第2次補正予算が閣議決定され、先に成立した補正予算と合わせた総額では233兆円となった。
人と呼ばれることを覚悟して4月10日のブログで休業補償に反対する旨を書いた。その後は、休業を余儀なくされた方に対して失礼であると思って、政府や自治体の金銭的な取り組みに対して一切発言しないこととしたが、本日は2回目にして最後の主張である。233兆円は国家予算の2倍弱・日本の名目GDPの半年分に近い額で、家計に例えれば年収の半年分を2か月強で使い果たしたことになるが、これだけの巨費を投じても完全な救済には程遠いもので、既にコロナ倒産が出始めている。現在、中国コロナ禍は終息の気配が漂っているものの、ウィルスを駆逐できたものでは無く第2・3波のパンデミックも覚悟しておかなければならない小康状態であり、予防ワクチンや有効な治療薬が開発されるまで、この状態は継続される。こう考えると繰り返し襲ってくる中国ウィルス禍に対しても、今回と同様の補償が行えるのだろうか。今回の補正予算の財源の大半は国債であるために財政赤字は更に膨らむ。これまでは、予算審議等の過程で財政健全化を主張して赤字国債の膨張にブレーキを踏む人が存在したが、その人々も今回は一様に力一杯アクセルペダルを踏みこんでいるように感じられる。また、これほどの金額が一挙に市中に放出されることによって市況は悪性インフレに移行することは確実で、支援金や給与の目減りはより顕著となる。アベノミクスは消費拡大のための低金利に依るデフレ脱却を柱としていたが、悪性インフレの進行はアベノミクスをも根底から脅かすものになると考える。
ここまで経済音痴の杞憂を書き連ねたが、メディアにもブレーキは踏まないまでもアクセルペダルからは足を離した論調が散見されるようになった。凡そ国家施策等の公にあっては「二重基準」であってはならないために、財政状態がいかように変化(悪化)しようとも今回の公的補償の基準は今後とも継続しなければならないが、「果たして、この状態で国が保つのだろうか」という疑問は当然に検討しなければならないものと思う。第2次補正予算の審議にあっても緊急性を優先して、略全会一致に近い形で即決されると思われる。イスラム社会では満場一致の決定は、全員が正しいか若しくは全員が間違っていることを示すものとして無効とされるが、補正予算の議事・議決に当たっても、補償の継続性と財政健全化の兼ね合いが議員諸子の胸中に過ぎることを祈っている。