「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

精神障害者の心をつかむ 説得術 (1)

2006年12月16日 18時07分47秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43269747.html からの続き)

 押川氏は タイミングを計って、いよいよ 精神障害者本人と直接会い、

 説得する作業が始まる。

 彼は一人の人間として、精神障害者と対等の立場で 友達になっていく。

 誰にも物おじせず近づける、彼ならではの 率直で巧みな話術。

「いま 助けに行きますからね。

 ちょっと待っててくださいね」

 部屋に引きこもって 誰も入れない若い患者に、押川氏は声をかける。

 寄ってたかって 病院へ行けと言われる 患者に対しては、

「助けにいく」 という言葉が 一番心に届く。

「お前ら、殺してやる!」

 獣のような形相で ナイフを突きつける 患者に対しても、

 押川氏は 少しもひるまない。

「いいから ちょっと座ろうよ。

 私たちは あなたを捕まえようとしてる わけじゃありません。

 あなたの話も きちんと聞きます」

 彼が 床に腰を下ろして 患者の眼を見つめると、

 相手も 気持ちが落ち着いてくる。

 時には 猥談に花を咲かせて、患者の心に 入っていくこともある。

「皆 あんたのことが 好きなんだよ!

本気で心配してるんだよ!」

 押川氏は必死で 自分の想いをぶつけるのだ。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43326786.html
 
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移送の依頼から、精神障害者と会うまで (2)

2006年12月15日 11時37分10秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43244296.html からの続き)

 親分肌の押川氏は 社員に対する指導も 手厳しいが、何よりも人材を大事にしている。

 スタッフは リストをもとに、移送先の病院に 片っ端から電話をかける。

 しかし 入院先を確保するのは 困難を極める。

 病院側は、難しい患者を受け入れて 事件を起こされては

 責任が取れない と言うのだ。

 一方 警察は、事件を起こすまで 立ち入れないと言う。

「事件を起こして 措置入院させればいい」

 と言う あり様である。

 そうならないよう 病院で治療するべきなのに 本末転倒だ。

 保健所などの 行政も腰が重い。

 家族も 世間体ばかり考えて、患者のことを隠したり、

 厄介者払いのために 入院させようとすることが 少なくない。

 そしてマスコミも、精神障害者の問題は

 人権が絡むための 批判を恐れて 触れたがらない。

 皆が 精神障害者の抱える問題から 逃げている、と押川氏は訴える。

 彼は、入院の必要を認めない病院に 患者のビデオを見せて、

 症状の深刻さを 証明することもある。

 周囲が 精神障害者の現状を もっと理解し、受け入れ体制があれば、

 早期発見 早期治療ができ、問題を深刻化させなくてすむのだ。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43307536.html
 
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移送の依頼から、精神障害者と会うまで (1)

2006年12月14日 16時34分23秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43215574.html からの続き)

[ 以下、精神障害者移送の現場を モデルケースとして紹介する。]

 トキワ警備の 電話が鳴る。

 部屋に引きこもったきりの息子を 病院に連れて行ってほしいという、

 家族からの依頼だ。

 患者を医療に繋げるのが 押川氏の仕事である。
 

 精神障害者の入院には 3種類ある。

 本人の意志で入院する 「任意入院」。

 入院の必要性に 本人が応じない場合、

 保護者の同意で 入院させる 「医療保護入院」。

 自分や他人を 傷つける恐れがある患者を、本人や家族の 同意を必要とせず

 強制的に入院させる 「措置入院」。

 押川氏は 依頼を受けて、任意入院 または 医療保護入院に持っていくのである。
 

 患者は 30代が一番多く、難しいケースも多い。

 押川氏は 事前に家族から 丹念な聞き取り調査 (ヒヤリング) を行う。

 患者の状態や性格、 周囲の環境、 家族の本音などを あぶり出すのだ。

 患者の症状や言動を ビデオに収めて分析したり、

 準備には 数週間以上もかけることもある。

 患者と家族のことを 十二分に理解しなければ、

 何が起こるか分からない 一発勝負の説得は 成功しないのだ。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43269747.html
 
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猥雑な人たちが好きな 押川氏

2006年12月13日 19時27分02秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43175961.html からの続き)

