今回の書は、やはり楷書的草書ですが、文字数が多いです。
『萬事不如杯在手百年幾見月當空』 全体 : 53.2㎝ x192.5㎝、本紙(紙本):40.5㎝ x 108.9㎝。明治。
『萬事不如杯在手
百年幾見月當空』
萬事如かず、杯の手に在るに。
百年幾たびぞ見る、月の空に当たるを。
どんな事だってかなわない、杯がこの手の中にあることに。
百年のうち何度だろう、月が空に光輝くこんな夜は。
『萬事不如杯在手・・・』は、明の『三岡識畧』卷一「福王淫昏」に載っている句です。オリジナルは、『萬事不如杯在手百年幾見月當頭』です。それを、『萬事不如杯在手百年幾見月當空』としたのは、米山の創意でしょうか。それとも、記憶違い?私は、「頭」より「空」の方が雄大で、この詩には合っていると思います。
この句が載っている『三岡識畧』は、日本人にはあまりなじみのない本でした。米山が、当時、大家の詩書や警句ではなく、このようなマイナー資料まで目を通していたとは驚きです。
『萬事不如杯在手、百年幾見月當空』は手放しの酒飲賛歌です。酒豪の三輪田米山が書くとなおさらリアリティがましますね(^.^)
この書をの解読は難しいです。私は全然読めませんでした。
遅生さんはすごいです(−_−;)
米山がこの様なマイナーなものにも目を通していたのが驚きとのことですがそれを解説して下さる遅生さんにも驚きです。(^^)
米山さんのこの書けそうで書けない感じの書は私の持っているありそうで無さそうな皿と似ている気がしました。笑
米山の図録や本などを見ながら、同じ文字を探します。たとえば、「萬事塞翁馬」などを見つけて、「おお!萬!
」てな具合です(^^;
~米山さんのこの書けそうで書けない感じの書は私の持っているありそうで無さそうな皿と似ている気がしました。~
これぞ、コレクター魂。新しい価値の発見、発掘ですよね(^.^)
これを読める遅生さんは凄いです!
遅生さんの解説を読んで、これは、手放しの酒飲賛歌の書であることが分りました(^_^)
相当に酒が回ってきてから書いたものなので、余計に解読が難しいのでしょうか、、(笑)。
せっかくですから、少し変えてみました。
『萬事不如杯在手
百年幾見逸品當』