コメント(私見):
高リスク妊娠・分娩を管理できる『産科2次施設』のバックアップ体制があって初めて、低リスク妊娠・分娩を扱う『産科1次施設』群の存在も可能となります。
しかし、現実の社会では、全国各地の『産科2次施設』が相次いで閉鎖に追い込まれていて、国家レベルの大問題となっています。
万一、地域で唯一の『産科2次施設』が閉鎖に追い込まれた場合には、その地域にある『産科1次施設』がすべて存続困難となってしまいます。
産科空白地域となってしまってからではもはや手遅れです。地域の未来のためにも、周産期2次医療体制は何としてでも死守する必要があります。『今は何を最優先しなければならないのか?』について、地域全体でよく話し合ってみる必要があると思われます。
追記(2007年7月14日):
県内一産科医さまのコメント
多様な一次施設が存在し、身近な場所で分娩を、というのは理想です。ただ、上田では、2次施設であるべき独立行政法人長野病院で、常勤麻酔科医がいないために2次病院たりえていません。産婦人科も引き揚げの話がちらほらと出ているようです。
その結果、別の医療圏に属する篠ノ井病院・佐久病院・こども病院等に搬送をしなくてはならないという事実に対し、上小地域はどうすべきなのか、議論はまずそこから始まらなければならないのではないでしょうか。
産科一次施設というのは、二次施設という親亀の上の子亀のようなものです。親亀こければ子亀もこける、という事実をまずは正しく認識しなくてはならないと思います。
『反権力を気取る人々』にとって、「大学医局という権力の横暴に抵抗する」「助産師を抑圧する医師と戦う」という構図は美談に見えるかもしれませんが、そのようなイデオロギーが議論を歪めることのないように期待します。
参考:
産科・小児科の重点配置を提言 (長野県産科・小児科医療対策検討会)
****** 河北新報、2007年6月23日
助産師の力を生かすには/専門性高め地域密着を
上田市産院副院長 広瀬健さん(57)
長野県の上田市産院は、市立の産婦人科専門病院だ。市内で最も多く分娩を扱っていた施設が2005年、存廃に揺れた。医師を送っていた信州大から引き揚げの通告を受けた。大学は医局員不足を理由に、拠点病院へ配置換えする集約化を進めていた。
産院の危機に、長野県内の別の病院に勤めていた広瀬さんは決断する。医局に異動を志願し、翌年4月に着任した。現在は常勤医2人と非常勤医1人の体制で、以前より多い年約700件のお産を受け入れている。
「大学側の勝手な理由で、産む場所がなくなることに怒りを感じた。母乳育児に力を入れる産院は県内で唯一、ユニセフ(国連児童基金)とWHO(世界保健機関)の『赤ちゃんにやさしい病院』に認定されている。地域に愛されている施設を、閉鎖に追い込むわけにはいかなかった」
「高リスク分娩を引き受ける大病院に医師を集めることは必要だが、そこに正常出産まで集中すると、妊婦へのケアが手薄になりがちで、かえって危険性も増す。集約化ではなく、分散化こそ周産期医療を救う鍵になる」
上田市では、助産師が正常出産を扱う「バースセンター」の構想が浮上。子育てが一段落した市民が中心となり、市に設置を働き掛けている。
「助産師は英語でmidwife。『女性と共にいる人』の意味がある。お産がうまくいかない最大の要因はストレスで、助産師がずっと付き添っていれば安心感が増すだけでなく、早期に異常が見つけられる。適切なケアを受け、満足のいくお産が経験できると、子育てや家族の在り方にも良い影響を及ぼす」
「上田市と近郊の約2000件のお産のうち400件程度をセンターが担えば、医師の負担はぐんと減る。医師が集まりやすくなり、自治体の医療費も削減できる。モデルとして育て、東北など医師不足の地域に有効だということを示したい」
国がまとめた新医師確保総合対策は、助産師を活用する体制整備も盛り込んだ。上田市産院の場合、助産師は常勤が12人。助産師だけで赤ちゃんを取り上げることはないが、妊婦を手厚く支援している。
「医師が足りないから助産師を使うという発想は浅はかだ。今の助産師は技術や知識のレベルがばらばらで、お産を任せられない人もいる。再研修の義務化や、業務監査などの仕組みをつくらなければいけない。助産師を本当に生かし、用いるには、医師と対等になれるぐらいの専門・高等教育が必要だ」
順調な経過の妊婦も急変する可能性がある。現状では、医療処置が迅速に受けられない助産所での出産は時に危険を伴うという指摘は医師、助産師の双方から出ている。
「病院が助産所を畏縮(いしゅく)させているから、搬送が遅れて症状が悪化する。大病院、診療所、助産所、自宅のどこであれ、地域で産む人全員にセーフティーネットが求められている。医療機関は情報を共有し、医療が必要な場合は直ちに搬送できる体制を整える。行政は搬送設備やシステムを整備すべきだ」
「人生が多様であるように、お産も柔軟でいい。改正医療法で廃業せざるを得ない助産所があり、このままでは助産所で産みたいという少数派の声がかき消されてしまう。医師、助産師の連携を人間性あふれるものにしたい。困っているときに助け合うのは、人として当たり前ではないか」
広瀬健さん 長野県出身。諏訪赤十字病院など勤務。医師集約化に問題意識を持ち、全国で講演活動をしている。
(河北新報、2007年6月23日)
****** 中国新聞、2007年5月24日
産科医療体制の在り方は
上田市産院(長野) 広瀬副院長に聞く
各地で進む「産科の集約化」に異議を唱え、全国行脚している医師がいる。長野県の上田市産院の広瀬健副院長(57)。上田市産院は、集約化のため、閉院の危機に追い込まれたが、母親たちの反対運動が起こって存続した産院でもある。四月に倉敷市内で講演した広瀬医師に、集約化の問題点を聞いた。
「分散化」こそ安心高める
-- 一番の問題点は何ですか。
産科のケアや処置が「流れ作業」になりやすい。集約化は産科医師不足の対応策で、ケアや処置の効率化が狙い。大病院のスケールメリットを生かして、少ないスタッフで多くの妊婦をみる仕組みだ。
集約化が進んだ英国では、次から次にお産をこなす大病院に「ブロイラー工場」との批判も強まり、産科医師も疲弊。今年四月には、身近な地域で助産師が出産を担う態勢に方向転換すると表明した。日本は、英国の来た道をたどろうとしているようにも見える。
--集約化で、緊急時に複数の医師が対応できるようになれば、安全性が増すのではないですか。
ハイリスクの妊婦対策として、高次医療機関への医師の集約は必要。しかし、正常分娩を大きな病院に集めれば、むしろ危険性は増す。継続的なケアで異常を招かないように支える助産行為が難しくなる。
どんなお産にも「正常からの逸脱」はあり得るが、妊婦が集中するとケアが手薄になり、発見も遅れやすい。むしろ助産師が付き添えば、トラブルの発見は早まり、適切な対応が取れる。
--今後の在り方は。
集約化は、「安全に産むこと」だけに固執する医療側の事情を優先させたシステムで、産む側の視点が欠落している。どこで産むかを選ぶ権利すらない。お産は、母親になるための「通過儀礼」。女性が、母親として生まれ変わり、親子のきずなを培う過程でもある。家族、社会の在り方にも影響する。
妊娠、出産、産後を通して助産師がサポートすると、母親の満足度は大きく高まる。身近な地域での助産師主導のマタニティーケアを、産科医療体制が支える仕組みづくりこそ進めるべきだ。集約化ではなく、「分散化」で産科の危機は救える。
(中国新聞、2007年5月24日)