 競馬場。

 疾走するサラブレッド、興奮の るつぼと化した歓衆。

 その中に、いかつい一人の男 -- 押川剛。

 それなりの社会的地位が あるであろう男たちが、

 感情をむき出しに叫んで レースにのめり込んでいる。

 押川氏は そんな人間たちが好きだ。

 誰にでも親しみを持ち、喜怒哀楽を共にする 押川氏。
 

 夜のバーで、押川氏は ホステスの相談相手に なったりしている。

 彼は 何となく薄汚れた 人たちが集まる、危なっかしい場所が 好きなのだ。

 人間への こよない興味と愛情を、彼は 常に持っている。

 人間の心というものの 不可思議さに引かれ、

 心が壊れかかってる 人を見ると、

 どうして そうなってしまったのか、相手が 何をどうしてほしいと 望んでいるのか、

 とことん 知りたいと思ってしまう。

 押川氏が 精神障害者と関わる原点だ。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43244296.html
 
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コンビンサー 企画意図(4)

2006年12月12日 15時42分06秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43132520.html からの続き)

 押川氏は 主に障害者の家族から 移送の依頼を受けるが、

 常に 障害者本人のことを 第一に考える。

 そのために 押川氏は、依頼を受けてから 患者本人に会う前に、

 徹底的に 家族にヒアリングをして 患者の事情を把握し、

 家庭の裏に潜む 問題までもあぶりだす。

 問題は 障害者本人にではなく 家族のほうにある場合も多い。

 家族は 世間体を気にして、

 障害者を 厄介者払いするために 入院させようとすることも 少なくないのだ。

 家族が 自己のために移送を望んでいる と分かった場合は、

 押川氏は 自分ができることの 限界に悩みながらも、依頼を断ることもある。

 患者を助けたいという目標で 家族と心をひとつにできたとき、

 移送は半分成功した と言っていいという。
 

 精神障害者の家庭は 問題を抱えている場合が多く、

 その歪みが 家族の中の 一番弱い人に表れて、

 障害者を作ってしまった と言える。

 押川氏は 家族がもう一度 向き合う努力をしてほしい と訴える。

 そして 頑張っても どうしても駄目だったときに、

 自分たちが 力を貸したいのだと。

 押川氏は 家族の絆が蘇ることが 最終の目的だと強調する。

 決して 障害者を病院へ入れて 終わりなのではない。

 患者が退院して 家庭に戻ってきたときに、

 コミュニケイションの持てる 居場所があることが 最も大切なのだ。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43215574.html
 
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コンビンサー 企画意図(3)

2006年12月11日 11時19分10秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43101088.html からの続き)

 従来 この仕事は 「搬送」 と呼ぶことが多く、

 主に 警備会社やタクシー会社が 精神障害者を す巻きにしたり 手錠をかけたり、

 全くの水面下で 行なってきた。

 押川氏は それに強い疑問を持ち、 精神障害者の 人権を守るため、

 言葉だけで 患者を説得してきた。

 精神障害者移送に対する 周囲の誤解と 批判が渦まくなか、

 押川氏は 移送を積み重ねてきた。

 1999年、 精神保健福祉法が改正され、

 精神障害者移送が 法的に位置づけられるようになった。

 押川氏の実績が 認められ始めたのだ。

 誰もが不可能と言われたことを、情熱と行動力で 徐々に可能にしてきた。

 彼の エネルギッシュな生き様は 我々に活力を与え、

 人との関わりが 薄くなった現代人に、

 人間らしい触れ合いを 思い起こさせてくれるだろう。
 

 心の病は、決して異常なことでも 隠すべきことでもない。

 誰にでも起こりうる、普通の病気と 同じなのだ。

 そういう情報が 表に出ないために、患者や家族は

 自分たちだけが おかしいのだと悩み、恥ずかしいこととして 抱え込んでしまう。

 そのため病状が悪化し、自分や人を 傷つける結果に なってしまうこともある。

 そして 精神障害者は恐いという イメージを生む悪循環となる。

 押川氏は 「早期発見 早期治療」 が重要だと強調する。

 患者たちは 必ずサインを発している。

 彼らと どう接したらいいのか、それを分かち合うためにも、

 精神障害の ありのままの姿を タブー視せずに広く伝え、

 彼らと付き合っていくことが 大切である。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43175961.html
 
