はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

フランスとグルジアの意外な関係~『やさしい嘘』

2008年02月06日 | 発掘名画館


『やさしい嘘』―その背景を知る

 一般の日本人には馴染みの薄い旧ソ連の小国グルジアとフランスを舞台にした映画です。私自身がグルジアという国の名を耳にしたのは何年か前のオリンピックの開会式だったかな?英語では「ジョージア」って言うんですよね。皆さんはこの国についてどの程度ご存知ですか?ちなみにグルジアの国民は自国のことを「サカルトヴェロ」と呼ぶそうです。首都はトビリシ。

 一見してあまりにも馴染みの薄い国なので、ここで映画プログラム中の情報を基に、グルジアについてご紹介したいと思います。それを踏まえてこの映画を見ると、映画の中で描かれたことがより深く理解できるのではないかと思ったので。

グルジアの位置(周辺地図)

 グルジアは黒海に面し、トルコ、アルメニア、アゼルバイジャン、ロシアと国境を接する小国です。国土面積は日本の約5分の1。そこに430万人が暮らす。旧ソ連時代はワイン、お茶など豊かな農産物と長寿の国(私達には「コーカサス地方」という方が馴染み深い)として知られていた国。最近では、グルジア・ワイン、カスピ海ヨーグルト、大相撲の黒海関の活躍などが、一般の日本人には知られるところでしょうか。91年のソ連崩壊後は一転して民族紛争と内乱による流血の舞台と化し、解体された旧ソ連の共和国の中で最も政治的混乱の被害を受けた国らしい。

 一向に回復しない経済に見切りをつけて、働き手の多くは国外へ。その行き先のひとつが今回の映画のもうひとつの舞台となったフランスというわけです。旧ソ連のゴルバチョフ政権下で外務大臣を務めたシェワルナゼ大統領も2003年には失脚。その後弱冠36歳で選出されたミヘイル・サアカシュヴィリ大統領を中心に平均年齢30代の内閣が国内外で山積する難問に果敢に取り組んでいる最中だそうです。

 映画の中では国家制度の混乱の象徴として描かれている郵便事情。窓口で手紙をポイッと投げ渡す職員の横柄さにはびっくりしますが、日本以外の国では案外珍しいことではないかもしれませんね(中国の国営商店の店員の横柄さも有名な話ですし。今は多少改善?)。私がいた中東の国でも、手紙の紛失はしばしばあったし、小包はダウンタウンの中央郵便局まで受け取りに行かねばならず、しかも窓口では他の人がいる前で小包の中身をひとつひとつ「これは何だ」と確認されてプライヴァシーも何もあったもんじゃなかったです(泣)。

 日常会話やテレビ・新聞などでは一般的にグルジア語が使われている。ただし、ソ連の一部であった名残や国内の少数民族との関係から、共通語としてロシア語の役割も無視できないらしい。近年グルジアでは、英語や独語の学習熱が高いとのこと。フランスには第一次世界大戦後、グルジア亡命政府が樹立されたこともあり、仏語は旧貴族層や学者の間で需要があるらしい。現在フランスの外務大臣を務めるズラビシュヴィリ女史は亡命グルジア人の子孫という話からも、グルジアとフランスの浅からぬ縁を感じます。そう言えばロシア文学を読んでいると、ロシア貴族が教養語として仏語をたしなむ、というくだりがよく出てきたと記憶していますが、昔から東欧圏の人々にはフランスへの憧れがあったのでしょうか?

 宗教はギリシャ正教の流れを汲むグルジア正教が主流。4世紀以来の古いキリスト教遺跡は観光地としても名高く、古都ムツヘタは世界遺産にも指定されている。

 文化的にはアジアとヨーロッパが交差する地として、民族音楽や民族舞踊が盛ん。狭い国土ながら、踊りも歌も地域色が極めて強い点が特徴的。衣装、合唱方法、踊りの仕草が各地域で異なり、全体で独特なグルジア文化を築いているという。これは、古くから東南アジアとの交流が盛んで、「チャンプルー文化」とも称される沖縄の民俗芸能の豊穣さに通じるものがあると言えるのではないか?異なった文化が交差する地域は、歴史的に周辺の列強に翻弄されるという側面を持ちながらも、巧みにさまざまな文化を取り入れ、混合し、独自の文化を築きあげる逞しさとしなやかさを持っていると言えるのではないでしょうか?

 映画はグルジアを舞台としながらも、監督・脚本は仏人女性のジュリー・ベルトゥチェリ、主演の3人はベラルーシ、グルジア、ロシア(サンクト・ペテルブルク)生まれと出自は多彩。

 祖母役のエステール・ゴランタンはベラルーシ生まれの御年91歳(!)。両親が東欧のユダヤ系出身なのでイディッシュ語を話し、生まれ育ったのがベラルーシなので近隣ではロシア語が交わされ、生まれ故郷町が当時ポーランド領だったので学校教育は高校までポーランド語で受け、18歳からは歯科医師を目指してフランスのボルドーに移住したのでフランス語を学びと、4つの言語を操ります。そして今回はグルジア語にも挑戦。85歳で女優デビューして以来、出演作は本作で7本目を数え、その後新作2本が続く。凄い人です。自然体の演技がとても良い。この人を見ただけでなんだか得した気分になります。

 その娘役のニノ・ホスマリゼは生粋のグルジア人。だから映画の中でお湯の止まったシャワーや度重なる停電に悪態をつくのは迫真の演技というより、彼女のグルジア人としての本音なのかも。孫娘役のディナーラ・ドゥルカロヴァは14歳で映画デビュー。童顔なので若く見えますが、1976年生まれの28歳。90年に出演した映画がカンヌでカメラ・ドール賞を受賞したことにより一躍注目を浴び、現在はフランスに住んで幅広く活躍中らしい。

 前半は淡々と進むのが少し眠いくらいですが、グルジアを取り巻く悲惨な状況、そんな中での家族・親族・近隣住民の深い絆、人々を慰め励ます音楽と踊り、女性の逞しさと男性の所在なさと…最後には未来への晴れやかな展望と一抹の不安(でも冒険に不安は付き物だし)を見せてくれる。そして「やさしい嘘」はけっしてひとつだけじゃない。私はこの映画結構気に入りました。

※注 書かれている政治状況は映画公開時(2004年現在)のものです。グルジア共和国に関する最新の情報は以下のサイトをご覧ください。

グルジア共和国データ(外務省HPより)
映画『やさしい嘘』データ(allcinema onlineより)
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 日本の食卓の60%は海外頼み(>... | トップ | 人の命の儚さよ… »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。