はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

(28)『あなたを抱きしめる日まで(原題:PHILOMENA)』(仏/英、2013)

2014年03月24日 | 映画(今年公開の映画を中心に)


 今年に入って昨日までに31本の新作映画を見ている。私は基本的に好き嫌いのない雑食系なので、いつもの如くジャンルは多岐に渡る。現時点で私がベストだと思うのが、タイトルの作品だ。原題はジュディ・ディンチが演じる主人公の名前。邦題は、幼い頃に生き別れた息子との再会を切実に願う、主人公の心情に寄り添ったものとなっている。

 
 本作は実話に基づいた作品。近年は映画界が物語を創り出す力を失ってしまったのか、実話の映画化流行りである(米アカデミー賞作品賞のノミネート作品の殆どが実話ベースの作品であることが、このことを如実に示している)。残念ながら良質で斬新なシナリオが慢性的に不足している映画界は、実話のドラマ性に安直に乗っかっている印象が否めない。映画化にあたって多少の脚色が加えられているとは言え、実話が元々持つリアリティの迫力に、現状は人間の想像力(創造力?)が敗北していると言えよう。

 今や世界はネットで繋がって、遠い外国の出来事もリアルタイムに知る時代。テレビは現実世界の誰もが予測のつかない展開を(シリア問題然り、ウクライナ問題然り…)、リアルタイムに映像で流し続けている。そんな中でフィクションは意外性を描けず、人々の目には陳腐な嘘話としか映らなくなって、この世界で居場所を失ってしまったかのようだ。

 かつては実話に基づくと言うだけで、何かしらのインパクトがあった。しかし、このところの実話ベース作品の乱立ぶりには、正直なところ、そろそろ辟易して来てもいる。果たして、どこまでが実話で、どこからがフィクションなのか、その境界も曖昧であり、そこで描かれた"真実"が信頼に足るものか(何らかのイデオロギーへの誘導がなされているのではないか?)、見る側は懐疑的にもなっている。

 本作には、そんな実話の映画化に対する疑念や飽食感を吹き飛ばすような、物語としての際立った面白さがあった。



 具体的には主人公とその息子が辿った数奇な運命や、個人の尊厳を蔑ろにする組織の非情な暴力性、信仰の在り方への鋭い疑義、そして、通常なら接点を持たない者同士が出会った時の化学反応の面白さ(階級社会における階級間の断絶をコミカルに描き、親子の離散と言う重いテーマを扱いながらも、全編にユーモアが散りばめられている脚本と演出が心憎い)など、興味をそそる、見応えのある要素が、最近にしては珍しく98分と言うコンパクトな時間の中にギュッと詰まった充実感があった。さらにその属性から想起されるイメージを敢えて覆す登場人物個々の複雑な造形には、人間の品性とは何なのか、何を以てそれは磨かれるのか、改めて考えさせられるものがあった。

 もう1度見たい。もう一度見て、印象深いシーンのひとつひとつを、思わず聞き逃してしまった台詞のひとつひとつをこの目と耳で確かめ、いつまでも記憶に留めたい…見終わった直後から、そんな衝動にかられる作品だった。

 本作のプロデュースと共同脚本も手がけたと言う、共演のスティーブ・クーガンがこれまた魅力的で、彼についても後日言及できたらと思う。彼は両親の離婚で否応なく翻弄される幼い少女を描いた『メイジーの瞳』でも好演している。

 蛇足ながら、先日放映の『王様のブランチ』では、ジュディ・ディンチが現在、殆ど失明に近い状態で、本作も友人に録音して貰った台詞を繰り返し聞いて覚え、撮影に臨んだと言うエピソードが紹介されていた。名優の誉高い彼女が、障害を克服しての今回の出演と知って、本当に驚いた。映画の中で主人公フィロミナを演じる彼女は、障害を一切感じさせない自然な立ち居振る舞いで、一見どこにでもいるような、その実、苛酷な経験をひた隠しにして生き抜いて来た老境のアイルランド人女性を演じていたのだ。

 ハーレクインロマンスを愛し、世界に名だたる英国の名門大学の名も知らず、常にバッグに忍ばせたキャンディを誰彼構わずに勧める(おばちゃんの習性は世界共通?)庶民性が際立つ一方で、厚い信仰心を礎に、謙虚で、思いやりと智慧に溢れた、気高い精神の持ち主であるフィロミナ。そんな魅力的な人物を見事に演じきったジュディ・ディンチは、まさに女優として円熟の境地に達している。それだけに、あと何回、彼女の名演をスクリーンで見ることができるのだろうと、ふと考えてしまった。彼女が米国アカデミー賞受賞式など、華やかな舞台に一切姿を見せなかった理由も、深刻な目の障害が原因だったのかと、初めて合点が行った。

 話題作やヒット作に食指が動かない映画好きの方に、是非オススメしたい作品です。



chain『あなたを抱きしめる日まで』公式サイト

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 息子の手土産♪ | トップ | 東京(圏)の求心力と地方に残... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。