はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

センスは天性のものか

2008年09月24日 | 日々のよしなしごと
正直言って、私はファッション・センスに欠けている。だからいつも外出時に何を着ようか悩む。否、悩むと言うより、何を着て良いのかわからない。何か所用あって1人で出かける時や家族との外出なら別に悩まない。悩むのは周りとのバランスを考えなければならないPTAの会合やボランティア活動や友人との外出の時である。結局はTPOをわきまえれば良いと言う線で落ち着いて、無難な格好になる。いつも代わり映えのしない、おしゃれとは言い難い格好である。

ファッションに疎いと言うわけではないと思う。ウォッチングは好きなのだから。先日行った渋谷は面白かった。ファッションは自己表現のひとつ。渋谷を歩くと、思い思いのファッションに身を包む若者の姿に、そのことを実感させられる。おそらく流行はあるのだろうが(最近なら腰まで隠れるチュニック丈に、脚にジャストフィットしたレギンスを合わせるとか。ショートパンツ姿もよく見かける。もっとも多くの人々がそういう格好をし出した時点で、もう流行は終わりつつあるのだろう。特に私たちおばさん世代が取り入れだしたら、若者は嫌がって、さっさと次の流行に乗り換えるように見える)、渋谷の若者は流行を追うと言うより、その一部を取り入れつつも、自分流にアレンジして、自分の個性をキッチリ主張している子が多いような気がする。かなり考え抜いてコーディネイトしているからか、どれも素敵で見ていて楽しい。とりわけ、カレシと一緒の女の子や1人で闊歩している女の子は素敵だ(対照的にグループで歩いている子は、まるでユニフォームのように揃いすぎていてつまらない)。渋谷に比べたら、例えば、横浜はやっぱりコンサバな印象。

一方、私が住んでいる所もそれなりに都会だが、道行く若者のファッションは無難に世間の流行を追っているという感じで、没個性である。とりあえず流行を押さえておかないと恥ずかしい、と言う発想なんだろうか?若いと言うだけで(特に今の若い世代は親世代よりプロポーションが美しい)それなりに着こなせてしまうので、きれいはきれいなのだが、今ひとつ心ときめくようなファンションにはお目にかかれない~って自分のセンスのなさは棚に上げて、ウォッチングに興じている。

センスと言えば、創作物でも自分のセンスのなさを実感した。大学時代、美術史専攻だったが、この学科は作家の創作マインドを理解することが大事と言うことなのか、とにかくさまざまな実技を経験させられた。油彩画に始まって、エッチング、彫刻、金工、木工、デザイン、画像のCG加工、写真(撮影から現像、焼き付けまで)。社会人入学と言っても、私のちょうど半分の年齢の若い同級生達とまったく同じ土俵で、その創作を競うことになる。

すると通常の講義ではどんよりとした若い同級生達の眼がとたんに輝いて、それぞれがその美的センスをいかんなく発揮するのだ。例えば、「自画像」と言っても、鏡に映った自分の姿を描き込んだりしない。ある学生はキャンバスの中央に、丸みをおびた輪郭線だけの2つの像を、青色を基調とした淡彩で描いていた。シンプルだけれど、数多ある作品の中で特に印象的だった。彼女の心象の投影なのだろうか?自画像を描け、という課題に、そういう作品で応えた彼女のセンスは、私には真似できないと思った。

このセンスの瑞々しさは若さゆえのものか?それともアートを志向する時点で、卓越したセンスの持ち主と言うことなのだろうか?さて、センスのない私は彼女達にどう対抗したか?実はひたすら努力して、丁寧な仕上げに傾注した。だから特に木工で自分なりに納得のできる作品を仕上げることができたように思う(私は”芸術家”と言うより”職人”だな)。

センスは磨くものなのか?それとも天性のものなのか?私は美しいものが好きだが、残念ながら美的センスには欠けている。昨年はPTA主催の陶芸教室でも、そのことを実感した。これまで何度も参加していると言う女性の作品は、やはり誰の目にも素晴らしい仕上がりだった。形、色遣い、素材の選択、どれをとっても独特のセンスが光る。何度も参加するうちに腕が上達し、美的センスも洗練されて行ったのか?否、私が同様に参加を重ねたとして、技術的な問題はクリアできても、センスはどうにもならないような気がする。何にしても、或る程度学習(磨くこと)はできても、天性のセンスの良し悪しは人それぞれのような気がしてならない。それは天賦の、個性のひとつと言っても良いのかもしれない(つまりは、誰しも何かしらひとつは、他の人より秀でたもの、輝く個性を持っていると私は信じたいわけです。それをできるだけ早く見つけ出し、伸ばして行くことが自尊心を育み、結果的に自らの人生を充実させることになるではないかと思う。自分にないもの、欠けたものを数え上げても虚しいばかりで、何も良いことはないのだから)
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 独自路線で酪農業が大成功~... | トップ | だんな様は心配性 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。