砂張の中型盆です。
砂張は、銅、錫、鉛の合金で、硬く、叩くとよく響きます。沙張、砂波理、佐波理、響銅などともよばれ、中国、朝鮮、東南アジアなどから、日本へ招来されました。古渡の砂張は、茶席で珍重されるようです。
径 22.7㎝、 高 1.2㎝、 重 535g
もう、ずいぶん前になりますが、都内の小さなアンティークモールの一番奥の店の片隅に、ポツンとこの品が置かれていました。丁度、いくつかあった東京の骨董モールが次々閉じていく時期でした。ここも、あと数日で終わりということで、店主は寂しそうでしたが、それでもいくらか勉強してもらい、この品を得ました。実は、数年前からこの品に目をつけていたのですが、なかなかふんぎりがつかずにいて、土壇場でやっとゲットできたのです(^^;)
ところが、例によって、その後ずっと故玩館の片隅に放りっぱなし。今回、やっと日の目を見ました(^^;)
梅花紋と文字が彫り込んであります。
日本では、正倉院御物の砂張匙など、朝鮮由来の砂張が有名です。砂張の語源も朝鮮半島にあると言われています。ですから、この盆も、朝鮮の物だろうと勝手に思い込んでいました(^^;)
盆には、「青帝宮中第一妃」と彫られています。
調べてみると、これは、中国宋時代の詩人、陸游(りくゆう、1125一1210年)が詠んだ多数の梅花絶句のなかの一節であることがわかりました。
陸游<雪後尋梅偶得之二>
「青帝宮中第一妃,寶香薰徹素綃衣。 定知謫墮不容久,萬斛玉塵來聘歸。」
ですから、この盆は、朝鮮ではなく、中国の品だと思われます。
裏側は、いたって簡素。
よく見ると、轆轤で削った跡がはっきりと付いています。
側面にも、轆轤削りの跡があります。
表側の表面はツルツルです。が、よく目を凝らすと、うっすらと轆轤目が見えます。轆轤引きした後、研磨し、さらに彫りをいれてあるのです。
手で触ってみると、初期伊万里ほどではありませんが、中央部が厚く、端にいくほど薄くなっていることがわかります。木の皿や盆など、轆轤引きされた物も、このような特徴をもっています。
まさか、金属塊から削り出されたわけではないでしょう。
中国の砂張は、鋳造の後、轆轤成型されたと言われています。いずれにしても、かなりの手間がかかっている品であることは間違いないでしょう。
彼の国の職人に敬意を表して、白南京茶碗にお茶をいれ、砂張盆にのせてみました。心なしか、古人の香りが漂ってくるような・・・・・!?(^.^)