昭和38年、
まだ、、、白黒TVの多い時代
格闘技の番組が、がぜん、、、人気があり
相撲やプロレスや、白井選手が居た頃はボクシングのアートな動きを
画面が語った。
それから、ドリフターズや
紅白の、幸ちゃんとさそり座の歌手が
歌もそうとうですが、、、画面が笑えた。
若かりしの「あっ子さんと、デストロイヤー」も
夜なのに、兄弟で大笑いしていたのも、、、画面の面白さだった、
男の子のような「あっ子ちゃん」が
弟や、兄貴たちの馬鹿笑いを引き出していた。
スーダラ節も、面白かった。
はっきり言って、、、あの頃の番組は
TVという手段が主役の重さが有った。
TVの少ない下町の広場には
白黒TVを囲んで、、、相撲を視ているサラリーマンが
我を忘れて、TVに声援を送っていたから、、、おかしすぎる。
ドラマも小坂さんと、青春していた十朱幸代が出ていたホームドラマが印象に残っている。
つまり、、、お客の視聴率によって
人気が決まるTVは、、、大衆芸能や格闘技、ホームドラマでにぎやかだった。
そして、、、カラーTVが主軸となってどこの家にもTVが在る時代になった。
人々は、TV離れが始まったころ、
お茶の間から出てゆく傾向になり
自分自身が主役のアウトドア、
自分が自分の時間を使う傾向が出てきて、
人生の強敵は「時間そのもの!」と気が付いてからは
パソコンに移っていった。
TVが大好きだった時代の若者は、、、御爺さんとお婆さんになりました。
画面が見えなくなるように説明員が、
頭や、指で、資料を隠しながら、、、、よくしゃべる。
画面が主役のTVの画面を、説明している人が主役になってしまっている。
落語家とか、の話は疲れないが、
言いたいことを、口角泡を飛ばして説明するのも、、、、全休符の沈黙で
視聴者に、、、考える暇を与えない、
過剰な、、、丁寧すぎる説明で、面白いと身を乗り出したくなるのは
マラソンの詳しすぎる説明の、、、実力のあふれた、彼女の節女である。
取材が、、、半端ではないし、実感が先に来て、、、
言葉が追い付かないような、迫力の臨場感がいいと思う。
ワイドショウの説明員で、素敵なのは
宝塚で、男装の麗人だった彼女がいい。
舞台をしていただけに、
茶の間は見えなくても
お客さんとの見えないキャッチボールが在る、、、間が絶妙に良い。
美しさに見とれているときもあるが、
彼女は、番組を視聴者に届けるのが絶妙の間合いのとり方や
言葉の選び方も、素敵だと思います。
こんなに素敵な人も、
番組のデレクターに忠実に、自分の芸を出し切るのだな~~~と!
あきれたこともある。
東京都知事の、眼の大きな男性の政治番組の時は
シナリオどうり、、、激しいオスカルのような男になっていて、
忘れない、男の芸のような迫力であった。
TV画面は、やっぱり、
素敵な女性が出てくると、、、観たくなります。
徹子の部屋に彼女が出ていた時は、
かっての「トットちゃんも」
フアンのように見えましたよ。
TV画面は、、、説明員が学校の先生のようになってしまう番組は
言いたいことを伝えようと、、、夢中になりすぎるんだと思うのです。
お茶の間は置き去りで
出演者が盛り上がってしまっているので、
せめて、資料の画面の前に
手や、身体で、「私が主役です、」とばかりに立たれると
画面の数字や、資料を見て、お茶の間で、、、考える時間の
間合いが無くて、、、観てるのがしんどくなります。
時間と、おしゃべりの抑揚と、間合いと
画面の構成の、総合で、
お茶の間に、あ、、、うん。。。の、
言葉以外の画面や空間で、伝えることって
言葉にも、、、歌にもなさじ、、、わが想い、、、
その日、、、その時、、、胸から胸へ、、、
ひばりちゃんは、、、
お茶の間に、、、
絶妙の完璧さで、、伝えてきたことは
一体、画面構成の,、、構成は、誰がかんがえているのだろう?
