コナサン、ミンバンワ!5日ぶりの拙日記であります。先週後半来の大型寒波は、当地名古屋にも積雪をもたらし、先週末出かけた新潟磐越の地は、約20年ぶりの大雪に見舞われました。
交通機関の障害も続出し、現地への往来は、普段と経路を変更するやむなきとなりました。本日よりは所定の出番なだけに、昨日中に帰れたのが何より幸運であると、今は思います。
厳しい気候の時ほど、冬の雪山は却って美しく見えるものですが、その我国の最高峰、霊峰富士にて、一昨日残念な事態が生じてしまいました。
前世期末、世界最高のカーレース、F-1世界選手権にてご活躍、今は登山家、冒険家の片山右京さんの率いる登山チームが遭難、片山さんは辛くも生還されたものの、同行の関係の方2名が落命されました。まずはこの方々に哀悼の意を表すと共に、決して無謀な行動ではなかった片山さんに対しても、一言お見舞いを申します。
来年初に予定されていた、南極登山に備えての訓練だった様ですが、登山時に求められる登山計画書が静岡県警察本部に提出されていなかったのは遺憾な所。南極遠征は見送られた由ですが、これを機に、こうした言わば不行き届きも見直されて良いと思いますね。尤も、かく申す私も、過日記した様に、街歩きの服装のままで標高3000m超の高山の頂に登ったと言う暴挙の前科があり、決して片山さんや登山各位の不足の所を揶揄できる立場ではありません。
この件につき、昨日の地元紙、C新聞のコラム「C春秋」に記事がありましたので、以下引用して少し考えて参りたく思います。
『新田次郎の小説「芙蓉の人」は1895=明治28年に、冬の富士山頂の気象観測に初めて挑んだ野中 到・千代子夫妻の情熱と苦闘を描いた名作だ。その中に、冬の富士山登頂を初めて成功させた野中が、突風の怖さを父に語る場面がある。
「富士山の冬の風は、恐るべき風です。どっちからともなく突然吹いて来る強風です。その風にやられた時の感じは、暗い夜道を歩いていて、いきなり突き飛ばされたのと同じようなものでした」。予測できない突風は、今も最大の脅威なのだろう。
元F-1レーサーの片山右京さんら3人が富士山で遭難。同氏の会社関係者2人の遺体が6合目付近で見つかった。
片山さんは、冒険家として、南極最高峰ビンソンマシフ(4897m)に登るための訓練をしていた。2人の寝ていたテントは強風で吹き飛ばされ、約200m下まで滑落したと見られる。
独立峰の富士山では、山肌で2つに割れた風が裏側でぶつかり合って、衝撃が起きる。「エベレストの気象条件とほぼ同じ」と言う。
正確な天気予報をするために、命がけで観測した「芙蓉の人」の野中夫妻は疲労や栄養不足で倒れ、2人で観測を始めて約70日後に救出された。自然の力の前では、人間は小さな存在だ。命を代償にしないと、それを思い出せないのが悲しい。』
勿論、自然対人間の関係については記事通りであり、それは尊重されるべきでしょう。しかし一方で、登山を初めとする様々な冒険は、挑戦者の持つ可能性をより高め、更に難しい地平へと進める力を育てる、言わば大義と申して良い崇高な一面を有していると思うのです。その大義、そしてより高い可能性を磨こうとする冒険者の真摯な姿勢に水を差すべきではないと私は考えます。
とりあえず、今度の南極遠征は中止のやむなきとなったが、片山さんには、遺漏のない届け出をも含めた、周到安全な準備の下に、又改めて挑戦を願いたい。その真摯で崇高な取り組みの姿勢こそが、亡くなられた関係各位への最高の供養になるのでは、とも思いますね。*(山)*
交通機関の障害も続出し、現地への往来は、普段と経路を変更するやむなきとなりました。本日よりは所定の出番なだけに、昨日中に帰れたのが何より幸運であると、今は思います。
厳しい気候の時ほど、冬の雪山は却って美しく見えるものですが、その我国の最高峰、霊峰富士にて、一昨日残念な事態が生じてしまいました。
前世期末、世界最高のカーレース、F-1世界選手権にてご活躍、今は登山家、冒険家の片山右京さんの率いる登山チームが遭難、片山さんは辛くも生還されたものの、同行の関係の方2名が落命されました。まずはこの方々に哀悼の意を表すと共に、決して無謀な行動ではなかった片山さんに対しても、一言お見舞いを申します。
来年初に予定されていた、南極登山に備えての訓練だった様ですが、登山時に求められる登山計画書が静岡県警察本部に提出されていなかったのは遺憾な所。南極遠征は見送られた由ですが、これを機に、こうした言わば不行き届きも見直されて良いと思いますね。尤も、かく申す私も、過日記した様に、街歩きの服装のままで標高3000m超の高山の頂に登ったと言う暴挙の前科があり、決して片山さんや登山各位の不足の所を揶揄できる立場ではありません。
この件につき、昨日の地元紙、C新聞のコラム「C春秋」に記事がありましたので、以下引用して少し考えて参りたく思います。
『新田次郎の小説「芙蓉の人」は1895=明治28年に、冬の富士山頂の気象観測に初めて挑んだ野中 到・千代子夫妻の情熱と苦闘を描いた名作だ。その中に、冬の富士山登頂を初めて成功させた野中が、突風の怖さを父に語る場面がある。
「富士山の冬の風は、恐るべき風です。どっちからともなく突然吹いて来る強風です。その風にやられた時の感じは、暗い夜道を歩いていて、いきなり突き飛ばされたのと同じようなものでした」。予測できない突風は、今も最大の脅威なのだろう。
元F-1レーサーの片山右京さんら3人が富士山で遭難。同氏の会社関係者2人の遺体が6合目付近で見つかった。
片山さんは、冒険家として、南極最高峰ビンソンマシフ(4897m)に登るための訓練をしていた。2人の寝ていたテントは強風で吹き飛ばされ、約200m下まで滑落したと見られる。
独立峰の富士山では、山肌で2つに割れた風が裏側でぶつかり合って、衝撃が起きる。「エベレストの気象条件とほぼ同じ」と言う。
正確な天気予報をするために、命がけで観測した「芙蓉の人」の野中夫妻は疲労や栄養不足で倒れ、2人で観測を始めて約70日後に救出された。自然の力の前では、人間は小さな存在だ。命を代償にしないと、それを思い出せないのが悲しい。』
勿論、自然対人間の関係については記事通りであり、それは尊重されるべきでしょう。しかし一方で、登山を初めとする様々な冒険は、挑戦者の持つ可能性をより高め、更に難しい地平へと進める力を育てる、言わば大義と申して良い崇高な一面を有していると思うのです。その大義、そしてより高い可能性を磨こうとする冒険者の真摯な姿勢に水を差すべきではないと私は考えます。
とりあえず、今度の南極遠征は中止のやむなきとなったが、片山さんには、遺漏のない届け出をも含めた、周到安全な準備の下に、又改めて挑戦を願いたい。その真摯で崇高な取り組みの姿勢こそが、亡くなられた関係各位への最高の供養になるのでは、とも思いますね。*(山)*