人間が本能の察知するままに生きていたら、、、
洪水の起きる地域には、民家は建っていなかったかもしれない。
コロナも怖い、、、
でも、、、、洪水で流されてゆくTVの映像が,、、怖い。
蟻んこの巣が梅雨時に引っ越ししてゆくのを見ながら
蟻んこが抱えている白い小さな卵が、移動してゆく、、、。
小学校のとき、南紀に疎開していた。
梅雨時になると、長靴を毎日履いていた。
町長さんをしていた祖父は
毎年流される民家のことを憂い、
橋の上から、川の底の稲が泥水にまみれて翻弄されるのを見ていた。
私財をなげうって、村を救いたかった。
子供だった私は、、、事の真相はわからないが、
戦後の食糧難の時代の危機に瀕している村と村の集合体のような
疎開という、にわかに増えた人口と
洪水という災害がもたらした食糧危機、、、経済危機、、、流される人命に
万策尽きていたころだった。
国から、ダム建設の計画が提示された。
敗戦の色濃くなる中で、、、北京、仁川、戦地と、
死に向かって進軍してゆく日本兵の
戦場での銃創や重篤な外科手術を要する医学、医術が必要で、
現地の東洋医学では兵士の命を救えなかった、
多くの日本の医学者や医師が、現地の大学で活躍した時代に
外科の医局はなくて、総合病院一棟を個人名で運営しながら
病院ごと、外科の臨床部門として、臨床教授として現地の大学と共同で
現地人の医師の、イギリス仕込みの外科技術を指導して
戦争の銃創にもケシ炭を塗り付けるという、
瀕死の兵隊の医療には役に立たない現地の医寮に代わり、
父の西洋医学の外科指導を受けた現地の医師が、
戦場の外科処理担当として活躍した歴史がある。
そのころの写真を、戦後内科医になった兄が
院長室の机の上の壁に
大切に保管していた。
その写真には
提灯袖の日赤のナース十数人並んで、白い扇のような形になっている真ん中に
外科医の現地の医師とともに
なんと!、、、ど真ん中の父の腕に兄が抱かれているのです。
日章旗が交差して頭上にあり、
戦時中の緊張感で空気が刃物のようにとがっていた。
兄はコピーもくれなかった。
幼かった私は、目をまん丸くして、、、
祖父母からの思い出話を聞いていた。
「銃後を守る任務」の外科医の父(祖父にとって、娘婿家族)に、
原子爆弾や水素爆弾がすでに、砂漠の下で完成したという情報の中で
科学戦争のさなかで、
肉弾戦の日本の未来は、玉砕の報道の中で、
従軍戦死するより
祖父にとっては、戦後の復活の任務についてほしかったのかもしれない。
祖父は、単身、、、戦地に乗り込んできてくれたのでした。、
父の運営する病院から、そのまま
「着の身着のまま」の娘夫婦が日本への帰還を果たせたのも
最後の連絡船に乗れたのも
祖父の捨て身の機転の、、、
戦場まで娘婿の家庭ごと日本に帰還させるべく、迎えにいったという。
口ばかりの援助や、
上から目線の指示だけではなくて、
自ら、激動の日本海を渡って、大陸に足を踏み入れ
命がけの、、、娘夫婦と家族の救済に、、、動いたという実行力だった。
リアルタイムの正確な日本の国内事情が祖父から知らされた。
新聞もラジオも
国民感情をコントロールする記事で埋まっていた。
本当の戦争の状況は、
もはや、
一部の政治家や自治体の権力者だけが、
軍からの連絡を受けていたような時代であった。
戦場近くの病院勤務だった父母に
勇気を讃える「肉弾三雄姿」の情報など、戦争も末期の情報が忘れられなかった。
現地入りした祖父は、娘家族に
一瞬の猶予もならない「連絡船の最終便の出船」を伝えることができた。
祖父の捨て身の情報連絡が、家族を日本に帰還させ、
母の生まれ故郷の、南紀の山奥に疎開する道を開いてくれた。
終戦の後、玉音放送を、祖父は娘夫婦とともに
聴いたという。
白い手袋で、毎朝
勅語を朝礼で読んでいた日が終わった。
原子爆弾が、、、全てを終わらせた。
人間は、、、核と言う、、、タブーーの領域の戦争をしたのが
第二次世界大戦を終わらせたことにつながってゆく。
戦後は、日本のあちこちで、進駐軍が
子供らに,「チューインガム」を配る姿が見られた。
疎開地にも春がめぐってきた。
戦争を知らない新しい時代の子!!!
