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この平穏退屈な日々にもそれなりに感動って在るもの。

自転車にまつわるエトセトラ

2017-01-31 10:55:21 | わたし的育児日記
ママチャリに乗らない主義?!を貫くこと八年。基本、自転車の後ろに乗せられるのは幼稚園児までだから、うちは、あと娘が一年だけ乗れることになる。そんな今更な時期に、ママチャリを買った。

理由は、自宅からスーパー、病院などが徒歩10分は歩かないと行けないこと。熱のある時に10分歩くのはきついし、タクシーを使っていたけど、タクシーも簡単には捕まらないし、雨の日は電話もなかなか繋がらない。それに、娘がみんなのようにママチャリの後ろに乗りたいらしく、自転車買ってよとせがむこと1年半、ついに重い腰を上げた。

買ってみたら、本当に電動自転車は快適だった。買い物も、行って帰って来る時間で、徒歩ならきっと現地についていただろうな、と思うと、隙間の時間にさっと行ける、ただこれだけの事にも小さな感動を覚える。


さて、息子の方は小学3年生にこの春からなるので、やっぱり自転車を買おうという話になっているのだが、サイズを24インチを買えば、小学生の間はちょうどいいだろうとのことだけど、うちの場合、なんせチビなので、24インチが乗れるのは、きっと2年後。なので、やっぱり22インチにしようかと探しにいくところだ。


ここで自分自身の自転車の記憶。

私は小学校2年生になっても補助ナシが乗れなくて、公園で母親と練習して知らない誰かに笑われた記憶が鮮明にある。だから、たぶん20か、22インチの自転車でも持っていたのかなあと思う。

小学校高学年になると、友達は自転車で、私はというと、走っていた。
友達数人の自転車と一緒に、別の公園へ移動する際、私は走っていたのだ。といっても、一人ではない。数人が自転車で、数人がその後ろを必死に走る。

当然、母親に自転車を買ってくれとお願いしただろうと思う。
でも、心配性の母親が買ってくれなかったのだ。

だからいっそう、中学生になって電車通勤するようになった私に、駅まで乗るための自転車が買い与えられた時にはうれしかったのだ。今でもしっかり覚えてる。マットなボルドー色の自転車。私はそれにアップル号と名付けた。高校3年までの6年間、私はその自転車にお世話になった。


その後、社会人になって久しぶりにまた自転車に跨るようになった。今度は自分の働いたお金で買った。
パステルピンク色のパーソンズの自転車。アップルも、ピンク色のもどちらも今はなき碑文谷ダイエーで買った。
乗って帰るのに、目黒通りを延々と走るのだが、その時のうれしい気持ちもはっきりと覚えている。初めての彼氏が出来て人生で最高に幸せだと思った瞬間だった。



ところで、弟は、私が買い渋られていた自転車を、小学生で買ってもらえていたらしく、でも買ってすぐに、カギをかけずに置いておいて、盗まれてしまったらしい。弟は3歳下なだけだから、私も覚えていそうな出来事なのに、大人になって母に聞くまで知らなかったので、きっと弟の失態を母が大して咎めもしなかったのだろう。もし、うちの息子の自転車がそうなったら、私は怒って、1週間は怒って、娘の記憶にその姿がしっかりと刻みつけられるだろうと思う。

弟の買ったばかりで盗まれた自転車は、その1年後、隣に住むおばちゃんが、ひょんな所に停められていた自転車の名前に気付いて見つけてきてくれた。

今度、自転車を手に入れる息子にもそんな喜びが記憶されるだろうか。

今、デパートであれ買って、これ買ってとひっくり返る子がいなくなったという。
クリスマスや、誕生日に子供の日と、望む前にあれやこれやと新しい玩具を買い与えられ、それ故に、欲しかった玩具がやっと手に入った嬉しさもさほどなさそうな今の子供たち。

ちょっと気の毒にも思う。だって、自転車の後ろを必死に追いかけた過去も、今となっては、けして悪いものではないんだから・・。



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