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北朝鮮のデノミ

2009-12-07 17:50:31 | Weblog
 千里馬は手綱捌きのあやまりでいまや息切れ百歩あゆめず  

北朝鮮が最近、100旧ウォンを1新ウォンとするデノミを行った。だが、その意図がはっきりしない。日本語でデノミとは英語denominationの省略形だが、その意味は貨幣の単位名称ではなく、貨幣の単位名称変更redenominationを意味する。歴史的にはデノミはインフレで膨れ上がった通貨の桁数を引き下げるために行われてきた。古くは第1次世界大戦後にソ連が500億旧ルーブルを1新ルーブルとし、ドイツが1兆旧マルクを1レンテンマルクとした。最近では2005年にトルコが100万旧トルコ・リラを1新トルコ・リラにしている。

北朝鮮のデノミは引き下げ率から見てインフレの後始末とはおもえない。一時期、日本でも100円を1円とし、為替相場で1円=約1米ドルとなるようにしようではないかという議論があった。国際的な見栄張り効果をねらったデノミ論である。北朝鮮にはもっかのところ為替相場で対外的な見栄を張る必要もないだろうから、今回のデノミはインフレ処理などの経済的な理由や、国家の国際的威信向上をねらったものではない。

北朝鮮政府は新旧通貨の交換にあたって、1世帯あたり交換の上限を当初10万旧ウォンとした――北朝鮮の平均的勤労者の給与は月額3000-4000ウォン、実質為替相場で言えば1米ドルなので、北朝鮮ウォンの値打ちについては、はかりかねるところがある。韓国紙の報道によると、交換できなくなった金を30万‐300万旧ウォンまで銀国に預金することも許したが、ただしその預金を自由に引き出すことは禁じられたそうである。

一言で言えば、国民からの財産没収である。その後、交換の条件を微調整したと報道されているが、貧しい北朝鮮経済の中で商才や悪知恵を働かして小銭をためこんでいた中間層が一財産を失うことになった。富裕層はもともとウォンなど信用しておらず、米ドルや中国元で商売しているから影響を受けない。下層階級は貯金などないから影響を受けようがない。

以上のことから、韓国や米国の北朝鮮ウォッチャーたちは、育ち始めた中間層から――北朝鮮で政権の脅威になるようなどんな中間層が育ち始めているのか議論のあるところだが――金を奪い取ることによって、中間層が家産国家金王朝の邪魔にならないよう予防措置を講じたのだと説明している。同時に、北朝鮮情勢分析専門家たちは、一瞬にして金を失った北朝鮮のニューリッチを怨嗟の的にしていた下層階級に、いい気味だと溜飲を下げさせることによって、体制維持の情緒的支えにしようとした、ともみなしている。

さらに、労働者には旧ウォンで支払われていた給与の額が、新ウォンに切り替わってもそのままの額で保証されるともいわれている。つまり労働者の給与は一挙に100倍増するという計算になる。そのような給与引き上げが可能かどうかはさておき、もし仮に給与100倍増が実現すれば、それがインフレの火付け役になる。給与が増えた労働者の購買意欲は高まるが、商品の供給がそれに追いつかない。物価高騰に火がつき、またたくまに新ウォンの値打ちは旧ウォンのそれと同じになる。

そういうことを考えると、北朝鮮の国家指導者たちが、芽生え始めた中間層の豊かさへの通路を遮断することを目的にこのデノミを実施したという分析は、中間層の有無、その政治的ポテンシャルなどの議論は別にして、体制維持に神経質になっている権力者たちの怯えという意味で、それなりの説得力がある。

(2009.12.7 花崎泰雄)




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