弟が生まれた。
夢のような、新しい命が授かった。
祖父が、、、
自ら戦場近くまで行くことで、、、果たすことが出来た娘家族の再出発だった。
振り返ると、、、奇跡に近い出来事であった、
祖父が、、、捨て身の現地入りによって、戦場の父母に伝えたという奇跡。
晩年成人した兄は、祖父がこの世を旅立つまで
少しでも、人生を楽しんでもらおうと、毎月、感謝の訪問をしていた。
祖父を引き取った叔父さんの長女は、
兄の医科大学時代の親友を生涯の伴侶として、祖父をしっかりと見送ったのでした。
最後の連絡船に乗るためには、
日ごろから身に付けていたものだけが持参金だった。
結婚指輪も、船の乗船の時に、座る席と交換にしたと聞いている。
父の手術用のはさみと、、、
子供たちだけ連れて、、、
着の身着のまま、、、厳しい帰国の道についた。
焼夷弾の降るように落ちてくる
日本の空の下に帰国がかなったのでした。
祖父は娘夫婦と家族を、
ぎりぎりの最後の一艘の連絡船で
帰還させたのでした。
こんな機転が働く祖父って?、、、
どんな人生を過ごせば
これほどの、「瞬間」を
キャッチできる能力ができるのだろう。。。?
卵の殻の中で、、、、ごそごそ動く気配がわかるのは
母鳥でも、、、むつかしいだろう、、、。
祖父は28歳で、
現在のつくば大学の前身の学校からアメリカのフロリダに
留学していた。
戦後は、孫の私たちに、多くの影響を与えた人であった。
?
貿易を通して、、、平和へと、世界スケールの壮大な新時代を迎えようと
多くの若者が、眼から鱗の、「気付き!!!」が有ったのに、、、
まっしぐらに、文明開化へと向かう、天才的な視野の改革者は
死んでいった、、、、
と言うよりは、、、
時代が読めない者に殺されたのだろう。
坂本竜馬、、、もしも生きていたら、、、世の中は変わっていたと思うときがあある、
国民が錯覚した「大和魂は、
本当は、、、「世界のまたくぐり」をしても、
武力戦争では、、、何も解決しないと、、、
世界の平和には
鎖国がもたらした頑固なまでの、
視野の狭さからの
無謀のなせる進軍だったとも、歴史学者がTVで話したいた。
コロナ戦争も、第2波、、、
第3波が控えている怖さを知らなければ
コロナウイルスを相手に回して、、医寮には素人の政治家が、、、
自分で指揮することが、、、
無理を押しての行動だと同情するのだが?
努力には感謝する、
専門家の医師や研究者は、
痒い所に手の届かない、、、説明不能のニュアンスで、
真実を知るものが、後手に回るという日本の医療制度の中で
、
理論でコロナが退治できると、、、勘違いしてゆくのではなかろうか?
勝ち負けで、、、一時的な世界バランスに
参加した所で、
足の引っ張り合い。
阿部首相は、国民にマスクを送ってくださった。
私は、、、マスクの品質は良いことに越したことはないが
一国の首相が、国民の一人一人に
マスクを送ることで、示してくださった言葉の代わりに
伝えたかったのは
「貴方。貴女だけは、、コロナの加害者にはならないでください!」
本人も知らない、コロナの運び屋になるのを
マスクは未然に防ぐ助っ人です!
マスクを視乍ら、、、私には、メッセージ性があると感謝しました。
「一番汚いのは、、、若者よ!、、、」
「魅力の全盛期の君らが、コロナの運び屋になるかもしれないのだよ」
「 君たちに優しい婆ちゃんや、知恵の塊のような爺ちゃんを
家族にも会わずに、、、
灰にしてしまうコロナの運び屋になるのだけは止そうね!」
マスクなんて、、、使えても素敵だし
使えなければ、首相の名言として、壁に張っておいて、
出かけるときには、「マスクをすることを忘れなければ良い。」
マスクに、不良品が有ったとすれば、
側近の方々が、気を配れば良いと思うのです。
一番の強敵は、新型コロナウイルスですが
コロナは、、、かってに動くという事ですよね。
人間のコロナに関する注意力は
ピンからキリまでです。
コロナウイルスは無視して、勝手に動くはずです。
勝手に動く者たちへの戦争は
スパコンで正解を出したところで、
スパコンには打ち込むデーターが人間の最高レベルの域を出ないだけに、
二進法は、素数の出現を預言できないという
緻密さに欠けるという事を
第2波、第3波を迎えるわけですよね。
平成の陛下のお写真の展覧会で、
万歳岬の前で深々と頭を下げられているお写真が有った。
後ろ姿の両陛下のお写真を拝見しながら
理由はわからない、、、けれど、、、涙が止まらなかった。
勝てるはずのない戦争を、、、なぜ?始めたのか?
長い鎖国の中で、日本人は、
独自の文化を築き上げていたからね。
物事を地球視野でみる前に
まず、、、日本が見えてしまって、
日本を前提に、
視野も、考えも、視点も、
プリズムのように屈折した
マスクを一国の首相から送られた時、
その品質をとやかく言うのなら、、、
首相の心が解読できないのではなかろうか?
