はなこのアンテナ@無知の知

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反省(-_-;)

2016年06月20日 | 日々のよしなしごと
 先日、テレビのバラエティ番組で、新津春子さんと言う方が取り上げられていた。最近、書店でこの方の著書を目にして以来、何となく気になっていた人物なので、番組の特集は正に渡りに船だった。

 新津さんは羽田空港の清掃を一手に引き受ける会社の社員である。

 NHKの人気番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」で初出以来、マスコミには何度も登場している人物らしく、既に多くの方がご存知かもしれない。

 新津さんはかつて「清掃技能コンテスト」に史上最年少の27歳で1位になった人であり、45歳の現在は、空港で働く清掃員500人を束ねる、プロ中のプロとも言える清掃員である。

 2年連続で羽田空港が「世界一清潔な空港」に選出されたのは、この新津さんの活躍によるところが大きいと、もっぱらの評判らしい。

 
 彼女の第一声を聞いて、ちょっと驚いた。日本人ではないのか?文法的には完璧な日本語だが、その訛りから、中国からの移民なのか、と思った。昔から日本人と結婚して東アジア諸国から移り住む女性は多い。当初はその中のひとりだと思った。

 しかし、その実、彼女は中国残留日本人孤児2世だった。中国残留日本人孤児の父と中国人の母との間に生まれ、17歳の時に家族で日本に来たと言う。

 ある程度成長してからの来日、さぞかし生活習慣や言葉の違いで苦労したことであろう。

 以前、さまざまな事情でアジア諸国から来日し、定住を目指す子供達が通うフリースクールの児童生徒を対象に、美術館でギャラリートークをしたことがある。来日してからの日数や日本語能力のレベルもさまざまの児童生徒を相手に、日本語だけでは対応できず、英語も交えてのトークとなった。実のところ、日本語どころか英語も分からない子も何人かいて、その心細い心中は察してあまりあるものがあった。

 新津さんはその生い立ちから、生まれ育った、まだ日本への風当たりの強かった40年近く前の中国では「日本人」、17歳で入学した日本の高校では日本語が出来ない為に「中国人」と言われ、何れの社会でも喩えようのない疎外感を味わった。自分のアイデンティティはどこにあるのか、相当に思い悩んだらしい。

 しかも、物価の高い日本での生活で一家の中国での蓄えも早々と底を尽き、新津さんはアルバイトで家計を助けざるを得なくなる。日本語が出来ない新津さんはアルバイト探しでも苦労して、結局唯一採用されたのが、「清掃」の仕事だった。

 年配者の中に混じって若い新津さんが働くのは異例のことであった。しかし、新津さんは言葉がハンデにならない、技能勝負の清掃の仕事に光明を見出す。

 高校卒業後、一般の企業に就職したが、職業訓練校での清掃技術の習得を経て25歳で現在の会社に転職。そこで清掃のノウハウに関しては右に出る者がいないと言われた伝説の上司、鈴木課長に出会い、新津さんは本格的に「清掃のプロ」としての道を歩み始めるのだ。

 真面目で努力家の彼女は入社1年目で早くも頭角を顕し、2年後には「清掃技能コンテスト」の全国大会に史上最年少で1位となる。もちろん、そこに至るまでには、彼女なりの挫折や葛藤もあった。入社以来、日々ひたすら技能を磨く彼女だったが、最初のコンテスト挑戦では2位に甘んじた。その結果に悔しがる彼女。そんな彼女に足りないもの、それは「優しさ」であると教え諭したのは、他ならぬ上司の鈴木課長であった。

 清掃作業の先にある利用者への心遣い、それを忘れるな、との上司の言葉は、以後、彼女の仕事の指針となる。

 とにかく働いている時の彼女のひたむきな姿が素敵だ。小さな汚れもけっして見逃さず、さまざまなテクニックを駆使して(汚れの種類や状態に合わせて、80種類もの洗剤を使い分ける)、その汚れを除去した時の彼女の笑顔は何とも晴れやかで、無垢で、まるで童女のようである。

 何より、「清掃」と言う仕事に誇りを持って取り組んでいる姿が清々しい。今の世の中、いったいどれだけの人が自分の仕事に心から誇りを持って、一切手を抜かずに取り組んでいるのだろう?

 新津さんも、「清掃」と言う仕事の位置づけ(格付け?)が、さまざまな職業の中でも低いことは自覚しているが、そういう世間の評判や評価をものともしない、プロとしてのプライドがその真摯な仕事ぶりには漲っていて、見る者は圧倒される。

 「清掃」と言う、ともすれば「汚れ仕事」と見下されがちな仕事を、ひとつの「職人技」としての高みに引き上げた、新津さんの心意気と優れた技能は本当に尊敬に値する。

 彼女の全身全霊で仕事に取り組む姿に、私は自分のいい加減さを反省せずにはいられない。私は人生を賭して、真剣に何かに取り組んだことがあっただろうか?

 自分の与えられた環境の中で一生涯取り組めるものを見つけ出して、仕事の過程ではどんな小さなことも疎かにせず、真摯に取り組む。それでも行き詰った時には、周囲のアドバイスに謙虚に耳を傾け、解決の糸口を見つけるよう努力する。そして何より仕事に誇りを持って取り組むこと。

 つまりは、人生のスタートにおいて環境に恵まれないことが、必ずしも「不幸な人生の確定」ではなく、一生涯取り組める仕事(ライフワーク)とは「出会う」のではなく、自ら「見つけ出す」ものであり、仕事を少しでも馬鹿にしようものなら、仕事に自分の方が見切られる可能性がある。真摯に取り組んでもなお仕事が上手く行かないことがあるが、そうしたスランプの時こそ学びの時であり、成長のチャンスなんだろう。

 テレビに映し出された新津さんの生き様からは、そんなことを感じた。
 
 人生も後半に入ると、現時点で十分幸せなんだけれど、私の場合、"生涯を通して"がむしゃらに頑張った経験がない分だけ、反省や後悔もあるのかもしれない。

           新津さん、良い人相をしておられます…

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