。2単位ですが、面接授業ということもあり、ほぼ倍額となる20,800円が引き落とされていました。今年の3月に日本福祉大学に支払った学費は131,840円。もう、卒業は確定しているので、2万円強の支払いはやぶさかではありません。結果、、152,640円で学士の学位を得ることとなります。無論、これ以前に、科目履修生として日本福祉大学に支払った学費は倍以上なのですが・・・
まあ、15万円程度で珍しい学士(福祉経営学)の学位をいただけるなら文句はないでしょう。とはいえ、いま、目の前に家内が授与された学位記があるので、家族レベルで考えると、同じ学位を重複していただくこととなるのですが。。。でも、同じ学位というのなら、機構の重複しまくっている学位ですら、有り難がっているのですから、きっと、私個人に学士(福祉経営学)が授与されれば、いつもどおり、狂喜乱舞するのでしょうね。その達成感も数日間の話なのですが。
通帳を眺めていると、10月26日の翌日、27日に、これまた学費ということで」267,900円が引き落とされていました。そう、長男の学費です。国公立は安いとはいえ、やはり、日本福祉大学の学位が2つもとれてしまう金額が、わずか半年の学費と思うと、「学位」というものの価値がわからなくなってしまいます。
本当、学位はピンからキリまであります。私が初めて授与された機構の学位は、わずか22,000円。学士の学位がたったの2.2万円で得ることもできれば、私立の医学部だと数千万円となります。学校教育法上は基本的には同じ学士であったとしても、その将来的な価値から、千倍以上のコストがかかるのでしょう。まあ、機構の学位も、積み上げ単位とかあるので、純粋に2万円台で取得出来るものでもないのですが。
今ですら、結構、厳しい学費の支払いですが、来年からは倍の半年50万円強の支払いとなる予定です。とはいえ、2人とも私大だったらと考えると、まだ、恵まれているのかもしれません。そんなことを思いつつも、私自身、産能大学、産業能率大学大学院、明星大学大学院、武蔵野大学大学院(人間学+仏教学)、自由が丘産能短期大学、放送大学、放送大学大学院、日本福祉大学と私立の短大・大学・大学院を延べ9つも卒業・修了しているので何ともいえないのですが。
9つの教育機関での学費を合計すると、結構な金額となります。本当、こんな道楽なダメ夫を持った家内はかわいそうです。ちょっと、計算してみたところ、タバコを毎日1箱吸ったとすると、43年間も吸い続けることができるだけの金額でした!まあ、タバコ吸わないし、ゴルフもしないし、最近は麻雀もしないし、飲み会も月1回だし、自宅で酒も飲まないし、資格の受験もしなくなったし、本も買わなくなったし。外食するのも週数回程度で、食べるもの1000円にも満たない味噌カツ丼や牛丼がほとんど。
そうは言っても、平均すると、年間50万円ほど使っているのだから、国公立大学の年間の学費に匹敵する支出を続けてきたこととなります。この金額を家族のために使っていたなら、どれほど楽しい時間を過ごせたことでしょう。未だ、行ったことのない「沖縄旅行」や「北海道旅行」にも行けたことでしょう。本当に、申し訳なく思っています。
高学歴ワーキングプアという言葉もありますが、やはり教育とは金食い虫ですね。私は大学院を10年続けましたが、正直、これが限界だったのでしょうね。続けたい大学院はありましたが、子どもの学費を考えると、ちょうどいい引き際だったと思えてなりません。