特別に、堅持してくるものはないのに
まろやかな歌声と、踊りの上手さと、光の使い方と、、、
目に見えない貫禄があって、
戦後の復活の産んだ、、、歴史的な体験をした日本の変化とともに
大衆は、画面から、時代の移り変わりさえ
しみじみと感じるような
昭和時代の激動の日本を、ひばりさんからは感じる画面でしたね。
終戦の中で耐えがたきを耐えて、
世界の国に、再び戦争が起きないようにと
広島、長崎の原子爆弾から、75年。
TVは大衆が、どのように終戦の修羅場をくぐってきたかを
それとなく伝え続けていたと思ったりしています。
昭和38年頃、NHKのラジオは
録音機を、町の中の若者の声や、世論の飛び交う喫茶店の中に置いた番組がありました。
ラジオが番組をつくるという発想から、
街の声が、、、そのまま、、、そのまま番組を創ってゆくのでした。
半可通の知識のある説明員の解釈を押し付けられるのではなくて
街の中の、録音機の取材した声から、
視聴者はそこに居る、、、そして、、、音から
何かに気が付くという、
知識が邪魔をしない番組に
私は、心を直撃されたことが有りました。
TVで、商品を紹介しても、
売らんかなの技巧に走り、特徴をしゃべりすぎて、
説明員が主役になっているから、
品物を押し売りされているような、息が出来なくなるような呼吸困難があります。
昔のコマーシャルは、画面が語っていました。
サントリーの御爺さんは、顔が階段のように一段筒、、、酔っぱらった色になりました。
白黒TVなのに、、、お酒の為に、、、いい心持になっているおじいさんが
茶の間も酔わせてくれました。
今の、コマーシャルは、売らんかな、、、売らんかな、、、の
説明員が早口で、視聴者が視るより先に早口で説明してしまい、
画面の効果を使っていませんよね。
私なら、、、例えばハンドバックを売りたいのなら、、、
入り口、ポケット、素材、製法の良さを、ペラペラしゃべって、押し付けるやり方を変えて
いろいろな動物にハンドバックと対話させるシーンを通して、
カエルが口を開けて、バックと、大口比べをしているとか、
リスが、バックのポケットに、どんぐりを、、、入りきれないほど運び込むとか、、、
宣伝を、押し付けるのではなくて、ポケットが多いという事を、
画面を使って、、、笑える説明にすべきだと思うのですよね。
ルイビトンが
オードリーの映画から
、私のような庶民にも欲しいと思わせる効果が発したことを
ふと振り返ります。
52歳で疲労から、突然この世を去った父には
ルイビトンを娘に買うという暇も、時間も、心のゆとりもありませんでした。
街はルイビトンであふれ、
マーケットのレジの財布はビトンが光っていました。
私は、生涯、、、ブランド物は、
バックも、衣類も、買う余裕がありませんでした、、、が!
上野の街で、
7000円の口金やベルトのない箱型の旧いビトンを買いました。
その時から、部屋の中の新聞入れになって30年ぐらいたちますが
リサイクルのビトンの新聞入れのバックは、、、、
さすがビトンだな~~~と
我が家の煩雑な舞台裏のような居間で、
ビトンのバックの新聞を読むとき
お出かけ気分のリラックスな紅茶の美味しいタイムです。
物を売りつけるのではなくて、
主役のお茶の間の視聴者に、
売りたいものが届いたときの、
非日常の時間の風景や、気持ちの解放や
ウキウキ感を、虹の橋を渡る鳥で表して、
鳥が加えたバックを、虹の橋から落としたとき
バックのポケットから、、、
いろいろなものが、
虹の橋を渡って
彼がキャッチすることで
いっぱい入ることを、、、
品物ではなくて、果物や、木の実や、花や、夢の続になるもので。花の香りだけだっていいと思うのです
視聴者に、押し付けるのではなくて、、、
一個のバックから、
幸せなリラックス画面を届けてほしいと思いました。
おしゃべりは、押し付けるのではなく
香水のように、流すといいのだと思います。
コミカルな言葉に変えても、お茶の間には微笑みが戻ります。
画面という手段には、、、かなわないと、、、誰もが考えるとき、
音の魅力を、詩心のように、視聴者の感性に届けてくる番組がありました。
受け取り方は、、、
視聴者が自分の感性に沿って受け取るお茶の間が主役です。
私は、ラジオの方が身近でした。
一例ですが、、、
ちょうど、人生で、、、今は勉強しなくてはならないという時期でもありました。
「藤間 紫」さんと言ったかしら、、、
夜な夜な、さわやかな色気の声で、
ぎすぎすした勉強机を、一瞬、、、その声で、
リラックスした、大人の喫茶店にしてくれた話声でした。
テンポも、間合いも、声の抑揚も、トーンも、生体リズムと同種の一部のように
リラックスさしてくれました。
TVは、、、説明ばかりだと、、、
うるさく感じ、、、疲れてきます。
内容は大切なことを伝えてくれているのですが、、、
間合いが忙しくて、、、しんどいのが、、、
「ワイド症」の?75歳の婆ちゃんです。
虹色クワガタが、、、ゆっくり、、、音楽とともに歩いていて
黑いクワガタと出会うのです、
黑いクワガタは
虹色クワガタに恋をして、そっと寄り添って歩くのです。
そこから先は、皆さんがストーリーを作ってください