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コンビンサー 企画意図(2)

2006年12月10日 12時50分29秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43069391.html からの続き)

 「精神障害者 = 怖い, 危険, おぞましい」

 「移送 = 患者を押さえつけ 縛って無理やり運ぶ」

 というイメージを払拭しようと 押川氏は奮闘している。

 心を開いて 精神障害者と同じ立場に立って 話し合えば、

 刃物を振り回す相手でも きっと分かってくれる と言う押川氏は、

 今までに 600人の障害者を 移送してきた実績のなかで、

 ひとつの事故も 起こしていないという。
 

 押川氏は 全身全霊をかけて 精神障害者と向かい合う。

 仕事を終えた後は 精根使い果たし、言語障害のような 状態に陥るという。

 時には 身体や生命の危険に さらされることもある。

 それでも この仕事を続けているのは、

 ひたすら 押川氏が 人間というものを好きだからだろう。

 昔は不良だったという彼は、生身の、丸出しの人間が好きだ。

 精神障害者は 決して嘘をついたり 人を欺いたりしないと、 押川氏は言う。

 彼らは あまりに純粋で 真正直に生きているゆえに、

 苦しんで 心が壊れてしまうのだ。

 そんな、傷つき病んでいる人が 押川氏は好きなのである。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43132520.html
 
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コンビンサー企画意図(1)

2006年12月09日 13時09分32秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
 「コンビンサー」 という仕事を 知っていますか? 

 精神障害者 移送サービス。

 入院が必要な精神障害者を 病院につなげる職業です。

 
 5年前に作成してボツになった ドキュメントの企画書を連載します。

 【参考文献「子供部屋に入れない親たち」 押川剛(幻冬舎)】

------------------------------------
 
引きこもり、 うつ病による自殺、 精神障害者の凶悪事件……。

 昨今 メディアでも しばしば取り上げられる、

 心の病を 抱えた人たちに 関わる問題は、

 暗く 危険なイメージで 語られがちだ。

 4年間 部屋に閉じこもり、汚物と生ゴミの山の中で 暮らしている女性。

 締め切った家の中で 裸で母親に抱かれたまま 寝ている 40代の男性。

 家の中を 原形がとどめないほどに壊して 暴れまわる男性……。

 そんな患者たちを 目の当たりにしながら、

「私は 精神障害者が好きだ。」

 と 明言する男がいる。

 押川剛 (おしかわ つよし)、 33歳 (2001年 当時)。

 精神障害者は このような形でしか 自分の内面を表せないほど

 苦しんでいる人であり、 最も純粋な人, 決して嘘をつかない人だと

 押川氏は信じている。
 

 押川氏は、トキワ警備会社・トキワ精神保険事務所の 代表を務め、

 精神障害者移送業を 行なっている。

 精神障害者移送サービス という仕事は まだあまり知られていない。

 入院が必要なのに それを拒む 精神障害者を、

 説得して 病院まで同行し、医療につなぐ仕事である。

 またの名を 「コンビンサー」 。

 ただし、患者の首に縄を付けて行くなど、

 決して 強制的に 病院へ連れていくのではない。

 あくまで 本人の意思で 入院してもらうまで、押川氏は 患者とじっくり話し合う。

 「コンビンサー」 とは、 「納得させる人」 という意味なのだ。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43101088.html
 
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「車椅子社長・猛烈ケアビジネス」(14.最終回)

2006年11月17日 19時15分49秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42320802.html からの続き)

