コメント(私見):
横浜市内でも、妊娠と気付いたらすぐに病院に行かないと、なかなか分娩予約ができない状況にあるそうです。妊娠初期なら流産する人もいて予約の空きが出る可能性もあるので、キャンセル待ちという手もあるにはありますが、キャンセルが出るかどうかは確実でないので、第2志望や第3志望の病院も決めて、予約をいくつか押さえておかなければ、最終的な分娩場所をなかなか確保できないそうです。
神奈川県は首都圏にあって、交通の便もよいし、病院の数も多いので、一部の地域で産科が崩壊しても、今のところは最終的にまだ何とか分娩場所が確保されていて、地域住民の悲鳴の声はまだ表にはそれほど多く出てきてないようですが、『産科医療の崩壊は静かに深く進行している』との分析も紹介されています。
参考:
厚木市立病院 出産受け入れ停止へ、年間約600人が“出産難民”の恐れ(タウンニュース)
****** 毎日新聞、2007年6月29日
争点の現場で:参院選を前に/3 医師不足 /神奈川
新たな命に立ち会える感動が魅力だが、夢ばかりでは… 静かに進む産科崩壊
玄関を入ると、掲示板に小さな紙がセロハンテープで張りつけられていた。内容は素っ気ない。
産婦人科診療休止のお知らせ
8月から産婦人科診療を休止させていただきます。
平成19年6月 院長
小田急本厚木駅から歩いて15分ほど。厚木市立病院は国道246号に面した同市中心部にある。年間600近い出産を担う地域の中核病院の産科が、あと1カ月余りで休止する。
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病院の一室で、産婦人科部長(51)が取材に応じた。ソファに身をもたせ、ひどく疲れているようにみえた。
昨年12月22日のことだったという。
午前中の外来診察を終え、手術室で帝王切開に備えていた部長は突然の腹痛に座り込み、意識を失った。
脳梗塞(こうそく)だった。
「厚木市立病院の産婦人科医師を引き揚げさせる」
部長が倒れてから1カ月余りたった今年2月1日。同病院のほとんどの医師を派遣する東京慈恵会医科大(東京都港区)の産婦人科教授が、厚木市内の会合でそんな発言をした。4月に入り、同病院産婦人科の常勤医・非常勤医計8人全員が引き揚げることが分かった。「指導的立場の医師(部長)がいなくなった。これでは異常出産に対応できない」という理由だった。
だが、厚木市の関係者は声をひそめて言う。「産科医不足の慈恵が引き揚げ病院を選んでいた矢先、部長が病気になったので厚木に決まったのだろう」。医師探しに奔走することになった田代和也院長は困惑を隠さない。
「(常勤の)4人が3人や2人になるのとは違う。いきなりゼロは聞いたことがない」
結局、代替の医師は見つからなかった。
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産婦人科部長は倒れる3カ月前の健康診断で「不整脈」が分かった。だからといって休む暇などなかった。当時、同科は部長ら4人の医師が交代で当直に入っていた。
「『体が悪いから当直できません』ではどうにもならない。だけど僕らにも限界がある」
幸い職場復帰を果たしたが、当直は外れている。さらに1人の女医が妊娠したことから、現在の当直要員は2人。当直と当直明けを交互に続け、何とか産科を支えている状況だ。
部長によると、そもそも大学の医局に産科を志す若い医師が入ってこないという。患者から訴訟を起こされやすいことも敬遠される一因だ。「訴えられたりしたら、成り手なんかいないですよ。マスコミも医師をたたく。みんな萎縮(いしゅく)してる」
04年度から導入された新医師臨床研修制度も、地域病院を苦しめている。かつては大学病院の医局が事実上医師の人事権を握り、地方の関連病院に医師を“供給”していた。しかし、新制度では研修医が希望する病院を選択できるため、都会の病院を選ぶ新卒医が増加。医局も人手不足に陥り、関連病院に派遣していた医師を引き揚げる傾向にある。
