コメント(私見):
種子島の年間250件の分娩を1人で担当してきた医師が12月で島内での診療活動をやめるため、今後、島内では出産ができなくなる恐れが出ているそうです。
緊急時には、鹿児島県か自衛隊のヘリコプター出動を要請し、陸路を含め片道3時間以上かけて鹿児島市内の病院に搬送しなければならないそうですが、今年は上半期だけで8回もヘリ搬送があったとのことです。ヘリ搬送は手続きが煩雑で、要請した医師側に問い合わせも多く、それらの雑務にすべて1人だけで対応しながら治療に集中するのは非常に困難だったようです。
分娩の経過中には、一定の確率で誰にでもさまざまな異常が発生する可能性があります。それらの異常がいつ誰に起こるのか?を発症前に予測することは困難です。母児の救命のためには、異常が発症してから30分以内の迅速かつ適切な医学的対応が不可欠と言われていますが、緊急時でも2次施設までの搬送に必ず3時間以上かかってしまうような体制下では、異常が発生した時点で母児の救命をあきらめざるを得ないような事態も時に避けられないでしょう。
産科2次医療体制の整ってない地域では、分娩を取り扱う業務に従事すること自体が、(医療従事者側にとっても)極めて危険なことになってしまいます。緊急時のバックアップ体制がなく、この一人の医師にすべてが押しつけられてきたのが問題だったと思います。市立病院に産婦人科を設置できなかったのであれば、この池田医院を市を挙げて全面的にバックアップする体制を確立する必要があったと思います。
現状の社会情勢下では、この医師が、種子島で今まで通りの診療活動を今後も継続していくのが非常に困難になってきたことは十分に理解できます。
****** 共同通信、2007年7月9日
種子島唯一の産科閉鎖へ 支援整わず「継続は危険」 ピンチ打開、めど立たず
人口約3万4000人の鹿児島県・種子島で唯一の産婦人科が12月で診療をやめ、島内で出産ができなくなる恐れが出ていることが6日までに分かった。1人でほぼすべてのお産を担当する開業医が、緊急時の支援体制が不十分なことや医療過誤訴訟の増加を理由に、現状での医療継続は危険だと判断したためだ。
島の一市二町は対策委員会を設置。島内2カ所の総合病院のどちらかに産婦人科を新設することなどが検討されているが、医師確保のめどは立たず、島のお産はピンチの状態。全国的に医師不足が問題となる中、国内有数の離島で持ち上がった事態に、島民や医療関係者には波紋が広がっている。
閉鎖を予定しているのは西之表市にある池田医院。島内の年間250件ほどの出産のほぼ100パーセントを、池田速水(いけだ・はやみ)医師(39)が1人で手掛けてきた。
池田医師によると、緊急時には母親は島内の別の病院に搬送し治療が可能。しかし、島には新生児の治療施設がないため鹿児島県か自衛隊のヘリコプター出動を要請、陸路を含め片道3時間以上かけ鹿児島市内の病院に搬送する。ことしは上半期に8回搬送があった。
ヘリ搬送は手続きが煩雑で、要請した医師側に問い合わせも多く、1人で対応しながら治療に集中するのは困難という。
新生児用のモニターなど、全身を管理する設備が島内にないことにも常に不安を感じるといい、池田医師は「唯一の産婦人科が救急指定でもない開業医というのは危険すぎる。安全を確保できず中途半端な病院ならない方がいい」と話す。
「若い世代の定住のためにも産婦人科は必要」とする西之表市などは6月、鹿児島県に医師確保や施設整備を求める要望書を提出。県はホームページや地元医師会で医師を募集する一方、近く種子島の現状を厚生労働省に訴える予定。
厚労省は「県でどうしても確保できない場合、正式要請があれば国の緊急医師派遣制度での派遣も検討する」としている。
9月に池田医院で第1子を出産予定の主婦小山綾(おやま・あや)さん(27)は「夫とは、あと2人は欲しいと話している。島で安心して出産できなくなるのが心配です」と話している。
▽種子島
種子島 鹿児島市の南東約100キロにある大隅諸島の島。面積は約440平方キロで人口約3万4000人。島の南端には宇宙航空研究開発機構の種子島宇宙センターがある。鹿児島空港から航空機で約30分、鹿児島港から高速船で約1時間半。西之表市と中種子町、南種子町の島内一市二町に総合病院は2施設あるが、いずれも産婦人科はない。
中途半端ならない方がいい 閉鎖決めた池田医師
鹿児島県・種子島の唯一の産婦人科、池田医院の池田速水(いけだ・はやみ)医師(39)に閉鎖の理由を聞いた。
--父の代から約40年続く医院をなぜやめるのか。
「島には新生児用の救急医療施設がない上に、緊急時の搬送システムも整っていない。唯一の産婦人科が救急指定でもない開業医という現状は危険すぎる」
