昨日のバラエティー番組「世界くらべてみたら(TBS)」で「親子4人がキャンピングカーを使って世界一周旅行」というのがあった。
元消防士と元看護士という雲野夫婦が、小学校前の息子二人を連れて、自宅を売り払い、貯金もすべて解約してキャンピングカーを購入し、世界中を回っているそうだ。
もう3年近くにも及ぶとか。
現在はアフリカを回っているとのことだが、驚いたというか、感心したのは、この両親は二人の息子に対してきちんと教育をしているということ。
アフリカの原野で野生動物を見せて回るのだけど、お父さんが動物に関するいろんな情報を教えている。
しかも、単に「キリンは水辺で水を飲む時も、座ったりしないで足を開いたまま飲む」とか、いわやる自然の姿を見せるだけではなく、弱肉強食の世界もちゃんと見せている。
つまり「うわっ、スゲ~」だけで見せているわけではないのである。
もちろん、これだけではない。
空いた時間を使って、今度はお母さんが自前のドリルを使って、漢字の勉強とかいろいろさせているそうだ。
「基本的には日本語で話すようにしている」とも言っていた。
一方で、現地の子供たちとの触れ合いもちゃんとしているし、ただ単に「〇〇を一周してきた」というのとはわけが違うのだ。
だから、二人の息子はとてもしっかりしていた。
普通、そこまでなかなかできないし、何ともすばらしい親子だと思う。
これで思い出すのは・・・
もちろん「ゆたぼん」親子である。
こちらも、日本一周を終えたばかりだけど、その費用はいったいどうやって捻出したのか。
大半がクラウドファンディング、つまり他人のお金である。
別にそれが悪いとは言わない。
しかも、雲野家の息子たちは親の夢に付き合っているだけ(に見える)なのに対して、この子の場合、「全国の不登校児を激励しにいく」という大義名分を掲げての旅行なので、むしろ志は高い・・・はずだ。
それなのに、この世界一周の親子を見て「すばらしい!」と思うのに、ゆたぼん親子を見ても、「何だ?こいつら」としか思わないのはなぜだろう。
まだ10歳前後の子供が、自らの意思で全国(全世界)を回ろうなど思うはずがない。
単に「日本中(世界中)を見てみたい」と思うだけなのと、ある意思を持って回るのとは違うと思う。
主体はあくまでも「親」であり、「子」はそれに従っているだけだ。
だから、ゆたぼんの場合も、そこに親が絡んでいるのは明らかなのに、なぜか主体的に表に出るのではなく、ゆたぼんが批判されている時に出てきて、批判した相手に暴言を吐くだけである。
つまり、親の意思がまったく見えないのである。
もちろん、世界一周を経験した息子たちが立派な大人になるという保証はないし、ゆたぼんがロクでもない大人にならないかも知れない。
何となく見えてくるのは、両家の父親から感じるオーラ(威厳?)の違いによるものだと思う。
はっきり言って「圧倒的な差」があると思う。
雲野家について、小学校にも行かずに世界一周をしていることに対する批判もあるだろうし、「病気になったらどうするんだ」などという小さな心配もある。
でも、この父親ならちゃんと考えているだろうし、何かあっても乗り越えそうな気がする。
だいたい「学校なんて行かなくてもいい」などと一言も言ってないし。
元消防士と元看護士という雲野夫婦が、小学校前の息子二人を連れて、自宅を売り払い、貯金もすべて解約してキャンピングカーを購入し、世界中を回っているそうだ。
もう3年近くにも及ぶとか。
現在はアフリカを回っているとのことだが、驚いたというか、感心したのは、この両親は二人の息子に対してきちんと教育をしているということ。
アフリカの原野で野生動物を見せて回るのだけど、お父さんが動物に関するいろんな情報を教えている。
しかも、単に「キリンは水辺で水を飲む時も、座ったりしないで足を開いたまま飲む」とか、いわやる自然の姿を見せるだけではなく、弱肉強食の世界もちゃんと見せている。
つまり「うわっ、スゲ~」だけで見せているわけではないのである。
もちろん、これだけではない。
空いた時間を使って、今度はお母さんが自前のドリルを使って、漢字の勉強とかいろいろさせているそうだ。
「基本的には日本語で話すようにしている」とも言っていた。
一方で、現地の子供たちとの触れ合いもちゃんとしているし、ただ単に「〇〇を一周してきた」というのとはわけが違うのだ。
だから、二人の息子はとてもしっかりしていた。
普通、そこまでなかなかできないし、何ともすばらしい親子だと思う。
これで思い出すのは・・・
もちろん「ゆたぼん」親子である。
こちらも、日本一周を終えたばかりだけど、その費用はいったいどうやって捻出したのか。
大半がクラウドファンディング、つまり他人のお金である。
別にそれが悪いとは言わない。
しかも、雲野家の息子たちは親の夢に付き合っているだけ(に見える)なのに対して、この子の場合、「全国の不登校児を激励しにいく」という大義名分を掲げての旅行なので、むしろ志は高い・・・はずだ。
それなのに、この世界一周の親子を見て「すばらしい!」と思うのに、ゆたぼん親子を見ても、「何だ?こいつら」としか思わないのはなぜだろう。
まだ10歳前後の子供が、自らの意思で全国(全世界)を回ろうなど思うはずがない。
単に「日本中(世界中)を見てみたい」と思うだけなのと、ある意思を持って回るのとは違うと思う。
主体はあくまでも「親」であり、「子」はそれに従っているだけだ。
だから、ゆたぼんの場合も、そこに親が絡んでいるのは明らかなのに、なぜか主体的に表に出るのではなく、ゆたぼんが批判されている時に出てきて、批判した相手に暴言を吐くだけである。
つまり、親の意思がまったく見えないのである。
もちろん、世界一周を経験した息子たちが立派な大人になるという保証はないし、ゆたぼんがロクでもない大人にならないかも知れない。
何となく見えてくるのは、両家の父親から感じるオーラ(威厳?)の違いによるものだと思う。
はっきり言って「圧倒的な差」があると思う。
雲野家について、小学校にも行かずに世界一周をしていることに対する批判もあるだろうし、「病気になったらどうするんだ」などという小さな心配もある。
でも、この父親ならちゃんと考えているだろうし、何かあっても乗り越えそうな気がする。
だいたい「学校なんて行かなくてもいい」などと一言も言ってないし。
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