コメント(私見):
『県南部の産科医療は大淀病院が担っていました。年間で250~300件の出産がありました。なのに数十年にわたり、産婦人科医が1人しかいませんでした。外来、手術、当直を毎日繰り返す。病院で寝泊まりして、土日も休めない。県南部のお産を個人の奉仕精神に頼っていたことが問題でした。』
分娩経過中には一定の確率で誰にでもさまざまな異常が発生する可能性があります。それらの異常がいつ誰に起こるのか?を発症前に予測することは非常に困難です。母児の救命のためには、異常が発症してから30分以内の迅速かつ適切な医学的対応が不可欠です。
分娩中の異常が発症してから、あわてて対応可能な医療機関を探し始めて、受け入れ先医療機関がなかなか見つからなくて苦労するような分娩環境下では、異常が発生した時点で母児の救命をあきらめざるを得ないような事態もいつかは必ず起こることでしょう。
従って、周産期医療システムが未整備の地域では、分娩を取り扱う業務に従事すること自体が、(医療従事者側にとっても)極めて危険なことになってしまいます。
****** 毎日新聞、2007年7月4日
Speaking:そこが聞きたい
「大淀病院問題」契機に産科医療整備へ
奈良県医療審産婦人科部会長・小林浩さん
大淀町立大淀病院で昨年8月、五條市の○○○○さん(当時32歳)が分娩(ぶんべん)中に意識不明となり、転送先探しが難航し搬送先で死亡した問題で、産科医療の問題点がクローズアップされた。県は総合周産期母子医療センターの整備を予算化し、体制改善に向けた取り組みが進んでいる。センター建設拠点の県立医大産婦人科で医師、看護師確保にもあたっている小林浩教授(52)に現システムの問題点やセンター開設の課題を聞いた。【高瀬浩平】
不安解消へ医師増員に全力
――大淀病院問題で、県内の産科医療体制の未整備を指摘する声が多方面からありました。
◆この問題が明らかになった時点で、奈良が総合周産期母子医療センターが整備されていない8県の一つだったことは確かです。しかし必ずしも医療水準が低いわけではありません。北部に人口が集中し、南部は山間地。人口の分布が不均衡で、センターを作るには地理的制約があるのです。県北部は医師も多く問題ありません。
――大淀病院の産科休診で、県南部でお産ができる病院がなくなりました。妊婦の方々には不安の声があります。
◆県南部の産科医療は大淀病院が担っていました。年間で250~300件の出産がありました。なのに数十年にわたり、産婦人科医が1人しかいませんでした。外来、手術、当直を毎日繰り返す。病院で寝泊まりして、土日も休めない。県南部のお産を個人の奉仕精神に頼っていたことが問題でした。
医師を増やし、大淀病院か県立五條病院で産科を再開させたい。県立医大や和歌山県内の病院から医師を派遣、サポートすることが必要です。
病院でなく、助産師にお産を頼む人もいます。異常が起きた時には専門性の高い病院への搬送を事前に説明しておけば、妊婦は安心できます。安心のためには高度な医療が必要。だから集約化は避けて通れません。
――総合周産期母子医療センターは当初予定より遅れて来年5月に開設されます。なお残る課題は何ですか。
◆医師と看護師の確保です。新たに医師6人、看護師約30人が必要です。医師は私の責任で集めます。県内の関連病院から呼ぶと病院側が困ってしまうので、全国各地に足を運んでいます。医師不足の中、獲得競争は激しい。関西出身の中堅クラスの医師に直接会い、「臨床だけでなく研究もできる」「新薬や新治療法にも取り組む」と説得しています。待遇だけでなく、やりがいを感じてもらえるよう環境整備に努めます。
看護師については、県立医大看護学科の学生にぜひ残ってもらいたい。大阪の病院に通う看護師が多いのが現状です。待遇を良くすれば、県内に戻ってくれるでしょう。
――今後の産科医療体制はどう運用していくべきでしょうか。
◆病院間の連携や役割分担を徹底させることです。県立医大はハイリスクの患者を受け入れる医療機関ですが、正常な分娩の件数が年々増えているのが現状。2年前に比べて倍増し、年間700件以上にも達する勢いです。県内にお産ができる病院が減り、大学病院がやらざるを得ないからです。それでは大学病院として本来の役割が果たせません。正常な分娩は地域の診療所や病院で対応すべきです。
大学病院として、地域の病院の医師を対象にした勉強会を毎月開いて支援しています。多くの医師が同じ考え方で治療すれば連携しやすいからです。
――問題の根本には医師の産婦人科離れがあると思います。食い止められますか。
◆産婦人科離れの最大の原因は、04年からスタートした新しい臨床研修制度です。内科や外科などいろいろな診療科を2年間経験することが義務付けられ、週に100時間も働く産婦人科の大変さが分かり、敬遠されているのだと思います。(産婦人科医が業務上過失致死容疑で逮捕された)福島県立大野病院の事件のように捜査の手が入るようになったことも大きいです。
今後も産婦人科医離れは続くと思います。しかし、日本の産科医療の水準は世界一だということをもっと理解してほしい。多くの母子の命を助けているんです。3、4年後にはもっとシステムが良くなります。若い医師には将来の夢やビジョンを示していきたいですね。
◇総合周産期母子医療センター
周産期は、母子ともに異常が起こりやすい妊娠22週から生後7日までの期間のこと。合併症妊娠、重症妊娠中毒症、切迫早産などハイリスクの妊婦を24時間体制で受け入れる。県の計画では来年5月、新生児集中治療室(NICU)10床を増やし、暫定的な運用を開始する。11年度以降に県立医大病院に新病棟を建設し、NICU51床、母体・胎児の集中治療管理室(MFICU)18床を設ける予定。
■人物略歴
小林浩さん 1955年生まれ。87年、浜松医大で博士号取得。89年、ドイツ・ミュンヘン工科大留学。03年10月、浜松医大助教授に就任し、05年6月から奈良県立医大教授。06年11月、県医療審議会産婦人科医療部会長として、県内の産婦人科医療体制のあり方を検討する中心的役割を担う。婦人科悪性腫瘍の治療と基礎研究を手掛ける。
(毎日新聞、2007年7月4日)
****** 読売新聞、2007年6月29日
妊婦の脳血管障害調査 全国2000施設で…国立循環器病センター 発症リスク解明へ
出産時などに妊婦が起こす脳血管障害の実態を解明するため、国立循環器病センター(大阪府吹田市)は7月から、発症状況やその後の母子の容体に関する全国調査に乗り出す。奈良県大淀町の町立大淀病院で、出産中の妊婦(当時32歳)が脳出血で搬送先の同センターで死亡するなど、各地で脳血管障害の死亡例が報告されているが、発生頻度や死亡率などは分かっていなかった。発症につながるリスクを明らかにし、処置に関するガイドラインを作成する。
対象は全国の周産期施設や救命救急センターなど約2000施設。昨年1年間に妊娠に関連して脳血管障害を引き起こした患者のカルテを基に、発症状況や画像診断までの時間、開頭手術など外科的治療の有無、母子のその後の状態などを聞く。出産時の年齢や血圧のほか、喫煙や片頭痛、糖尿病の有無なども調べ、脳血管障害を起こしやすい危険因子を探る。
今年度中に結果をまとめる方針で、調査を担当する同センターの池田智明・周産期治療部長は「同様のケースは意外と頻発しているのではと思っている。実態を詳しく調べ、死亡を減らしたい」としている。
(読売新聞、2007年6月29日)