--どうすれば島でお産を続けられるか。
「ヘリ搬送の体制改善などとともに、新生児集中治療室(NICU)のような高度な施設と開業医との中間的な施設がまずは必要。将来は島の救急指定病院に産婦人科を新設するのが理想」
--お産ができない島になることについては。
「担当している妊婦さんには謝るしかないが、中途半端な病院ならない方がいい。無責任だという批判も受けているが、この状況を放置してきた行政にも一因がある。周産期医療の充実は自治体や医師会が共同で取り組むべき課題だ」
--自治体に望むことは。
「県に対しては、ヘリコプター搬送をはじめとした緊急時の仕組みづくり。産婦人科医確保で島内の市町が医師会などと協議会を開催しているが、議論の経過を住民にもオープンにしてほしい」
--国に対しては。
「少子化対策と言うが、出産が増えればそれだけ異常妊娠などの数も増える。そのリスクをどれだけ想定しているのか。緊急時に確実に専門医が診る仕組みが必要」
--離島で医師を続ける苦労は。
「人対人、という医療の原点に戻り、たくさんのことを学んだ。最新の技術は島外で得るしかないが、学会に参加するために鹿児島大から代診の医師に来てもらったりしなくてはならなかった」
深刻さ増す離島の医師不足 派遣制度も「一時しのぎ」 「表層深層」種子島唯一の産科、閉鎖へ
唯一の産婦人科が今年いっぱいで姿を消す見通しになった鹿児島県の種子島。島内での出産ができなくなり、妊産婦は高速船でも1時間半かかる本土への通院、入院を強いられる。県は来週、厚生労働省に財政支援措置を要望し、同省は始まったばかりの「緊急医師派遣制度」の適用も検討する構えだが、派遣医師の確保などは容易ではない。離島の深刻な医師不足がまた表面化した。
▽「池田があるから」
種子島の西之表市にある池田医院はベッド17床を備え、年間約250人という島内での出産のほとんどすべてを扱ってきた。池田速水院長(39)は3年前に島へ戻り、診療に当たるうち「お産の安全性を保てない」と思った。その後、先代の父親(78)が病気になり、島の産科医は事実上1人になった。
「『種子島には産婦人科は池田があるからいいや』ですまされるのか?」。5月28日に開かれた自治体や地元医師会との会合に合わせ、池田院長は出席者に文書を配布した。
赤ちゃん専用の救急搬送システムなどの必要性を説き、「島の周産期医療体制を支えるのは個人単位の仕事ではなく、県を巻き込んでの自治体、医師会などの団体単位で取り組むべき問題だ」と、島のお産を開業医に任せきりにしてきた行政への思いをにじませた。
池田院長はもう1つの背景事情を挙げた。「どんなに努力しても結果が悪ければ、訴訟の対象になる時代だ」。福島県立大野病院で2004年、帝王切開手術を受けた29歳の患者が死亡し、執刀した産婦人科医が業務上過失致死と医師法違反の罪で起訴されたことなどが念頭にある。
▽1人体制
昨年4月、総合病院への常勤産婦人科医の派遣が打ち切られ、お産の危機に陥った島根県・隠岐島。今年4月に赴任した加藤一朗医師(34)が、出産経験があって経過に問題のない妊婦に限って出産を扱っている。4月以降、13人が病院で出産したのに対し、24人を本土に送り出した。
「お産はいつ何が起こるか分からない。突然、危険な状況になることもある。1人体制には限界がある。池田医院の閉院は理解できる」と加藤医師。「何よりも患者が困る。自治体は今後どうするか真剣に考える必要がある」と言う。
離島やへき地で深刻化する医師不足に押され、政府・与党は5月31日、緊急医師確保対策を打ち出し「『地域の医療が改善されたと実感できる』実効性がある対策」とうたった。
▽焼け石に水
これを受け、6月には緊急医師派遣制度の第1号として北海道、岩手、栃木、和歌山、大分の5道県にある6病院に、全国の国立病院などから募った医師7人を送ることを決めた。だが派遣期間は3~6カ月と短く、2~3週間ごとに別の医師が交代するため"一時しのぎ"の色彩が濃い。
「困っている病院は何十倍もある。とてもじゃないが、焼け石に水」。7人の派遣に対する加藤医師の実感だ。
同様の取り組みは昨年9月、国立病院機構が独自に実施。東北地方の3病院に医師を交代で派遣したが、派遣される医師の同意が得られなかったり、派遣元の病院が人手不足に陥ったりし、半年間で頓挫した。
「苦しい病院が、もっと苦しい病院に救いの手を差し伸べているのが実情。恒久的な医師不足解消にはつながらない。大学の医学部定員増など新たな医師の養成には時間がかかる」。厚労省の担当者は、医師不足解消の難しさを認めた。
(共同通信、2007年7月9日)