 病院のベッドで 眠っている不動。

 包帯が痛々しい。

 不動が 意識を取り戻すと、美由,シンシア,啓輔が見守っている。

 道子も座っている。

 シンシアは 不動に抱きつき、啓輔は 頭を下げて礼を述べる。

 美由は 不動をすっかり見直して、今まで反発していたことを謝る。

 シンシアは、この人は自分の命を懸けても お客様を守る人だと話す。

 不動は、儲けさせてくれるお客を 死なせるわけにはいかないと うそぶく。

 微苦笑する美由。

 啓輔は 道子にも 不動に礼を言うよう促す。

 見ると、道子の手が 土で汚れている。

 さっきは道端で 何をしていたのかと 道子に尋ねる。

 道子は ごそごそと懐を探り、何かを持って 啓輔に差し出す。

 訝る啓輔。

 道子の手を開くと、中には 四葉のクローバが握られていた。

「これを探していたんですか?」

 と聞く美由。

 啓輔は驚く。

「まさか……俺が、泣いて 『元に戻して』 って言ったから……?」

 はっとする美由。

 啓輔は クローバを受け取って 道子を抱き締める。

「お袋……今のままでいいよ。

 もう どこへも行かないで、ただ、いてくれるだけでいい……!!」

 胸が一杯になる 美由たち。
 

 美由は 不動の車椅子を押して、病院の庭を散歩する。

 啓輔が 介護福祉士学校へ通うことにしたそうだと、不動に話す。

 啓輔は経験を生かして、将来は 人の役に立ちたいという。

 啓輔は 新しい生き甲斐を見つけて 生き生きしてきた。

 人間はどんなときでも 頑張っていけるということを、

 啓輔は 不動から学んだという。

 美由も 不動から大事なことを 教えてもらった。

 ビジネスは 決してクールなものではない。

 ビジネスには 理念が必要だ。

 理念とは、人の心なんだと。

 不動は 怪我が治るまで、美由に 身辺の世話を命ずる。

「たっぷり こき使ってやる。

 これから楽しみだ」

 と 薄ら笑いをする不動。

 美由は ぞっと身震いするのだった。

(終)
 
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「車椅子社長・猛烈ケアビジネス」(13)

2006年11月16日 16時58分17秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42297647.html からの続き)

 翌日の早朝。

 啓輔は 道子の姿が 見えないことに気付き、慌てて 周囲を探し回る。

 そのころ不動は 競技用車椅子で 朝のトレーニング中。

 美由から不動に 携帯電話がかかってくる。

 美由は、道子が行方不明だという 連絡があったことを告げる。

 道子を探しに行かせて欲しいと 頼む美由。

 不動は、それはサービス一覧にはない と言う。

 怒って食いつく美由に、不動は言い放つ。

「だから、無料だ!」

 不動は携帯を切って、車椅子を走らせる。

 出社まで時間があることを確かめると、啓輔の家の方向へ行ってみる。

 その間、美由や啓輔たちも 必死で道子を探している。

 不動は 辺りを探しながら走る。

 やがて、道端で老婆が しゃがんでいるのを見つける。

 道子だ。

 不動は 安堵の笑みを浮かべて、道子に近づいていく。

 そこに 美由もやってくる。

 道子が ふらふらと歩きはじめたとき、

 後方から バイクのエンジン音が響く。

 バイクは左右に傾きながら、道子のほうへ走っていく。

 酔っぱらい運転か!? 

 不動は急いで 道子のほうへ走る。

 バイクが蛇行して 道子は轢かれそうになる。

 悲鳴を上げる美由。

 不動は思い切って 車椅子でバイクに突進する。

 バイクは 車椅子のバンパーに激突し、横滑りになって 火花を散らす。

 間一髪で助かる道子。

 車椅子は吹っ飛ばされ、不動は投げ出される。

 泣き叫ぶ美由。

 血吹雪が散り、不動は意識を失う。

(続く)
 
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「車椅子社長・猛烈ケアビジネス」(12)

2006年11月15日 22時26分40秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42254546.html からの続き)

 ある日、啓輔と美由は、道子の車椅子を押して 散歩に出る。

 今日は これも契約だ。

 料金をもらうことを 恐縮する美由だが、

 啓輔は 美由を買ったのだから 付き合ってもらうと笑う。

 道子は ほんのりとお化粧をしている。

 歳をとっても お化粧くらいするのは 当たり前だと、美由が勧めたのだ。

 桜の花びらが 舞い散る下、啓輔は 道子をおんぶしてみる。

「戯れに 母を背負いて……」

 すっかり か細く 軽くなってしまった 道子。

 啓輔は このまま、いつまでも、どこまでも、

 歩いていきたい と思った。

 啓輔は ぽつぽつと語る。

「お袋が倒れてから 1年余りは、

 夢に出てくるお袋は 病気になる前の 元気な姿だった。

 その後次第に、車椅子に座ったお袋が 夢に出てくるようになった。

 それも 穏やかな表情で」

 美由は 

「ありのままのお母さんを 受け入れられるように なったんですね」

 と言う。

 微苦笑して 頷く啓輔。

「……でも この前、夢のなかのお袋は 病気が治っていた……」

 啓輔の目から 涙がこぼれる。

「お袋が元気なときには、何も親孝行ができなかった……

 もし、神様がいるんなら、一日でもいい、

 奇跡を起こして、お袋を 元気な姿にしてほしい……」

 美由は 啓輔の本音を聞いて 胸が詰まる。

「お袋を、元に戻してほしい……!

