はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

自分なら、どうして貰いたいか?

2017年07月29日 | 日々のよしなしごと
例えば、エスカレーターで、
前に立つ人のリュックの口が
無防備にパックリ開いていたら…

例えば、通路を歩いていて、
前を歩く人がハンカチを落としたら…

例えば、駅のホームで、
目の前を通過した人のジャケットの裾が
ズボンの中に挟まったままだったら…

私は自分が同様の状態なら、
一刻も早く気づきたい
(できれば気づいた方に声をかけて貰いたい)ので、
その人が見知らぬ人であっても、
声をかけます。

ちょっと勇気が要るけれど…

実は今日も、駅のホームで
年配の男性が三番目に挙げた例のような状態で、
私の目の前を通り過ぎて行きました。

暫くその男性の姿を目で追っていたのですが、
ご本人は一向に気づく様子が
ありませんでした。

そのまま放置するのも忍びなく、
結局、後を追いかける形で、
私は男性に声をかけました。

「ありがとう。さっきトイレに入った時に
挟まったんだね」と
件の男性は笑っておられました。

こういう時、
公衆の面前で指摘されたら、
恥ずかしいものなんでしょうか?
特に女性の場合。

周りの人は気づいても
見知らぬ他人のことなので放置なのか、
指摘してあげたいけれど、その勇気がないのか、
或は、そもそも他人に関心がなくて
気づいてすらいないのか?

今日の男性は
何十人もの人の前を通り過ぎたのに、
結局、私以外の誰も
男性に声をかけなかっので、
私の考え方は少数派なのかなと
思いました。

私の行為は、単なるお節介なのか…

悩むほどでもないけれど、
ちょっと考えてしまう。
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