これまで、源氏物語からの和歌を刻んだ輪島塗四方盆のうち、能、謡曲と関係のある物をいくつか紹介してきました。
それらの盆は、元々、能、謡曲を意識して作られたのではなく、源氏盆に刻まれた和歌が、謡曲に取り入れられた物を紹介した訳です。
残りの盆は、能、謡曲とは直接関係はありませんが、せっかくですから、漸次紹介します。
輪島塗沈金松風四方盆、21.6x21.5㎝、明治ー戦前。
みをかへて
ひとり
かくれる
山さとに
ききしに
にたる
松風そふく
「身を変へて 一人帰れる 山里に 聞きしに似たる 松風ぞ吹く」
松の木に風が強吹いています。
『まつかせ』11.3 x 14.2 ㎝、21丁、江戸中期。
↑ ↑ 尼君、明石の君の歌
源氏物語第18帖『松風』の一場面が描かれています。
源氏は、上洛をためらう明石入道に対して、都の明石入道の旧邸を修復して、そこに明石の君とその母、尼君を呼び寄せました。源氏の訪問がない中、松風が強く吹くある日、源氏の形見の琴を弾いていると、松風がまるで合奏するかのように吹きすさんできました。横になっていた尼君は起き上がって歌を詠みます。
「身を変へて 一人帰れる山里に 聞きしに似たる 松風ぞ吹く」
(尼の姿に変わって 一人帰った山里に かつて聞いたような松風が吹いています)
それに対して、明石の君が返します。
「故郷に 見し世の友を 恋ひわびて さへづることを 誰か分くらん」
(故郷で懐かしいあなたを恋しく思い、琴をひいているのですが、私が弾いていると誰が分かってくれるでしょう)
挿絵は、この時の情景を描いています。四方盆の松は、この絵の右上部の松を彫ったものだと思われます。
源氏物語54帖の中の一場面を描いたこのような絵は源氏絵とよばれ、数百種が知られています。
源氏絵に凝った時がありました。ごちゃごちゃした源氏物語も、絵にすれば分かりやすい(というより、親しみやすい)です(^.^)
これらは、長い間に、日本人の生活の中に溶け込んでいるのですね。
江戸時代中期の版本も所蔵されているのですね。