そしたら、死ぬほど 親孝行します……!

元に戻して……!!」

 道子の手を握り、涙を堪える 啓輔。

 美由は 啓輔を労る。

「泣きたいときは 泣いてください。

 涙はそのために あるんだから」

 美由の目にも 涙が溢れる。

 道子を抱き、声を出して泣く 啓輔。

「啓輔……」

 と 小さく呟く道子。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42320802.html
 
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「車椅子社長・猛烈ケアビジネス」(11)

2006年11月14日 18時08分56秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42225841.html からの続き)

 日曜日。

 体育館で、車椅子に乗った 障害者アスリート達の

 ラグビーが 繰り広げられている。

 観客席で 驚いて見ている 美由と啓輔。

 「ウィルチェアー・ラグビー大会」 という 横断幕がかかっている。

 選手たちは素早い動きで、ボールを 前後左右にドリブルしたり、パスしたりする。

 不動は 強力なオフェンスとして、装甲車のような バンパーが付いた車椅子で、

 相手に 強烈な体当たりを食らわせる。

 ウィルチェアー・ラグビーは、以前は 「マーダー(殺人)ボール」 と言われたほど

 激しい格闘技なのだと、シンシアは 美由と啓輔に説明する。

 不動の隆々たる筋肉に 汗がほとばしる。

 目が釘付けになる 美由。

 シンシアは 子供のようにはしゃいで 不動たちを応援する。

 美由と啓輔も 次第に高揚していく。

 障害者なのに こんなことまでできるとは。

 シンシアは、障害者だからできるんだ と笑う。

 不動の活躍により、試合は 不動のチームが 優勝を勝ち取る。

 飛び上がって 喜ぶシンシア。

 美由,啓輔も 不動たちの姿に 心から感動する。
 

 帰り道、シンシアは 不動のことを話す。

 不動は元々、チェーンの飲食店を経営する 猛烈な商売人だった。

 シンシアは従業員として 不動と知り合い、その後 結婚した。

 不動は 学生時代から ラグビーをしていたが (顔の傷も ラグビーでできた)、

 試合中に 大怪我を負って 下半身麻痺になった。

 不動は 全てに絶望して、シンシアにも当たり散らし、自殺も考えた。

 しかし 次第に立ち直っていき、

 自分にしか できないことはないかと 考えるようになった。

 そして、障害者や高齢者の 介護ビジネスを思いついた。

 人間は どんなに困難な状況になっても、理想を持って 頑張れるのだと、

 今の不動は 信じているという。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42297647.html
 
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「車椅子社長・猛烈ケアビジネス」(10)

2006年11月13日 21時55分29秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42179306.html からの続き)