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県内では06年3月、県立足柄上病院(松田町)の産婦人科が一時休止した。分娩(ぶんべん)取り扱い病院の産科医は05年度の317人から06年度見込みで305人に減少。県内の公立病院で働くベテラン産科医(53)はあきらめたような口ぶりだ。
「足柄上病院の時は『探せばいる』という感覚。それが厚木市立病院で『もうどうしようもない』となった。県西部の産科医療はあと一つ消えると崩壊する。終わりですよ」
今のところ、厚木市内の妊婦から不安を訴える声が相次いでいるわけではない。ベテラン産科医は「神奈川は交通の便が良いから、一部の地域で産科が崩壊しても声が出てこない」と分析する。産科医療の崩壊は静かに、深く進行している。
「生と死の両方が見られるのは産婦人科医しかない。新しい生命に立ち会える感動、最大の魅力だ」。産婦人科部長は産科を志した理由をそう語ってくれたが、こうもつけ加えた。
「それが魅力と思わない、魅力を感じても踏み出せない若者が増えている。夢ばかり追える状況ではない」【池田知広、佐藤浩】
(毎日新聞、2007年6月29日)
****** 朝日新聞、2007年5月19日
お産の場求めて横浜へ
産科医不足で、お産の場が失われつつある問題は、ますます深刻になっています。お産をやめる病院が相次ぎ、隣の横浜市の病院に妊婦が流れているのが、人口約42万人の県内4番目の都市、横須賀市です。横浜市は出生数の減少があり、なんとか持ちこたえていますが、県産科婦人科医会はこのままでは横浜市の病院もあふれ、「負のドミノ現象」が起きかねないと懸念しています。【大貫聡子、赤木桃子】
「医師1人が適正に診ることができるお産は、年間100件が限度と言われているが、すでに大きく超えている。病院には二つの分娩(ぶんべん)台があるが、それでは足りず、陣痛室のベッドでお産をするときもある。急なお産で起こされる頻度は増えた。いまはなんとか持ちこたえているが、もう限界に近い」
横浜市金沢区六浦東1丁目の横浜南共済病院の産婦人科部長、飛鳥井(あすかい)邦雄医師(53)は、こう話す。
一気に2割増
病院の常勤医は7人。06年度のお産件数は1081件あり、医師1人で平均154件のお産を診たことになる。05年度は836件で「適正」だったのに、一気に2割増えた。05年11月にお産をやめた区内の病院があり、その影響に加え、隣の横須賀市からの流入が増えたためだ。05年の横須賀市民の分娩者は166人だったのに、06年は227人いた。「横須賀市内のすべての病院や診療所に電話したが、分娩予約がとれなかったとやってくる女性もいる」と飛鳥井医師。
横須賀市では、03年度に650件のお産実績のあった衣笠病院が、常勤医の引き揚げなどにより04年10月にお産を休止。04年度に年間約450件のお産を扱っていた聖ヨゼフ病院も、医師の退職などで06年10月から休止した。ある病院の医師は「横須賀ぐらいの場所になると、都市部の医師からは田舎と思われ、なかなか来てもらえない」と嘆く。
県産科婦人科医会によると、市内で現在お産ができる病院は3カ所、診療所は2カ所、助産所1カ所しかない。04年は市内の病院・診療所で3907件の分娩実績があったが、05年は3387件と520件減った。05年の横須賀市民の出生数は3640人いたことなどから、約300人の妊婦が市内の病院・診療所に入りきれず、ほかの自治体にあふれ出たと医会はみている。
市も深刻さを認識し、06年5月から市立病院などと連絡会を設け、対応策を話し合っている。しかし、健康福祉部の担当者は「医師を増やすのは市だけではできず、対応は難しい」。状況は今後、さらにひどくなりそうだ。
常勤医が半減
