こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

しあわせの報告

2015年02月16日 13時03分01秒 | 家族
進路先の大学も決まった末娘は、いっぺんに成長したかのように見える。自分で見つけてきたアルバイト先の研修に大張り切りで通いだした。スター〇〇のコーヒ店が地元のイオンに進出してくる。その新設店のオープンスタッフである。これ内緒の話だが、彼女、コーヒーが全く飲めなかった。紅茶だけという徹底ぶりだったのが、最近はコーヒーを飲んで味を覚えさせられているらしい。「苦いしかわからない」って言っていたのがだんだん通ぶって来たのには驚いた。もしかしたら、案外コーヒー店で働くのがあっているのかもしれない。実は私たち夫婦は昔喫茶店を経営していたのだ。やはり蛙の子は蛙なのかもしれないと内心頬笑んでいる。この間まで「お年玉」で一喜一憂していた娘が、華麗な変身ぶりを見せる日が近づいているのかもしれない。それを見守る親冥利を満喫するこの頃である。しあわせの報告させていただきました。。
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雨上がり・その1

2015年02月16日 00時10分44秒 | 文芸
雨上がり

 こう雨がしつこく続くと、やたら腰や足の関節が痛んで苛立って来る。さすが年齢を感じてしまう。おとなしく引っ込んでいるのが最良の方法なのに、じっとしているのは辛い。
 しかし雨では仕事も無理だ。屋内ならまだしも、いま請け負っている仕事は屋根に上がっての作業が中心だ。いくら急かされても、手の付けようがない。ただ我慢、我慢なのだ。
 佐倉伝吉は錻力職人、それも相当年季のの入った一人親方である。既に六十半ばで、若い頃に較べ足腰の衰えは年々酷くなる自覚がある。とまれ職人てのは、本人がその気にならない限り、生涯現役を勤めようと、誰も文句を言いはしない。
 気が楽だと言えばそうだが、伝吉の場合は息子への意地で引退を避けている節がある。
 一人息子の征夫は、
「電機屋とか水道屋ならまだしも、鉄板みたいな重たいもん、屋根の上まで上げるだけでもヒーヒー言うてまうわ。夏場は焼ける屋根材の上で汗まみれの真っ黒や。そんな厄介な仕事、好き好んでやるもんはおらへんわ。俺は全然やる気あらへんで」
 学生時代に何度か手伝わせた体験で懲りてしまったのだろう。錻力屋の後を継げと言うのを、そう拒絶して家を出てしまった。
 その息子に、少々年を食らっても錻力職人として立派に通用しているところを見せてやりたくて、伝吉は踏ん張っていると言っていい。
「お父さん、お茶いれたで、こっちに来いな」
「ほうか。ほな、よばれよか」
 五十年近く連れ添って来た兼子は、いつもきめ細かい配慮を欠かさない。伝吉より三つ上の姉さん女房だが、丈夫で長持ちのタイプらしく、五つは若く見える。それに陽気で楽天的な性格は職人の女房にピッタリだった。
「よう降りよるなあ」
「ほんまや。仕事でけんで干上がってまうがな」
「なに言うとんの。こんな時には、のんびりと休んで貰わんとなあ。長い間、骨身惜しまんと働いて来て貰とるんやから」
 兼子は程好く色の出た番茶を伝吉に差し出した。お茶請けに、伝吉の大好物の栗饅頭が、ちゃんと木皿に二個載せられている。
「さっき坂田はんから電話があったんや」
「なんて?」
「見合い話やがな」
「あいつはまだ諦めんのかいな。見合いする本人が便りも寄越さんと家離れてしもてんのに、ほんまにお節介もええとこや」
「まあそない言わんと。坂田はんもええ思うて……」
「そらよう分かっとるわい。有難い思てるがな」
 伝吉は番茶を一口ゴクリとやると、放心したように天井を見やった。
「征夫がおってくれたらねえ」
「アホ。あいつの話はもうすな。けったくその悪い」
 息子の名が兼子の口から出ると、伝吉は一遍に不機嫌な顔を作った。栗饅頭を指で摘むと、まるで憎い敵を見つけたように睨んだ。
「そない怒らんでも……」
 兼子は、そんな夫を見やって、小さく頷いた。
 征夫が家を出てから五年になる。3年目ぐらいまでは盆正月と秋祭りには帰って来ていたが、ここ二年程は全く顔を見せなくて、手紙も電話もプッツリだった。伝吉が激しく文句を言ったからだと、兼子はしょっちゅう夫を責めたててくる。伝吉は無言で妻に歪んだ表情を返した。お手上げ状態だった。
 とは言え、頑固な父親はさておいても、せめてっはおやにはでんわで連絡を入れてくれても好さそうなもんじゃないかと、兼子は姿の見えない息子を恨みがましく思ったりもする。勿論、親子関係を勘当状態にした夫の責任に尽きるわけだが。
 ただこの頃は、もう諦めてしまっている。
「おい、誰か来たんと違うか?」
「え?」
「玄関が開いたんとちゃうか」
 雨のおかげで少々の物音は消されてしまう。ただ伝吉の勘は普段からいい。
 兼子は素直に立ち上がった。
 伝吉は栗饅頭を頬張りながら、窓の向こう側の鬱陶しい雨脚へ目をやった。
「あんた!はよこっちへ来て」
 兼子のけたたましい声に、伝吉は慌てて玄関へ飛んで出た。
「どないしたんや?」
 本雨滴なものが働いたのか、伝吉の両拳は握り締められている。
「あんた。ほれ、ほれ」
 兼子はもう泣き声になっていた。
 玄関に征夫が立っている。一歩下がった斜交いに若い女が寄り添っている。彼女の胸にはおくるみの赤ん坊が抱かれていた。
「お前…なんや?……帰って来たんか……」
 伝吉は呆然と、それでも息子を前にした父親の威厳を自然に保とうとしていた。
               (続く)
(1992年5月2日神戸新聞掲載)
 

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