日本の総理大臣が
「コロナで、日本を滅ぼしたくなかったら、
{マスクをしなさい}と言って、、、皆にマスクを下さったんだよ。」
今回の新型コロナのマスクは、
大きな役割は果たしたと思います。
貧乏根性で、いじわるな、依存症の、、、あのブドウは酸っぱい、、、と言う
マスクに品質が伴わないのは
ワタシなりに、、、謹んで、心に留めるという認識です。
マスクの点検は首相の周りの
時間を融通できるスタッフの仕事だと思いますから
せっかくお配りになったマスクを、、、とやかく言われない為にも
メッセージを伝えられる程度に、点検する側近が居て
第2波、第3波に備える
阿部のマスクの配られた中に不良品があった事は
、 周りのスタッフの意識の足りなさだと思いたいのですが
一国の首相の名誉を守る義務は
国民の心を貧相にしない為にも
日本人の誇りを失ってはいけないと思いました。
爺ちゃん婆ちゃんは、、、安倍首相には
少なくとも、、、若者や孫からは守られると感謝しています。
75歳の今日は、早朝から
主人の弁当作りを楽しんでいます。
医療は、病気に関するプロの先生方を信じている
患者との、生死を懸けた出会いの場である以上、、、
政治家は、、、国を動かすことが出来ても
新型コロナの構造を知るのは専門家ですよね。
今までのコロナは人間の体内で増えた後、
体内の細胞からはがれて増殖していた経路で
患者さんをコロナだらけにして死に至らしめていたというタイプでしたから
接着がはがれて、体内で増殖するのを防ぐという、、、コロナに持ち合わせている機能を
阻害する薬が使えましたが、、、
今回の新型コロナは、、、コロナがはがれて、体内で増える段階を
阻止することが出来ないタイプの新型だけに、、、
特効薬はまだ開発中でショウ?
コロナの周りには何万ものアミノ酸があって、
今までのも’7~9個の変形をしながら2派に突入していますから
専門家から聞いた話の丸投げで
TV会見していると、、、絶望的な感染もあることを見逃してしまうという
医療の緻密さからくる、医師の表情を見落として、、、言葉になる部分だけを
独りよがりして受け取る場合もあることを熟慮して、
経済優先を駆使する場合も、
経済優先という説得力ある素人の合点する殺し文句に
「政治家が正しい言葉」を発表していても
緻密でないから、医療人以外への説得力にはなると思いますが、、、
結果は責任はとれないと思います。
ただし、、、このまま、、、コロナが収束すれば
コロナの収束に奔走した政治家の人気はすごいモノにはなると思いますが、、、
医療に従事している環境の者にとっては。。。
経済の事を、、、考えねば、、、生命にかかわってきますので
国民の皆さんの協力の下で、
新しいコロナとの共存の冒険への道を、
挑戦を一緒に、、、という程度にしたほうが
「経済優先」という言葉は、、、
「医療を理解していない私、、でありますから」、と。
私には聞こえてしまいます。
ハラハラしているのは、、、まさに老婆心でしょう。
このページは、、、今だから書ける、、、日記帳です、
75歳の婆ちゃんだけが、、、
独自に痛感した感情を、、、
コロナの防衛で、疲れた体で、、、日記に残しておきますね。
この次は、、、万一コロナにかかったら、、、
と言う不安を書いてみたいと思います。
遺言を書く人、、、
甥っ子や姪っ子に
君たちが,生まれるまでに、、、
ママも婆ちゃんも、どこから来たのか?
婆ちゃんの祖父の時代まで、
ミニアルバムにする人も、、、
居るよね、、、きっと。
江戸幕府ができた時の
東軍にいたか、、、西軍にいたかで、、、
明治維新の国家は人材を選んだのかもしれない。
そして平成においても、
日本という島国中では、
歴史の主役たちの末裔が、日本を動かしながら
教育レベルが上がってゆくと、、、ともに、、、
大正に入って、、、
クラシックの音符が日本にもたらされ、、、
オーケストラーに発展していった。
世界と、音を合わせて、自分の楽器がなんであるか知ったときに、
総譜の中で、
自分の音を深め、周りの音に目覚め、
自分の音の追求から、
合流するための切磋琢磨の
方向を知ったのかもしれない。
しかし、、、
生まれながらに、「天の与えた才能」は、、、選ばれてゆく。
天が選んだ才能を伸ばす努力のできる者だけが
生き残るという厳しい現実に
新型コロナは、、、
目下適応している天災(天才)かもしれない。
政治家の計画どうり、、、コロナが従順であることを祈りながら、、、
一日、、、千人を超えるのは、、、時間の問題だと思うのは、、、
私だけだろう、、、か。???