 野々山宅へ 訪問に来た 美由とシンシアに、

 啓輔は 心から礼を述べる。

 啓輔は 介護に対して 暗いイメージしかなかったが、

 元気が出る介護が できるようになった。

 似合わぬエプロン姿で 一生懸命 道子の世話をする啓輔に、

 美由は 微笑ましいものを感じる。

 バケツをひっくり返したり、料理の鍋を 焦がしたりしながらも、

 啓輔は笑って 道子の世話を焼く。

 啓輔は 最近、道子と穏やかなときを 共有するようになったと言う。

 ただ 並んで 座っているだけだが、

 今まで こんなふうに 母の顔を じっくり見たこともなかった。

 シンシアは、それは 家族に与えられた 「とき」 なのだと言う。

 それを 大切にしてほしいと。

 啓輔は 庭を見ながら 幼稚園のときのことを 思い出す。

 昔 ここで お袋と一緒に 四葉のクローバを探した。

 狭い庭で やっと見つけた 四葉のクローバを、

 啓輔は 近所の友達に見せて回った。

 そのうち クローバの取り合いになり、葉っぱが千切れてしまう。

 啓輔は泣きじゃくって 家に帰り、

「元に戻して!」

 と母に泣きすがった。

 母は 千切れたものは 戻らないんだよ と静かに言い、

 悲しむ啓輔を いつまでも抱いて 一緒にいてくれた。

 啓輔は そのまま母の胸で 眠ってしまった……。

 昔は そんな 「とき」 があったんだなあ と、啓輔は感慨にふける。

 美由は 啓輔と道子を見て、逆に 自分のほうが 心が癒される。

 やっぱり この仕事をやっていきたいと、美由は思い直す。

 シンシアは 美由と啓輔に、今度の日曜日、

 リフレッシュするために 社長の試合を 応援に行こうと誘う。

 「試合?」

 美由と啓輔は 意味が分からない。

(続く)
 
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「車椅子社長・猛烈ケアビジネス」(9)

2006年11月12日 14時03分45秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42148337.html からの続き)

 ある日の 野々山宅。

 道子が下半身裸で、おむつを抱えて 庭をウロウロしている。

 啓輔は 頭に血が上るが、

「お母さんのすることには 必ず意味がある」

 という 美由の言葉を思い出し、一息ついて考える。

 道子は 粗相(そそう)をして、それを知られたくなくて、

 おむつを隠そうと しているのではないか?

 道子にもプライドがある。

 啓輔は 道子の腰を 自分の上着で被って、道子に耳打ちする。

「年を取れば、たまには チョロッと漏れるくらい 誰でもあるよ。

 実はな、内緒だぞ、俺も ときどき漏らすんだ」

 道子は

「なんだ、お前もか」

 と安心する。

 啓輔は 道子を風呂に入れて 体を洗う。

 細くなった道子の背中を 流していると、道子は

「ありがとう……」

 と呟いて 微笑みを見せる。

 驚く啓輔。

 道子が こんな豊かな表情を見せたのは、発病してから 初めてのことだ。

 啓輔の態度が 変わることによって、道子の気持ちも落ち着き、

 いわゆる痴呆の “問題行動” が少なくなった。

 “問題行動” を作っていたのは 道子ではなく、実は 啓輔のほうだった。

 道子は困惑して 心と行動が 乱れていただけだったのだ。

 道子の気持ちを理解せず、どんなに傷つけていたか。

 道子に深く詫びる 啓輔。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42225841.html
 
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「車椅子社長・猛烈ケアビジネス」(8)

2006年11月11日 14時19分24秒 | 車椅子社長/無意識の彷徨/コンビンサー
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42124828.html からの続き)

 美由は 終日、不動のトイレ介助や 身の周りの世話をする。

 しかし 尊大な不動は ありがとうの一言もない。

「俺は お前に給料を払って 修行をさせてやっているんだ」

 と言う不動。

 美由は、

「私が行けば 啓輔はとても喜んでくれる。

 ありがとうの一言が お金よりありがたい」

 と口を滑らせる。

 不動は、美由が 契約外のサービスを 続けていることを察して 激怒する。

 美由も つい逆ギレして、

「私は もっと普通の お年寄りや障害者の人の お世話をしたい」

 と不満を述べる。

「普通の?」

 と突っ込む不動。

 美由は 痛いところを突かれ、はっとする。

「 “普通の” 障害者は 心が優しいか?

障害者は 頭を下げながら 生きていくか?

強欲で 威張った人間は “障害者らしくない” ってか?」

 美由は 頭をハンマーで叩かれたような ショックを受ける。

 美由は 心の中に、

「弱い障害者を 助けてあげることで 満足している」

 という意識が あったのではないかと 気付かされる。

 不動は

「貴様のような奴に 障害者を介護する 資格はない!!

障害者を 暮らしにくくしているのは 町の階段や段差じゃない、

 貴様の “心のバリア” だ!!」

 と 美由を恫喝する。

 美由は 返す言葉もなく、自己嫌悪の涙を流す。
 

 自分に 介護の仕事をする資格はない と落ち込む美由。

 シンシアが 美由に声をかける。

「皆、必ず一回は 社長にやられる。

 それを どう受け止めるか、あなたの宿題」

 シンシアの言葉を 噛みしめる美由。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/42179306.html
 
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