Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

死刑と性善説

2008-04-23 07:55:00 | インポート
各位お早うございます。
当地名古屋は薄曇り。これから天気は下り坂で、明日の雨天を経て少し気温が下がりそうです。
私を含め、多くの方が風邪気味の様ですね。どうか健康留意にて。

さて昨日、広島高等裁判所にて1999=平成11年春に山口県下にて生じた母子惨殺事件の最高裁判所差し戻し審の判決公判が行われ、当時未成年だった男性被告に対し死刑判決が言い渡されました。事件の残忍さ、悪質さよりすれば犯行当時の未成年を勘案しても極刑は妥当と申さざるを得ません。かけがえのない家族を失った方の感情を汲む事を何よりも優先する必要があるでしょう。

疑問の中心は、途中交代した被告弁護団の不良姿勢でしょう。
更生の余地があるとする所謂「性善説」に固執して被害者側を一顧だにしない偏った方向性には私もかねて好ましく思っていませんでした。
更に被告が当初は以前の弁護人に対し認めていた悪意の犯行であった事を翻し、悪意を否定する方向に転じた事であります。
これは被告の本意よりも死刑回避を意図した弁護団の意向の反映と見るのは行き過ぎでしょうか。Y弁護団長は狂信的な死刑廃止派であるやに聞いており、又性善説偏重でも知られている様です。この見解は未成年者による凶悪事件が大きく増えた現在の潮流には不適合と申さざるを得ないと思います。

被告弁護側は判決が重過ぎる事を理由に最高裁判所への上告を決めた由ですが、差し戻し審である事を考えると棄却される公算が大きく、犯行当時としては我が司法史上最年少の死刑囚誕生の可能性が強まっています。
被告はこの重い事実を真摯に受け入れ、残りの生を贖罪に充てる事を強く求めたいですが、併せて弁護団の強引な活動姿勢も強く糾されるべくだと思います。勿論被告の処刑だけで問題は終わりません。この事件を生んだ背後、東京裁判こと極東国際軍事裁判以降、大きく正道を踏み外して荒廃の道を進んだ我国の不良な戦後のあり様も大きく関わっていると強く思います。これらについては後日記しますが、死刑廃止勢力は一度靖国神社に参拝し、合祀される昭和殉難者に対し心よりの一礼を捧げた後、死刑廃止の議論をすべきでありましょう。
この事は現状では死刑廃止は時期尚早と見る私よりの、同勢力に宛てた踏み絵のつもりであります。*(日本)*
コメント
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