横須賀市立市民病院は、かつて4人いた産婦人科の常勤医が、この5月から2人になった。人手が足りず、産科外来は平日も週1日、木曜日を休診日にした。小平博産婦人科長(50)は「いまは月30~40件のお産を扱っているが、このまま医師の補充がなければ月20件程度に制限することを考えている」。
県の救急医療の制度で、横須賀、三浦地域の重症患者を扱う「基幹病院」に位置づけられている横須賀共済病院も、06年度から月60件程度に制限した。常勤医は4人いるが、医師1人の当直回数は月8回を超えることもある。
もうひとつの病院である市立うわまち病院には1人の常勤医しかいない。
既にしわ寄せ
横須賀のこうした事態を、県産科婦人科医会が重くみているのは、妊婦が流入している横浜市にもしわ寄せがでているからだ。横浜を北部(鶴見、神奈川、港北、緑、青葉、都筑区)、西部(西、保土ケ谷、旭、戸塚、泉、瀬谷区)、南部(南、中、磯子、栄、港南、金沢区)の三つの地区でみると、お産場所が足りない西部は約300人の妊婦があふれ、出生数が04年から05年に672人減った北部にその多くが流れて救われていると推定されている。横須賀から流入している南部も、いまのところお産施設がいっぱいにはなっていないが、いずれ限界を超えるとみられている。
年々減り続ける産科医
05年7月から06年7月までの1年間で、県内の産科医が大学病院勤務医も含め、490人から471人に減ったことが、県産科婦人科医会(八十島唯一会長)の調査でわかった。人数を把握している02年から毎年減り続けており、今後も減る傾向は変わらないとみられる。
医会が、県内で02年から06年7月までにお産を扱った186施設に実態調査をした。05年7月の調査に次ぎ、2回目。
それによると、05年7月時点で、お産を扱う施設は78病院と88診療所あったが、04年7月からの1年間で、お産の件数は6万9862件から6万7319件と2543件減った。ただ、05年の県内の出生数は7万7579人で、04年の8万1067人に比べ3488人減ったため、「お産場所が見つけられないパニック状態は回避された」と医会は分析している。
しかし、06年の出生数は8万256人で、05年に比べて2677人増えている。医会は06年のお産の取り扱いについては、まだ調査していないが、事態が深刻になった可能性は高いとみている。
将来の見通しを尋ねたところ、2016年までに10病院と37診療所がお産の取り扱いをやめる意向を示した。この通りになると、8412人が出産場所を失うと試算している。このため、今後5年以内に年間出産数が千件規模の病院が八つ必要になると見積もっている。
ただ、大学からの派遣医引き揚げについては、予測に含んでいないため、事態はさらに悪化する可能性もあると医会はみている。
(朝日新聞、2007年5月19日)
****** 神奈川新聞、2007年6月13日
横浜栄区のお産施設ゼロに 横浜市内初
横浜市栄区内で唯一、出産を扱う横浜栄共済病院(同区桂町、病床数・四百五十五床)が、産婦人科の医師不足により四月から新規の受け付けをしていないことが十二日、分かった。診療中の妊婦については九月いっぱいまで出産を扱うが、十月以降は扱わない予定という。
同病院によると、二〇〇六年度に三人だった常勤の同科医師のうち一人が大学へ戻り、〇七年度は二人態勢に。「現状では安心して出産できる環境にはない」(同病院)として、新患の受け付けを取りやめたという。
現在、同区内には産科・産婦人科を掲げる病院(二十床以上)は一カ所、診療所(十九床以下)は三カ所あるが、出産を扱っているのは同病院だけ。同病院での〇六年度の出産取り扱いは四百六十七件で、ここ数年は年間五百件前後で推移している。
同病院は一九三九年に大船海軍共済組合病院として発足し、現在は内科など十八診療科を持つ総合病院として地域医療の中核的な役割を担っている。四〇年九月から出産を扱い、「休診」したことはないという。
同病院は「継続して出産を扱えないのは非常に残念。地域の皆さんのため、出産を続けられるようにしたい」と話しており、現在、医師の公募を行う一方、関係機関に掛け合い医師の確保に奔走しているという。
市医療政策課によると、四月現在、出産を取り扱う医療機関がない区はゼロ。九月までに同病院で医師確保のめどが立たなければ、市内で唯一お産を扱う医療機関のない区になる。
(神奈川新聞、2007年6月13日)
****** 神奈川新聞、2007年6月10日
産科医療従事者や施設不足が進む 横浜
横浜市が行った産科医療の実態調査から、二〇〇六年度の一施設当たり出産件数がここ数年でもっとも多い一方、医療従事者や施設の不足が進んでいることが明らかになった。
調査は昨年に続き二度目。市内の産科や産婦人科を掲げる病院三十二、診療所百四十、助産所七十二施設に対し実施。このうち病院全部、診療所八十九、助産所三十一の計百五十二施設(回収率62・3%)が回答。〇三年度からの出産取扱件数や病床数、医師数などを聞いた。
それによると、〇七年度に出産を扱う施設は、百五十二のうち五十六。扱わない施設は病院六、診療所七十一、助産所二十一に上った。〇六年度の出産件数は二万六千五百二十五件で、過去四年間で最多。しかし、出産を扱う施設は〇四年度の六十三施設から年々減少し、〇七年度は五十三施設になっている。
人員不足も顕著だ。〇六年度と〇七年度を比較したところ、常勤医師は五人減、看護師は六十一人減。いずれも施設側が必要とする数に達せず、慢性的に人員不足状態にあることが分かる。
同課によると、訴訟リスクが高いことなどから産科医が不足し、出産を扱う施設が減っているという。赤岡謙課長は「産婦人科では女性医師が多い。出産や育児を経験してもすぐに復職できるなど、横浜で働きたいと思える環境を整備し、産科医を確保していきたい」と話している。
市は〇七年度予算で緊急産科医療対策費として約八百万円を計上。医療機関に助成して「健診は診療所、出産は病院」という役割分担(セミオープンシステム)による連携を進め、産科医不足の中でも安心して出産できる仕組みをつくっている。
****** 朝日新聞、2007年5月8日
お産を選ぶ:2 河合蘭(出産ジャーナリスト)
分娩予約競争
産科医不足による産み場所の減少は深刻だ。横浜市は、市内の医療機関を案内する民間サイト「Yha―net ヨコハマみんなの病院」と連携し、産科のある病院について月ごとの分娩(ぶんべん)予約状況が見られるようにした。それを見ると、年内はもうほとんど空きがない病院もある。好きなところで産むにはボヤボヤしていられないほど、分娩予約が競争になっている。
人気のクリニックともなれば、生理が1週間遅れたくらいの時点で妊娠に気づき、すみやかにアクションを起こさなければ間に合わない。生理不順の人は、妊娠に気づくのが遅れがちなので不利かもしれない。
キャンセル待ちもある。妊娠初期なら、流産する人もいて空きが出ることもある。ただ確実ではないので、第2志望も決めて予約を押さえておかなければならない。そのうち、第3志望まで決める人も出てくるだろう。まるで受験のようだ。神奈川県産婦人科医会は、2022年には4794人が県内で産めなくなると試算している。
妊娠を予定している人は、目当ての産院をあらかじめ決めておくといい。産み場所は個性派ぞろいなので、「どんなところで産みたいのか」から考えて、それに近い施設を探す。移動時間の目安は1時間くらいだ。
でも産院は、かかってみなければわからない。医師・助産師との相性は大切で、あわてて決めて後悔する人もいる。競争には、勝者がいる一方で負ける人もいる。妊娠中・育児中は、一生の中でも女性同士が特に助け合い、共感しあう時期だ。そこで競争に駆り立てられることが、そもそもやり切れない。
(河合蘭、出産ジャーナリスト)